第三十六話「親子」
―― 神界 破壊神殿 ――
「ち、父上……も、もう限界ですっ……」
「やっぱりケント君にはまだまだ及ばないねっ。才能だけならアークの方があるとは思うんだけどなーっ」
「そ、それを聞いたら師匠はまた私へ変なちょっかいを出してきますっ。あまり変な噂を立てないでくださいっ」
「アハハハハッ、それが面白いんじゃないかっ」
深く溜め息を吐く銀髪の青年アーク。壮年に近い雰囲気を出す金髪、アークの父である破壊神デュークは、互いに剣を持ち立っていた。
片やアークの顔は、汗だくで息も漏れているが、相手をするデュークには、その様子は一切見られない。
「と、ともかく、もうすぐアルバイトの時間なので今日はこれまでですっ」
「あぁそうだったね、仕方ないかっ」
「では父上、行って参ります……」
「はーいっ」
アークがその場で静かに目を閉じて集中すると、足の下部に円形の紋様が出現した。光と共にアークが包まれると、デュークの目の前にいたアークは光の線を残すようにして消えて行った。
「うーん、やっぱり副神さんの所で鍛えてもらうかなーっ?」
デュークは息子の事を気にしてか、まるで塾にでも通わせるかのような案を模索していた。
そして、デュークは中央後方にポツンと置いてあるボロボロの椅子へ向かい歩いて行く。するとデュークの背中側から、先程のアークの転移陣の構成とは全く逆の流れで光が現れた。
「おうデューク、邪魔すんぜぇ」
「あはははは、現れたなケーツッ!」
「毎度毎度……よく飽きないよな、お前……」
「まぁね、でも……どうしたんだいっ? レイアとエミーダさんはまだ出てるよっ?」
その問いがデュークの口から出た時、トゥースは真剣な面持ちになった。声の調子を落とし、デュークもそれを重要な話だと認識した。
「レウスからの伝言だ、いよいよ神像が三つまで集められたそうだ」
「へぇ、思ったより早かったねっ。わかった、準備はしておくよっ」
「それと、その際別件で調べてもらいたい事があるそうだ」
「この時期に別件って……何かな?」
珍しく考える時間をとったデュークは、先程の話よりも真面目な調子でトゥースに聞いた。
「転生者の調査だ」
「あれ、転生者は僕達のデータベースに記録が残るはずじゃなかったっけっ? 別段珍しい話じゃなさそうだけど…………あ、そういう事かっ」
「レウスにも『おやぶんにゃ言えばわかる』って言われたからな。俺は詳しくは聞いてねぇよ」
「はい、了解しましたっ」
額に手を当て、敬礼のポーズをとってみると、トゥースは呆れた様子で焼け野原の頭をポリポリと掻いた。
「ったく、誰が焼け野原だっつーの」
「あははは、焼く物がないから少し違うよねっ」
「お前の発言も耳に痛ぇ言葉だよ……っと、ところで、レンはどこだよ? 最近お前の秘書になったばかりだろ? そいつも楽しみに来たんだが……いねぇのか?」
「あー、さっきアークと修行してたら巻き込んじゃって、奥で寝てるはずだよっ」
「ひ、ひっでぇー……」
呆れの色が強い表情と、レンへの同情が込められたような面持ちで、トゥースはデュークに連れられて破壊神殿の奥へと向かった。
―― 風の国ストールの町 アルデンヌ家中庭 ――
今日もエメラルダの剣の稽古が続いていた。
(親父に言いつけて俺をクビにするかと思ったが、考えてみれば家で猫被ってる奴が俺を追い出すのは無理な話だな……)
「ふっ……ふっ……はあっ!」
「おーし千回だ、やりゃできるじゃねぇか。昨日より軸が安定してるぞ」
「それよりランスロットを離してっ!」
