第四十二話「悪魔」
以下は、殺し屋太郎の脳内レポートである。
一二一○。
今回の依頼……スニーグルの古代種、《グル》。そいつを倒す為に、俺とライトはそこから北にある森林に向かった。
その森林にある湖。ここでグルが発見されたそうだ。
心話でチャールズに報告し、奴は後方から飛びながら付いて来ている。
ライトの足は軽く、まるでこれから魔物と戦うという様子ではない。
数々の戦場を歩いてきた俺だが、こういった人間は稀に見かける。殆どの場合はおちゃらけた奴だが、中には天才と呼ばれる人間が存在する。
こいつは確実に後者……足運びが異常だ。今まで見たどんな人間より戦闘慣れしている。
「ねぇタローのお兄さん?」
「なんだ?」
「後ろから殺気を出されるのは困るなあ?」
「すまん、やはり気付いたか?」
「はははは、普通誤魔化すでしょー?」
「いや、実際何度か出して反応を見ていたからな。見事なものだ。それでいて警戒度の変化すらなかった。自信と経験則の賜物だろう」
「タローのお兄さんの足運びも凄いよ。全然音が聞こえないよ? まるでマスタークラスの人みたいだっ」
意外な情報を聞けたな。
「知り合いにマスタークラスがいるのか?」
「三人……いや二人か」
「ん? 死んだのか?」
「はははは、普通聞かないんじゃない?」
「すまん、普通の暮らしをあまりしていないものでな」
「ふーん……ところで……空をずっと追いかけて来るあの魔物、タローのお兄さんのお知り合い?」
驚いた。
あの魔物とは言うが、チャールズは見える範囲にはいない。どれだけの範囲察知能力があるんだ?
俺は仕方なくチャールズを呼んだ。
空から降りてくるチャールズに警戒する事もなく、ライトは喜んで迎えた。
「お初にお目にかかる。我はチャールズ、太郎と主従の契約を交わした者だ」
「わー、凄い凄い! 竜と契約出来るなんてタローのお兄さん何者なの!?」
「ただの人だ。異界から現れたという特殊な経歴はあるがな」
「太郎、言って良かったのか?」
「何の問題もない。問題があるならば、後程レポートを提出しろ」
「……そういえば、言って何か問題があるという事ではないか」
「異界かー。面白いねー、本当に面白いよ、タローのお兄さん!」
ライトが嬉々として喜んでいる。
何が面白いのだろうか? やはり天才は退屈だったのだろうか?
「ところで」
「何ー?」
「そっちは東だぞ」
一二五五。
森林の入り口に着いた。
歩いていればもっと時間がかかっただろうが、チャールズ便に乗りたがったライトのおかげで意外な速度で来る事が出来た。
チャールズに疲労は感じられない。
このひと月でだいぶ体力がついたようだ。無論俺もだが、ランクで上がる身体能力にも限度がある事を知れたのは大きい。
ランクが上がれば身体能力が上がる。それと共に、身体を鍛えて伸びる幅も増大していた。
人間ある一定の段階までは成長するが、それ以上は伸び率が悪くなる。これは誰もが一緒だろう。
しかしこの世界では、ランクが上がればその伸び代が広がり、成長さえも一定レベルだ。
現在の俺は、シルバーランクの成長幅の限度まで迎えていない。シルバーランクでもまだ強くなれるのだ。
ランクの中でもピンからキリまでの強さがあるのは、才能以外でもそのせいがあるのだろう。
なんにせよ、鍛錬をしておくのは無駄ではないという事だ。
「む、いるねー。あっちだね」
「ほぉ、魔物の場所は間違わないんだな」
「むー! 目印さえあればわかるんですー!」
頬を膨らませるライト。こうしてれば本当に子供だな。
そう言えばライトは何歳なんだ?
二十代……いや、それより下か?
「ライト」
「む、なんですかぁ?」
「そう怒るな。ライトは今何歳だ?」
「十六歳ですよ?」
「…………」
天才というのはやはりいるものだな。
『ふははは、腐るな太郎。あれ以上の天才も存在するぞ?』
『ある程度の天才に打ち勝つ法はなんとかなるが、それ以上となるとなかなか難しいものがあるな』
『絶対的な力には勝てないものよ』
『どうした、震えているぞ?』
『いや、魔神殿の師匠を思い出してな……』
『ほぉ……』
チャールズと話していると、前方から数体の魔物の気配を感じた。さほど脅威は感じないが、ライトはどう出る?
