第三十四話「幻炎」
……十、十二……ざっと二十人というところか。
不本意だが、真っ向から戦うしかないようだな。……久しぶりの白兵戦だな。
門番の剣……使えそうだな。
敵の戦力は……大体がブロンズと……メタルのランク少数いるな。やれやれ、困ったものだ。
『困っているのか太郎よ?』
『ほぉ、もう来たのか』
『外壁近くで待機していたからな。……ふむ、小国と言えど、さすが一つの国。地味に粒が揃っておるわ。……して、助けはいるのか?』
『いらないように見えたか?』
『見た限り、あのジャンボ程戦力のある者はいない。怠け切った心をしている相手だ、必要ないと判断するぞ?』
『では、自己判断で参戦しろ。……しかし、悪人以外は殺せないんじゃないか?』
『左様だ……しかし、戦闘不能と殺害は別物よ。それにこの場には……心の濁っている者しかいないようだ』
『つまり俺も濁っていると?』
『太郎はそうだな……濁ってはいない。ただ歪なだけだ』
口の減らない奴だ。
「な、なんだあの竜は……っ」
「黒竜の子供っ!?」
注意が逸れた、今だ!
「……かっ!?」
ダガーを投擲、大きい体の警備Aの喉元を貫く事に成功。男の背後の陰にいた警備B、C、Dに突撃、鉄剣により、首、首、胴の斬り落としに成功。斬り落としの流れでしゃがみ、警備Aの喉からダガーを引き抜き、後方数メートル先にいる警備Eの喉を貫く。
「ば、ばかなっ! 実力では負けていないはずなのに、あっという間に五人も……」
実力は表面的なもので決まるんじゃない。技術あってこその実力だ。
『ふむ、残り十六人、ここからが本番だな』
『あぁ、不意をついてフォースを使う前に倒せたからな……しかしここからは――』
「「「アップ!」」」
相手もフォースを使ってくる。
『チャールズ、援護だ。正門の火を消せ』
『ほぉ、それは妙案だな』
「アップ」
フォースを発動した俺は、斬りかかってくる警備Fの背後に瞬時に回り込み、首を刎ねる。
ランクメタル相当の警備G、Hの二人の緩急合わせた攻撃……警備Gの一撃目をかわすが、警備Hの二撃目を受けさせられた。なるほど、この力になれた分、戦闘技術は高いという事だな。それに重い。
唾を警備Hの眼にあて、怯ませてから首を切断。警備Gの二撃目を警備Hの亡骸を盾にし、受ける。
亡骸の手から落ちる剣の柄を蹴り上げ、警備Gの胴体を射抜く。激痛に歪む表情は俺の刃を前に瞬時に凍りついた。
顔面を突き刺し、そのまま切り上げ剣を抜く。
「残り十三だな」
「ば……馬鹿なっ」
この時、チャールズが火を消し、残る灯りは、松明のようなものを持っている警備二人のみ。
「くそっ、火が……灯りだ、灯りを点けろ!」
気配ゼロと暗視を発動し、闇に潜る。灯りに寄りきる前に警備I、J、K、L、M、N、O、P、Qの首や急所を狙っていく。
「ぎゃぁああああっ!?」
「ぐああっ」
「……がぼ……」
「…………残り四人」
松明を持つ者に一人ずつ寄り、周囲を照らしている。どいつの表情も恐怖に満ち顔が引きつっている。
ブロンズランクが三人、メタルランクが一人というところだろう。
『……逃がしてやってもよいのではないか?』
『腰は抜けていない、逃げるなら逃げられるだろう。しかし、それでも逃げないという事は、こいつらはどっちに転ぼうが死ぬ未来が見えるという事だ。レイダが成功するかわからない以上、ここで仕留めてやるのがこいつらの為だ』
『やむにやまれぬ事情という事か……厄介だな……む?』
『ふん、どうやら殺さずに済みそうだな』
兵を二人引きつれたレイダが、何か光る物を手に持ち走ってくる。
なるほど、恩は売っておくものかもしれないな。
「「静まれぇっ!」」
二人の兵が大きな声で、俺達を止める。この状況なら問題無さそうだな。
俺は気配ゼロと暗視を解除し、レイダに近いた。
「……酷いな」
レイダが周囲の惨状を見て呟く。
「すまないな、手段を選べる程強くないんだ」
「これでか?」
「憎まれ口はいい。首尾は?」
「そうだな、そちらを優先させよう。……皆の者、この青く輝く王家の指輪を見よ! これは陛下、《リモール》様より預かったものだ! これより私の言葉は王の言葉として受け取れ!」
レイダは火に照らされた手を高く上げ、青い宝石が入った指輪を周りに示した。
やれやれ、結局モジモフの顔を見ないまま事件が解決したな。
しかし写真がない時代故か、殺し屋とはこんなものなのかもしれないな。
後はレイダと……この国に任せよう。
「レイダ、事態が収拾するまでダリル南の聖域付近に身を潜める。数日中に契約金を届けに来い。その際、俺の部屋の荷物も頼む」
俺はレイダにそう耳打ちし、レイダは静かにコクリと頷いた。
『チャールズ、聖域まで案内しろ』
『合点承知』