「駄目だね、こいつは俺の命を狙ったんだ。その重みを知る事が出来ねー内は、いつまでもこのまんまだ」
ランスロットは泣き顔を必死で堪え、首から下が埋まる自身の身体を何度も揺さぶっていた。
「うぅ……ゔぅううう……」
「お前もよく飽きねぇよな。神風特攻なんざ時代遅れなんだよ。狙うなら効率的に狙いやがれ。あ、クソガキ、突きの型を三百回だ」
「あなた……アイザックとか言ったわね? ……絶対後悔させてやるんだからっ」
子供ながらに出した殺気を帯びながら、エメラルダはそう言った。その殺気は、やはりアイザックを警戒させる程ではなく、アイザックはニヤリと笑って受け流した。
そうして、今日の稽古が終わる。
女の家に寄った後、ギルドに戻ったアイザックは、部屋の前でレティーとばったりと会った。
「あり、何やってんだレティー?」
「む、アイザツクか、アタチはレディーの嗜みをしてるのだ!」
「ほぉ、何の?」
「なははは、内緒なのだ!」
(……衣服の上に見える土埃、この臭いは……血か? それに薄く見える肌の傷……にゃろう町の外に出歩いてやがるな? 何が嗜みだ。ったく)
レティーの姿から読み取れる隠しきれない情報で、アイザックはレティーの行動を推察した。
「出歩くのは構わんが、借りを返してから死ねよ」
「な、何でわかったのだ!?」
「さて、何でだろうな? ハッハッハッハ!」
「ぐぅ……まだまだ精進がたりないのだぁ……」
レティーはしょんぼりと落ち込みうな垂れた。
「ま、俺の生徒に比べたら悪かないがな」
「本当かっ!?」
「おう、精進しろよガキ!」
「なはははは、レティー様にお任せあれなのだー!」
そして夜が明け、アイザックはまたアルデンヌ家へと向かった。
中庭への扉の前ではいつものようにスーズキが木の棒を二本持ち立っていた。
「アイザック様」
「あん? スーズキの爺さんから話しかけるなんざ珍しいな。どうしたんだ?」
「本日はお嬢様もお坊ちゃまもいつもと気合いが違うご様子。お気を付けください」
「ハハハハハ、あんたぁあのガキ共の正体に気付いてやがるな?」
「はて、何の事でござりましょうや……」
それきりスーズキは礼をしたまま顔を上げる事は無かった。
本日の異常を伝えたスーズキを横目に、アイザックは真っ直ぐ中庭に向かった。
そして、扉を開けた瞬間、
「くらえっ!」
ランスロットがパチンコから石を放った。
「奇襲か、悪くないな」
そう言ってアイザックは棒を振り上げ、額目がけて飛んでくる石を弾き飛ばした。
「まだまだーっ!」
石を予め集めていたランスロットは次々と石を放って行く。と言っても、相手はまだ五歳。その速度は遅く狙いも定まっていない。
次々と石を弾き飛ばし、アイザックはその諸所の暇を見つけ周囲を見渡す。
(さて、クソガキ(姉)の方はどこだ。この程度の奇襲戦法が俺様に通じると思ってねぇだろ。って事は、この奇襲自体が囮と考えるべきだ。前方には……いない。って事は……上かっ)
アイザックの予想は正しく、二階吹き抜けの廊下から飛び降りて来たエメラルダは、真剣を振りかぶりアイザックに飛び掛かった。
「ふんっ!」
アイザックの気合と同時に、アイザックの体から黄土色の光が放たれた。
用心棒のユニークスキル、《剛体》の発動の瞬間だった。
エメラルダが振り切った剣は、まるで金属を殴ったかのような金属音を発し、同時にエメラルダの手を痺れさせた。
「うぅ…………な、なんでよ……」
「殺すなら殺気を見せるな、そして相手に行動させるな、だ」
「こ、このぉっ!」
