第四十一話「感謝」
―― 火の国 ヒーダルの村 ――
ガラードに火の国で落としてもらったデュークは、イグニスの南、死の山に一番近いヒーダルの村へ着くことに成功した。
「うーん、鉢巻がないとすーすーするなーっ」
気候が暑い以外なリンマールの村と遜色のないところだったが、そこで活動する冒険者の実力は言うまでもなく強かった。
この村は、闇の国ブボールに一番近い村として有名であり、死の山を避けて南に百キロほど向かうと着く事が出来る。
「さて、まずは教会……かなっ?」
人間になり重くなった体でも軽快に歩き出すデューク。体幹のバランスの変化を上手く感じているようだ。
周囲の人々の様子、風景を楽しみながら歩を進める。
村の北、教会に着いたデュークは早速魔神レウスとコンタクトをとった。
『はい、お客様コールセンター。トゥースがご案内致します』
『デュークです、ケント君をお願いしますっ』
『大変申し訳ございません。弊社ではそういったサービスを行っておりません』
『……あ、そうだったっ。山!』
『川!』
『ピクニック気分っ♪』
『失礼致しました。VIP会員の方ですね。規約の裏側、スタッフルームへようこそ。レウスとの交信を始めます』
ピーヒョロロロ〜
『ういっすー』
『ういっすーっ』
『生きてて何よりです。この回線使うとサーバーに負荷かかっちゃうんで早めに用件を済ませます』
『はいっ』
『チャールズが西にいます』
『はいっ』
『スンはそこから南です』
『はいっ』
『親分の天職は――』
『はいっ』
『……楽しんでません?』
『はいっ』
『まぁいいや。天職は勇者。まあ当然ですよね。主人公を食う感じで世界の総なめを目指して下さい』
『はいっ』
『調査対象はそこから北西です。以上、交信終わり!』
詳しい情報こそ与えられないものの、レウスはデュークに必要最低限の事を伝えた。
交信が終了すると通常回線に戻り、またトゥースの声が聞こえてくる。
『初心者の冒険者の方へはギルドから支給品が出ております。是非ご活用ください』
『了解しましたっ』
『……死ぬんじゃねぇぞ』
『あははは。うん、またねっ』
そう言って交信が切れる。
トゥースの心配をよそにデュークの顔は笑顔に満ちている。教会を出て扉がぎいと閉まる。瞬間、全速力でヒダールのギルドまで駆けた。
そう、笑いながら。
息が切れる。足が疲れ悲鳴を上げる。汗が噴き出て、目に入って視界を濁す。それでも尚彼は速度を緩めなかった。
「アハハハハッ!」
呼吸で精一杯のはずの体から笑いが出てくる。
長く神界で生活していたデュークには考えられない出来事だった。
神でもストレスは溜まるものだ。
どんなに便利でどんなに能力があっても生身という世界は彼に何か別の力を与えた。
デュークは神格に足るだけの人物ではある。がしかし、彼は邪神に感謝した。
無論崇拝する訳ではない。あくまで敵として認識をしている。
しかしそれでも感謝したのだ。
(ケント君と一緒だと、本当に飽きないねっ♪)
狂人デュークと呼ばれた存在は、再び生の道を歩き始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヒダールの冒険者ギルド『火達磨』に入ったデュークは、小さな村に似合わない騒々しさを感じた。
冒険者が盛んな火の国だからこそなのだろうと得心し、ギルド員の前に立った。
左目に眼帯を着けた初老の男だった。見れば腕や首や顔に数カ所の傷があった。
ギルド員が冒険者出身である事は多い。彼もその中の一人なのだ。
「……なんだいにーちゃん?」
「初心者の支給品をくださいっ」
ピクリと男が固まる。
普通のボリュームでもよく通ったデュークの声は、酒を飲んでいた男達にも届いた。
「にーちゃん、悪い事は言わねぇ。金を貯めて大地の国でデビューしな」
「支給品をくださいっ」
「……吐いた唾ぁ飲めねぇぞ? 好きにしな」
ギルド員の男がカウンターの内側から小さな短刀と薬草の入った布袋を取り出した。
初心者の支給品は各国のギルドによって支給される物が違う。
武器と薬草という内容は統一されているが、場所によっては長剣や槍だったり、国によっては支給品の存在そのものがなかったりもする。
火の国では冒険者の新規参入を大々的に推奨しており、こういったサービスを採用しているのだ。
「ねえお兄さん、あたしが大地の国まで送ってあげようか?」
戦士風の長髪の女がデュークに話しかける。先程のギルド員とのやり取りを聞いていたのだろう。
女は顔に傷のある引き締まった体つきだった。背中に見える使い古された大刀や割れた腹筋は、女を熟練の戦士である事を感じさせる。
「お兄さんだったら向こうに着いてからの後払いでもいいよ?」
良い条件の誘いだったが、この女は明らかにデュークを誘惑していた。
