第三十一話「出生?」
「な、そこをどきなさいっ!」
「わかってねぇなクソガキ、こいつぁ人質だ、弟を傷付けたくなかったら、投げた木の棒を拾ってきな」
クソガキーズの表情が一気に凍り付く。ふん、悪くない表情だ。
「こ……こんな事をしてお父様が許すと思って!?」
「大丈夫だ、てめぇらのオヤジとは話がついてる。つまり、親公認でやってる事だ。だから……安心しろ」
「安心なんか出来るものですかっ! スーズキ、スーズキは――」
弟のデコにアイザック様のデコピンをくれてやる。
「ヒッ! うぅ……ゔぅうううあぁあああん!」
「ちょ、何をしているのですっ!?」
「早く棒をとってきな。俺様のデコピンはいてぇぞ〜」
「くっ……」
ほぉ、ようやく押し黙ったな。おしおし、ちゃんと取りに行ったみたいだ。
俺様は先生やコーチに向いてるかもしれねぇな。
「……ぜ、絶対許さないからっ」
「大丈夫だ、絶対許してやらないからな」
「ゔぅううう……ううう……」
「お前もいつまでも泣いてると、また姉ちゃんの腹が痛くなんぞ」
「ぐぅううう……ひっく……」
やはり向いてるな。生徒が言うことを聞いている。あぁ、このガキは生徒じゃねぇか……だが、指導者として覚醒し始めている事実は否めないな。
さて、そろそろ始めるか。
「さっき言った通りだ、とりあえず我流で構わないから飛び込んで来な……あぁ、いくら俺様が魅力的だからって胸に飛び込むんじゃねぇぞ?」
「い、行かないわよ! ……やぁああああっ!」
「はい、ストップ」
「なっ、来いって言ったじゃないっ!」
そりゃごもっともだ。
「気合いを入れるのは悪い事じゃない……いや、悪い事だ」
「どっちなのよ!」
「気合いを込めなくても人は殺せるからな。中途半端な気合いは邪魔なだけなんだ」
「殺さないわよ、試合よ試合っ」
あ、そういやそうだったか。
しかし毎回毎回声荒げて疲れないのかねぇ。
「ま、だから声を出さずに、静かに効果的だと思う場所を狙って……もう1回だ」
仕切り直し……ガキが木の棒を握り締め、ジリジリと俺様との距離を詰める。
「……ふっ」
ガキが左袈裟から切り落とし、上げ、回転して払う。……なんだ、それなりに動けるじゃねぇか。
これで勝てないって事は、相手は相手でそれなりの実力の持ち主って事だな。
「おう、おっけーだぜ」
「ふぅふぅ……はぁ……。こ、これでランスロットを放してくれるんでしょう?」
「あ? 俺様はそんな事は一言も言ってないぜ?」
「なっ!?」
「とりあえず今日は今の型を1000回だな、それが終わったら今日は解放してやる。軸がぶれたりしたらそれは数に入れねぇからな」
クソガキがとんでもない目つきで睨んでくるが、俺様はニヤニヤしながら弟のデコに手を添えるだけだ。
ほら、大人しくなった。資金が貯まったら学校でも作るか? いや、中々面倒な感じがしそうだな。
その後クソガキはボロボロになりながら1000回の型を終え、優しい俺様は弟の側から離れてやった。
勿論、掘り起こすのはクソガキの仕事だ、俺は要領良く生きていくんだからな。やれやれ、クソガキが遅いから4時間もかかっちまったぜ、残業代を請求したいくらいだ。
へなちょこな殺気に背中を見送られて、俺様はスーズキから350レンジを受け取り、ギルドの部屋まで戻った。
「おぉ、アタチの勘は当たったのだ。やはり戻ってきたのだ!」
「よぉレティー、よく眠れたか?」
「なははははは、レティー様にお任せあれなのだ!」
「おし、お前ぇも役に立てなくちゃぶっ潰すからな、覚悟しておけ?」
一瞬レティーはたじろいだが、すぐにまた俺を指差し威張ってきた。
「むぅうっ、クリアしてみせるのだ!」
ほぉ、やはりガキは素直が一番だな。先程のクソガキに見せてやりたいくらいだ。
さて、とりあえずコイツに天職をもらわなきゃな。教会へ行ってジョブを得て……盾か囮位にはなってもらわなければならん。
雑魚モブを狩れるように調教して、俺様がいざ動く時の駒にしないといけねぇ。
俺様とレティーは昼飯を食った後、ストールの町の教会へ向かった。
町の中央南、教会へ到着した時、俺様の腹時計が13時を知らせた。風の国とはよく言ったもので、涼しい風と適度な日差しがなかなかに気持ちが良い。
教会の中では阿保面の神父がレティーを見て驚いていた。見せもんじゃねぇぞ、お?