チャールズは羽を羽ばたかせ徐々に降下してくる。警戒する警備や、レイダの供だったが、レイダが腕を横に出し制止した。
俺はチャールズの足を掴み、チャールズは足で俺の腕を掴んだ。瞬間、急上昇しながらダリルの城壁を越えて行った。
――二四四三。本時刻をもってミッションを完了とする――
――幻炎の洞窟内 溶岩地帯――
洞窟内は、蒸し暑いという温度を超え、次第に歩幅が狭くなるアリスの頬からは汗が流れ、そして落ちている。落ちた汗は地面に落ちると、音を立て蒸発し、アリスの足の裏にはそれを感じさせる熱が伝わっていた。
「な……なんなのよ……これは……?」
「あまり声を出すと喉がやられちまうぜ。それと、魔物に見つかっちまうから小声でな。結構声が響くんだよ」
「むぅううっ……っ!? ジャ、ジャンボッ」
アリスは小声でジャンボを呼び、それに反応したジャンボはアリスの指差す方向を見た。
その先には紺色の体毛を纏い、八メートル程の大きさはあるだろう狼が、溶岩の海の上にある固まった溶岩の上に寝そべっていた。耳を澄ますと確かに聞こえる腹の底に響くような寝息が、固まったアリスと固唾を呑のむジャンボに一時の安心を与える。
(これが……深炎狼ね……)
二人は同時に溜め息を吐き、慎重に進行方向へ足を進め――――られなかった。
二人の正面に現れたのはレッドグリフォス、赤い体毛と赤い翼を持つ真紅のグリフォンだった。その眼は二人を捉え、見下している。
まるで餌でも見るかのような眼だ。
「うっそ……十メートルはあるわよ……」
「ちぃっ、走れアリスッ!」
「えぇ、こ、こっちなのーっ!?」
ジャンボは、アリスの背中をレッドグリフォスの方へ押し出し、共に駆け始めた。
「グルァアアアアアッ!!」
後方から響く凄まじい咆哮。それはアリス達の頭上のレッドグリフォスからではなかった。
「俺の掛け声で深炎狼が起きちまったが、後方に退避してレッドグリフォスが仕掛けて来たらどうせ奴も起きて挟み撃ちだ。そうなったら終わりなんだよ!」
ジャンボは前方に逃げた理由を叫びながらアリスに伝え、全速力で洞窟を駆ける。
二人の視界が大型魔物を通さない小道を発見した時、その進路を塞ぐかのようにレッドグリフォスが飛び降りてきた。ジャンボ達が全力で駆けた距離を、レッドグリフォスは一度の跳躍で詰めたのだ。
いつの間にかアリスを抱えながら走っていたジャンボは、レッドグリフォスを前に急ブレーキを掛けた。
「くそっ、やるっきゃないかっ!?」
「ちょ、ちょっと下ろしてよ!」
「黙ってやがれ、上手い事あの小道の中へ抛り投げてやるからよ」
「ちょ、何言ってるのよ、放しなさい! このぉおおお!」
後方に静かな足音が聞こえ、深炎狼の接近が間近に迫った頃、前方のレッドグリフォスの様子が変わった。
レッドグリフォスは一瞬でジャンボ達の方へ跳躍するが、警戒するジャンボ達を跳び越え、駆け付けた深炎狼と並び立ったのだ。
「な、なんだ? 稀に見られる魔物同士の喧嘩って訳じゃなさそうだが……俺達を警戒してる……?」
「……っ! 違う、私達より後ろを意識してるわ!」
気の緩んだジャンボの腕から逃れたアリスは、先程まで視界の端に映っていた小道を見る。ジャンボも前方にいる二匹の魔物に警戒しながら、ちらりと様子を伺う。
魔物も息を潜め集中しているようで、シンとした静寂が辺りを包む。聞こえるのはどろどろと流れる溶岩と、アリスやジャンボから流れては落ちる汗の蒸発音。
そして、徐々に近づいてくる足音――
「人間……かしら?」
「……あぁ、殺気がビンビンだぜ。しかしこれは魔物に対してだろうけどな」
「私達に向いてたら絶体絶命よ……っ、来た!」
アリスが小道を意識した時、その意識の後ろには、既に……それはいた。
ジャンボが辛うじて気が付いた、その男の接近。小道に眼を向けるアリスの後ろに立っていたのは、アリスと大して変わらない体躯の、小柄な男だった。
「あっれー、また同じ場所に出ちゃったやー。む……ふむふむ、どうやらおじさんにおねーさんが困っている様子……。んー、1000レンジで加勢してあげるよー?」
陽気かつ剽軽な様子で現れた少年とも青年ともとれる男は、ボーイソプラノを思わせる高い声で、アリス達の救援を金銭次第で請け負うと申告してきた。
「ちょっと高いわね……」
「いや、安いくらいだぜ。こいつがいればなんとかなる。逆にいないと、こいつは俺達を見殺しにするって言ってるんだぞ?」
「おー、おじさんわかってるねーっ。ランク以上の経験をしている……世話好きさん……かな?」
男はちらりとアリスを見て、にこりと笑いながらそう言った。
「そういう事は終わってから聞いてくれ。1000レンジ払うからなんとか頼むわ。俺はジャンボ、そこの嬢ちゃんはアリスだ」
「うん、わかったよ! 僕はライトって言うんだ。ヨロシクねっ!」




