第三十八話「成長」
―― 太郎のアジト ――
ダリルでの一件から一ヶ月。
アジトの前では、太郎とチャールズによる戦闘が行われていた。
「まったく……身体が傷だらけだぞ」
チャールズに無数の切り傷が見られ、筋肉の収縮により出血を抑えている。
周囲にはヒュンヒュンという風切り音が響き、宙で制止しているチャールズの眼がギョロリと上下左右に動く。
「フェイントの回数がいやらしいな。……そこだっ! ガァアアアッ!」
チャールズの口から圧縮されたブレスが放たれる。
瞬間、かろうじてかわしたであろう太郎が、体勢を崩しながら着地した。
「……ちっ!」
大の字に手足を地に付け着地したが、すぐに腕の力のみで体勢をもどす。
太郎の目の前にはチャールズが迫りながら笑みを見せた。
黒い体を回転させながら尻尾を払い、正面に出した剣の腹に当たる。
鈍い音が鳴った後、太郎の身体がふわりと後方へさがった。
「ほお、跳んで衝撃を緩和したか。シルバーランクともなると次元が変わってくるな」
「それはチャールズも一緒だろう?」
「ようやく人並という感じでこなれてきたな。やはり南の森の魔物を殲滅したのが大きいか」
「この一ヶ月の成果……という割にはあまり働いていないような気がするがな」
「なあに、魔神殿も太郎の働きは褒めておったぞ?」
「ふん、褒められる為にやっている訳ではない」
太郎が剣を納めると、後方より足音が聞こえてくる。
そして、その場の二人の顔が険しくなる。緊張、と言うより困ったような表情だ。
「はぁ……またお前か……」
太郎がその足音の方へ振り向くと、そこには一人の女が立っていた。
「タローさん、本日は何に致しましょう? パンですか? それともお米にしますか?」
茶色いドレスの女……ダリルで太郎が助けたセシルの姿がそこにあった。
『太郎、いい加減なんとかならぬのか、こやつは? これでもう三週間だぞ……』
チャールズは咄嗟に心話で太郎に話しかける。
『脅しても説得してもなんともならなかっただろう? しかし、ここまで押しの強い女も珍しいな』
『いやまぁしかし……料理は美味いが……』
「……む、また内緒話ですか?」
「あぁ、どうしたらお前を追い出せるか話していたところだ」
「まぁ、それでしたら数年は辛抱下さいませ。頂いた恩を返すまではダリルへは戻りませんので」
笑顔でそう言い放ったセシルは、この数週間で慣れたのか、荷を下ろして調理器具を広げ始めた。
太郎とチャールズが頭を抱えている間、セシルは鼻歌を歌いながら勝手に太郎の家へ入って行った。
「太郎、ヤツの侵入許可を与えたのか?」
「まさか。知らずにセーフハウスが整理されてるのはアイツの仕業か。いや、わかってはいたが……レイダめ、何故アイツにここを教えたんだ……」
「太郎が助けた人物が依頼人と知り合い……まさに偶然というやつか。レイダの家に奉公していたメイドだそうだぞ。こちらに旅している間は必要ないという事で暇をもらっていたらしい」
「それが何故こちらへ来てしまうんだ……」
「……さてな?」
二人が大きく溜め息を吐く。
事実レイダの家に奉公していたセシルは、ダリルでの一件以降、仕事に戻る機会があった。しかし、レイダに無理を言って三週間前にここまでやって来た。
細々と静かに暮らしたい二人としては、彼女の存在は邪魔と言って差し支えなかった。
助かっている事が間々ある為、強くは言えない太郎とチャールズだが、最近はハチヘイルの出入りも頻繁で、最早セーフハウスとは呼べない状況になってきている。
「ここまでオープンな殺し屋の根城も珍しいな」
「やはりこの世界の文化レベルだと難しい問題だな」
「確かにな。人里を避けたら避けたで不便であるし……む?」
チャールズが、ここ最近で踏みならされた獣道に目を向ける。
同時に太郎も意識を向け警戒するが、すぐに警戒を解いた。荷車を引く車輪の音、その音は二人にとって聞き慣れた音だったからだ。
「ふぅ……ふぅ……はぁ……や、やぁ二人とも……」
「ハチヘイル、いつもすまないな。チャールズ、荷を下ろしてやれ」
「合点」
「いやぁ、ちゃんとお金ももらってるし、割もいいからこっちも助かってますよ。それに――」
ハチヘイルが周りをチラリと見渡す。先程セシルが置いた荷物を見つけると、ハチヘイルの拳に力が入った。
「あらハチヘイルさん、いらっしゃいませ」
セシルが出入り口から顔を出して一礼する。
自分の家でないはずなのだが、セシルにとってそれは言うだけ無駄だった。