レティーを魔神像の前に立たせ目を瞑らせた。「前が見えないのだ」とか当たり前の事を言ってたが、「そりゃ大変だな」と相槌を打っておいたぜ。
神父が変な掛け声をしてしばらく経った頃、レティーは俺様に終わった事を伝え、目の開門許可を求めた。
面白そうだから「教会を出るまで開けちゃ駄目だ」と伝え、俺様の声を頼りに目を瞑らせたまま歩かせた。
至る所にぶつかって喚く姿が秀逸だった。中々楽しませてくれる奴だ。
レティーの天職は「戦士」っていう意外に普通のジョブだった。
つーことで、このガキに見合った武器を用意しなくちゃならん。町の市場で鞘付の鉄のダガーを一振り買ってやった。跳ね回って喜んだが、うるかったので拳骨で止めてやった。目覚まし時計のようなヤツだな。
因みに俺の武器はナイフ(コールドスチール製サンマイのナチェズボウイ)1本のみ、実に心もとないが、いざという時はレティーがある、問題ないだろう。
ってわけでギルドに戻り、俺様のランク、レギュラーで請け負える魔物討伐を選択した。
標的の名前は「エメラルドガーゴイル」、額に付いているエメラルドを売れば金になるそうだ。普段から争奪戦になる魔物らしいが、ギルドに戻った時に丁度きた仕事って話だ。やはり日頃の行いが良いと、良い運も呼び込むんだろうな。
エメラルドガーゴイルは東の洞窟を根城にしているらしく、食料と水、そしてレティーをバッグに詰め込み町の東門からそこへ向かい始めた。
やはり身体能力の向上は素晴らしい。一時間レティーがバッグに入っていても疲れる事があまりない。
道中レティーに双眼鏡の使い方を教えてやる。
双眼鏡で太陽を見た時のレティーの顔は最高だった。遠くにある物に届かない手を出し空を何度も掴む姿も悪くない。地面に双眼鏡を突き刺し覗き混んでいた。「何してんだよ?」と聞いたところ、「アイザツク、地中は闇で覆われてるのだ!」という報告をしてきた。大変だな地中。
あながち間違いじゃないが、例え暗視システムを搭載しててもそりゃ真っ暗だろう。ガキのやる事はよくわからねぇな。
次はダガーの使い方を教えた。レティーの身長になるとダガーが直剣レベルの大きさに変わる。
そのサイズで体重を乗せられるのは悪い事じゃない。最初刃を触りそうだったので拳骨で止めてやった。
何て優しいんだ俺は……。きっと今ので徳の上昇が見込まれるだろう。なんたってまたレティーを救ったんだからな。
レティーは俺の動きを上手くトレースしていた。運動神経は悪くないようだ。
腕力というより、脚力に優れている。ここを重点的に伸ばせれば化けるかもしれねぇな。動体視力も反射神経も良い、こいつぁ良い殺し屋になれるかもな。
太郎が見たら「中々の逸材だ」と言いそうだ。
途中で、見た感じまんまゴブリンの群れと遭遇した。6匹……接近してナイフで薙ぎ払ったらあっさりと死んだ。
2匹だけ残してレティーにバトンタッチした。
最初はガキ同士の喧嘩みたいな戦闘だったが、2匹相手でもレティーが押される事はなかった。
戦闘には勝ったが、返り血が酷く、素直にばっちいと思った。笑いながら額に「肉」の血文字を書いてやった。