ランスロットが最後に放った石を、アイザックは軽く弾き飛ばし、ゆっくりと放物線を描き、ランスロットの頭に返っていった。
「ひぐっ! ……ゔゔぅううっ……うわぁあああああんっ。痛いよぉおおおお!」
中庭にランスロットの泣き声が響き渡り、アイザックは耳を塞ぐ。
「ったく、何でその痛みで泣けるのに俺様に向かって同じ事をしてくるかねぇ? おら、泣くんじゃねぇ。大好きな姉ぇちゃんがまた泣く事になんぞ」
「わ、私は泣かないわよ!」
「ま、今日の攻撃は悪くなかった。決闘で使えるとは思えねぇが、そのやり口は頭に入れておけ」
「使えないのに何で覚えるのよ!」
「ったくよぉ、かしこまって聞けないもんかねぇ。正々堂々と戦うって言ってもその中には駆け引きがあるんだよ。正面に対峙してたって、奇襲は出来るし、小細工だって出来る。大事なのは土壇場でそれが使えるかどうかだ。覚えておけよクソガキ」
「……駆け……引き……」
その時、反対側の扉が大きな音を立てて開いた。脇にはスーズキが控え、勢いよく扉を開けたのは、他ならないアルデンヌ家当主、ヴァンヘルムだった。
「ラ、ランスロットッ!」
「パパッ!?」
「お父様っ!?」
息子の泣き声を聞きつけたヴァンヘルムは、アイザックの脅しにより、泣き声を押し殺していたランスロットに駆け寄った。
(普段は来ないのに、何で今日は来たんだ? もしかして普段は家にいねぇのか?)
「アイザック殿、これはどういう事かっ!」
ヴァンヘルムは息子を抱きかかえ、息子を泣かせた犯人と思われるアイザックに怒声を浴びせた。
「何をしたと思う?」
それをさらりかわし、平然と質問を返したアイザックに、ヴァンヘルムは激昂した。
「貴様、確かに稽古は任せたが、それは娘だけだ! 五歳の子供にまで稽古をしろなど、私は言ってないぞ!」
「おいクソ親父、俺が何をしたかじゃねぇ。まず『自分の息子が何をした』と聞くべきじゃねぇのか?」
「ク、クソ親……父……だと」
「まずそのガキの持ってるパチンコを見ろよ。そしてこっち側に転がってる石の数を見ろよ。娘の持ってる真剣を見ろよ。程度はどうあれ、今まで雇った剣の先生達ってのは、こうして辞めていったと思わねぇのか? ま、稽古にあたって、そのガキが邪魔だったからちょっとしたオイタはしたがな」
ヴァンヘルムはアイザックに言われてようやく、息子の持つパチンコを見た。アイザックの足元に多数転がる石を見た。娘の持つ真剣を見た。
そして、ヴァンヘルムの視線から逃れようとする子供達の眼を見たのだ。
「見栄や体裁は構わねぇ。俺が言えた事じゃねぇが、肝心の教育がおろそかなんじゃねぇのか? 親を見て子供は育つんだよ。だから親父の前でだけ見栄を、虚勢を張るんじゃねぇのか?」
アイザックが投げかける質問に、ヴァンヘルムは答えられなかった。
事態の収拾がつかないと判断したのか、脇に控えていたスーズキがアイザックの元へ寄ってくる。
「アイザック様、申し訳ございませんが本日のところはお引き取りを。これが本日の報酬でございます」
350レンジが入った袋を受け取ると、アイザックは黙ってそれを受け取った。
「おう、明日も来るが、それまでに契約についてどうするのか決めといてくれや」
「後程旦那様が決めるかと存じます。ではまた明日……」
「じゃあな、クソガキ共」
周りからの返事は返って来なかったが、微かに小さな声で、スーズキが何かを言った。
瞬時に唇を読みったアイザックは、脳内でそれを再生してみせた。
(……りが……とう……ござい、ました……か。この爺さん、只者じゃねぇな)
その後、アイザックは黙って屋敷を後にした。