「少し走ろうかなー」
「付いていけるかわからないぞ?」
「大丈夫大丈夫。僕が合わせるよ」
そう言うと、ライトはトントンと靴を鳴らした後走り出した。
速い……が、付いていけそうだ。チャールズも後ろから付いて来る。
…………妙だ。さっきまであった気配が消えている?
ライトはその方向に進んでいたはずだ。一体何が原因だ?
その時、チャールズからの心話が入った。
『ライトと言ったか? あれも才能の塊だな』
『やはり何かしているのか?』
『指弾……だろうな。正確にはわからぬが、恐らく空気を圧縮してフォースで飛ばしている。驚異的な気配察知能力で前方にいる魔物を倒している。その死体を発見出来ないという事は、死体の手前で進行方向を操作しているのだろうな』
『弾がないのに指弾とはな。つくづく異常な奴だ』
『む、このままグルの元へ向かうみたいだぞっ』
一三一○。
森林内の湖に出た。
周りには水系の魔物、《バブルブル》、《ブルーリザード》が数匹いた。
バブルブルはブルドッグのような水色の魔物だ。皮膚から泡がとめどなく噴き出ている。
ブルーリザードは青いリザード。そのままだが、その強さはレギュラーランクのリザードとは違い、ブロンズランク相当の魔物だ。
恐らく口から放つ圧縮水鉄砲のせいだろう。分厚い木の板でも貫いてしまうと聞く。
話に聞くと、何かのスキルを体得するとそういった致死性の攻撃も耐えられるという話だ。
「ライト、奴はどこにいる?」
「上かなー? あ、他の魔物をお願い出来るかな?」
「道案内だけの依頼内容じゃなかったか?」
ライトはむすっと頬を膨らませる。
やはりこうして見るとアリスと大差がないものだな。
「心配しなくとも自分の命を守る為にある程度は動くさ」
「むー、チャールズさんお願いしますー」
「やれやれ、今日はオフだと思っていたのだがな……」
チャールズの気の無い返事にライトがまた剥れる。しかしその表情もすぐに変化した。
……凄まじい重圧。なるほど、アシッドの時を思い出すな。
「……降りてきたな。ブレスに注意しろ」
「了解だ」
上空から現れたグルはかなりの大きさだった。
体長七メートル程、体重は……あの質量だと五トン程か。
二つの大鷲の首に大蛇の尻尾、茶色の体毛で包まれていて、臀部から尾にかけては青白い皮膚になっている。
なるほど、神話に出てきそうな化け物……これを想定していなかったら肝を抜かれていたな。
「それじゃ、行ってきまーす」
ライトが駆ける……いや、見えたのは最初の数歩だけだ。
かなりの初速。二ランク上の人間の速度が見えないか。しかしアシッドの時は辛うじて追う事が出来た。
あの時の俺のランクはブロンズ、アシッドはゴールドランク。三ランクの差があって視えてたという事は、やはりそれ以上の差が出来ているのだろう。
そして、ヤツが飛びぬけて強いという事もわかる。
「やれやれ異常な速度だな。ぬ、ブレスを吐くぞ、散れっ」
チャールズが声を掛けると同時に俺は飛び退いた。灼熱とも思える熱量が後方の木々を燃やしつくす。
俺は飛びながら懐から投げナイフを出し、こちらを警戒するバブルブルとブルーリザードに向かって投げつけた。
ヒット。頭部を半壊させる程の威力が出せている。
格下の魔物が相手ではもはや脅威を感じない。冒険者間で出来る実力格差があるのも頷けてしまうな。
チャールズはブレスをかわしながら前進し、反対側の魔物達を切り裂いていってる。
ブレスの通過が終わった頃、グルとライトの戦闘が始まった。
遠目、という条件が生み出した結果ではあるが、微かにライトの動きが見える。
グルもかなりのレベルで反応しているが、ライトの動きに振りまわされているという感じが否めない。
尋常じゃない速度だな。
武器は二尺程のスティレットか。諸所に出来る隙に複数回の切れ目を入れている。やはり相手になっていないようだな。
「ぬ、ヤツめ逃げるつもりだな?」
「まずいな、飛ばれると厄介だぞ」
足場を地から水面に移した時、ライトが大地を砕く威力で跳躍した。
そしてグルの背面に飛び乗った瞬間、尾を切り離す事に成功した。グルの苦痛に歪む表情が俺にもわかる。
次は、首か? と思った時には片方の首が、湖に向かって落ちていた。
「……なるほど、微笑みの悪魔か」
ライトは止めの瞬間、笑っていた。
憎悪でも歓喜でもない。そんな微笑みだった。
ただ殺意だけが辺りにビリビリと伝わり、その中にある異質を、より異質なものへと変えていた。
確かにアレは……悪魔だな。