「こ、こんにちは、セシルさん!」
「うふふ。はい、こんにちは」
明るい笑顔を振りまいたセシルにハチヘイルの頬が染まる。
勿論、この反応に気付かない太郎とチャールズではなかった。
「ハチヘイルさんも昼食召し上がりますか?」
「は、はい! 喜んで!」
徐々に賑やかになっていくこの環境に、太郎は再び頭を抱えるのだった。
―― 火の国イグニス・ギルド「炎竜」 ――
「はぁ、いい加減謁見許可が得られてもいい頃なんだがなぁ……」
「一体全体この国はどうなってるのよっ?」
アリスとジャンボは、未だにイグニスの王、フリードとの謁見を果たせずにいた。
イグニスの城での申請に手間取るとわかった時、ジャンボは「水の国アクアタ」へ先に向かう事をアリスに提案した。
これに同意したアリスは、ジャンボと共に水の国アクアタへ向かい、女王「テリーヌ」との謁見を果たし、急ぎイグニスへと戻って来ていた。
「幸いイグニス周辺の魔物は高ランクが多いから、アリスには良い修行になるが……もう二週間だぜ?」
「アクアタでは勇者とわかったらすぐに入れてくれたのに……もうっ」
蜂蜜酒が入ったグラスを持つ手に力が入る。
「爺やが最近イグニスの噂が出回らないって言ってたのと関係があるのかしら?」
「前に来た時はそんな事なかったんだがな?」
その話が聞こえたのか、近くの席に座っている男がジャンボ達に声を掛ける。
「なんだ、お嬢ちゃんは勇者かい?」
「ふっ、聞いて驚きなさい。昨日めでたくメタルランクになった勇者よっ」
アルコールが入って多少陽気になっているアリスは、ドンと胸を張りながら言った。
「はっは、ここじゃランクメタルじゃない方が珍しいよ。しかしその年じゃ確かに珍しいかもしれねぇな」
「確かに……。ここに来て驚いたわ。レギュラーランクやブロンズランクの依頼の方が少なかったから」
「ここら辺の魔物は強力だからな。ここで冒険者を目指す者はアクアタやアスランまで送ってもらったりするんだぜ?」
「へぇ……ニュービーでは生きていけないってわけね」
「《闇の国ブボール》を抜けば一番厳しい国だよ」
「……なるほどねぇ」
男からちょっとした情報を得たアリスは強い関心を示した。
普段では想像出来ない姿だが、事魔物に関しては興味があるようだ。
「しかし大変な時期に来たもんだ。勇者の統一トーナメントまで後一ヶ月だろう?」
「ん、大変な時期ってどういうこった?」
ジャンボがエールを置いて聞く。
「あんた達がさっきから話してた謁見の件だよ。フリード様が倒れてちゃ謁見もくそもないからな」
「ちょっ、初耳よっ?」
「おい本当かよそれ!」
「あくまで噂だがな。これに関して城の連中は全員ノーコメントだ。しかし、どこからか漏れたかいつの間にか噂は広まった。今じゃ国中がこの噂の事は知ってるよ」
「……しくったな。連絡待ち以外は討伐ばっかりやってたからそんな情報仕入れられなかったぜ……」
ジャンボが太い指で頭をこりこりと掻く。
「うーん、困ったわねぇ……」
腕を組み困った様子のアリス。ジャンボも同じような表情だ。
「何の病かは知らないが、ユグドラシルの葉があれば一発で完治するんだろうけどな」
男はエールを一気に飲み干す。と同時にアリスが男の胸倉を掴みかかる。
「教えなさい! そのユグなんとかの葉ってのはどこにあるの!?」
「ちょ、ちょちょっ!」
それを止めようとするジャンボだが、アリスは頑なに男を離さなかった。
「うぐぐぐっ……言うっ、言うから離してくれ!」
ちょっとした騒動に周囲の冒険者達の視線が集まるが、アリス自身はそんな事を気にしている余裕はなかった。
ようやくアリスから男を引き離したジャンボは、謝りながら男を椅子に下ろした。
「ったく、聞かなくたって俺が知ってるよ。風の国ウインズだ」
「ふぅ……あー驚いた。そう、ウインズの東に生える《聖樹ユグドラシル》。ここからなら北西だな。危険な道だし、イグニスとウインズはそこまで仲が良い訳じゃない。だから貿易ルートも安全じゃないし、採って来ようなんて物好きは中々いないだろうな」
「そもそも大樹に生える葉を採ってこれるかすらわからねぇよ」
「その通り。行くだけ無駄さ」
「ジャンボ、支度よ!」
「…………はぁ」
アリスの強い意志が籠った目を見たジャンボは、大きく溜め息を吐いて手に持っていたエールをテーブルに置いた。
「さぁ、行くわよ!」
「……はいはい」
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