彼がそれに気付いたのは言うまでもない。今の能力では自分を守りきれないという身の危険から何も言わずにその場を去る。
扉を開けた時、「なんだい、気取っちゃってさ。死んでも知らないよっ」という声がデュークの背中を押したが、それを気にする男ではなかった。
短刀と薬草を受け取ったデュークは、ヒダール周辺の魔物探索を始めた。
「さて、僕の戦力で倒せるとしたら……ここら辺だとコカトリスかな?」
情報でだけ知っている道を慎重に歩く。
しばらくすると遠方の岩陰に蠢く小さな鶏のような魔物を見つけた。
魔物は尾が蛇みたいにくねくねと動く鶏、コカトリスだった。
デュークはコカトリスの索敵可能範囲をデータ上で知っている。ギリギリまで近づき、全霊を込めて短刀を投げつけた。
「あいてっ、また肩が外れちゃったっ……癖付かないようにしなくちゃっ」
しかしその攻撃は見事コカトリスの首を捉え、すぐに絶命に至らしめた。
肩をゴキンと入れ直し、短刀を回収する。
その後、デュークは次の獲物を探す訳でもなく、ヒダールまで駆け戻った。
教会に着いた彼は魔神像の前で目を瞑る。
『こんにちはぁ、どんな御用でしょうかぁ?』
『あ、舞虎さん。徳の確認をお願いしますっ』
『あぁデュークさんですかぁ。なんだか大変みたいですねぇ……現在の徳は100ですねぇ』
『ビギナーですよね。フォース操作をお願いしますっ』
『はい、わかりましたぁ』
名前:デューク
天職:勇者
右手:鉄の短刀
左手:無し
ランク:ビギナー
スキル:フォース操作
『それじゃあ失礼しますっ』
そう言って目をパチリと開くデュークは、すぐにまたヒダールの外へ向かう。
同様の流れでコカトリス三体、フォース操作を使いオークを二体倒す。
並の冒険者では不可能な事を、デュークは一瞬にしてやってのける。天性の鋭敏な感覚、神界で過ごしていた時に得た魔物のデータ、そして何より長年戦ってきた経験が今の彼の強さと言える。
能力が人間並になった事さえも彼にとっては些細な事なのかもしれない。
そしてベーシックランクになった際もフォースの残量を気にせず使った。
本来であればそれは自殺行為であるとも言えるが、教会で徳の確認をしてランクさえ上がれば、そのフォース量は最高値まで回復する事を知っていた。
これも一部の冒険者しか知らない情報だが、それを知っているのと知っていないのでは効率が違うのだ。
一日が経った時、デュークはアイザックのようにレギュラーランクまで駆け上がり、二日でブロンズランクを迎えた。
そして三日目は。
名前:デューク
天職:勇者
右手:曲刀ナマクラ
左手:無し
ランク:メタル
スキル:フォース操作・索敵・疾風・剛力・強靭なスタミナ・加護
『…………ランクがメタルになりましたね』
『うん、頑張ったよっ』
『頑張る頑張らないでこうなるものなんですかねぇ……三日でメタルとかどこの狂人だよ。ったく』
『あははは、神界にいた時の情報が大いに役立ってるよっ』
『……この調子で統一トーナメント出ちゃったらどうです?』
『あははは、それは面白そうだねっ』
『あ、曲刀手に入れたんですね。やっぱりそれが一番似合ってますよ』
『切れ味がまだまだ悪いからねっ、ケント君みたいな鍛冶屋を探さなくちゃっ』
『本当にイキイキしてますね』
『せっかくのチャンスだから楽しまなくちゃねっ』
『頑張ってください』
『了解しましたっ』
交信が終わり、腰元に曲刀を携えたデュークは外に出た。
そしてこの三日で何度も訪れたヒダールのギルド『火達磨』へ向かった。
二日前から既にその天才性を見せつけていたデュークの入店を見て、ギルド員の初老の男が声をかける。
「ふん、生きてやがったか」
「死にたくはないですからねっ。メタルランクの仕事を見せてくださいっ」
男がデジャビュのようにピタリと止まる。
「……昨日はブロンズランクだったろうが……もう上がったのか?」
「はいっ」
「なるほど、大した勇者様だ。……これがランクメタルの仕事だ」
ギルド員の男が羊皮紙の束をどんと置き、ずらりと並んだメタルランクの仕事を紹介する。
デュークはそれを速読して最も強く、最も報酬の高い仕事を三つ選んで受諾のサインを書いた。
「……ダイダロス、ジャーマンホース、ジェネラルバービー。どれも強敵だぞ?」
「お願いしますっ」
にこりといつもの調子のデュークはギルド員に完了のスタンプを求める。
これすらも軽くこなしてしまうであろう余裕の表情を見た男は、三つのスタンプをポンポンポンと押してやった。
扉を開けた時、「ふふふふ、気取りやがって……死んでも知らねぇぞっ」という声がデュークの背中を押したが、それを気にする男ではなかった。
そしてその扉を閉めた時、デュークは再び外へと駆け始めた。