しばらく歩き、洞窟がありそうな森の出前にはメロスが渡るのに困らなそうな川が流れていたので、ばっちいレティーを放り投げて深さを測った。川の深さはレティーの首から上が出る程度、冷えるが仕方ねぇか。身長から見て、足が着くはずなのに溺れるレティーの首根っこを捕まえて対岸へ渡る。
「ケホケホッ……なんか苦しかったのだ!」
「血で汚れてたから洗い流してやったんだよ、感謝しろ」
「おぉ、ありがとうなのだっ」
ふっ、これで俺様の徳はまた上昇したはずだ。なんたって川へ投げ込み、溺れてたから救ってやったんだ。俺様は一体この先何回レティーを救う事になるのだろう。真の聖者とは俺様を差すんだな。
森に入ると様々な気配を察知出来た……なるほどなるほど、こりゃ便利だな。しかし、普段感じなかったから、害意ある者のみの適用なのか? どういう仕組みかわからんがとりあえずはどうでもいい。
レティーがわくわくしててうるさそうだったから、口に布を包ませた猿轡をした。
「……これでよし」
「ふがっ、おえはらんにゃにょら?」
「声を出しても出来るだけ聞こえなくなる最新鋭システムだ」
「おぉっ」
「お前は下をゆっくり歩いて囮になれ。倒せる敵なら倒し、本能でコイツは無理だと思ったら逃げろ」
「ふがっ!」
洞窟まで長そうだな……ミッションスタートだ。
俺様の腹時計が十五時半を知らせる頃、レティーが大股で前進を始める。
木の上から動向を見守るが出てくるのはゴブリンばかり、怪我こそしないものの既に疲れ始めている。重い剣を振りまわすなんざ初めてだろう。お、少し大きいゴブリンの登場……手にはレティーが持ってる物と同じタイプのダガー、あれがおそらくゴブリンウォリアーだな。
あいつから奪えばタダだったのか……ま、売れると思えばいいか。
おそらく今のレティーでは苦戦するだろうが……さて、どうするガキんちょ。
「ふがっ!」
「キキーィ!」
ほぉ、挑むみたいだな。戦闘力的には互角……いや、疲労がある分レティーがちと不利だろう。この不利をどう有利に変えるかが肝になるって事か。
飛びかかるゴブリンウォリアーの上段斬り……危ねぇガキだな、ダガーの面を叩きやがったぞ。なんつーか野性的な戦い方だ。
本能からくる予測不能な動き……しかし相手も似たようなもんだから、やはりどっこいどっこいだな。勝ってるとしたら――
「ふがっふがっふがーっ!!」
「キ、キ、キキッ!?」
気合い位だろうな。苦戦しながら相手を追い込むとかどんな気合いだよ。
あのお嬢様もこれくらいの気合いを出せてれば問題ないんだが……戦士としてはレティーのが優秀だな。
よし、劣勢を立て直したとは言えないが、気合いで押し勝って倒せたみたいだな。
「うがっ!」
俺様にピースすんじゃねぇよ。しかし、腕も痙攣しているみたいだし……ここら辺が限界か。
俺様は木から飛び降り、華麗な着地を決める。拍手するレティーを持ち上げ木の上まで放り投げた。
強く投げ過ぎて木の枝に頭をぶつけてたが……生きていた、問題ない。
「レティー、そこで待機だ。さっきの俺様みたいに木の上から付いて来い」
「ふがーっ」
ホント索敵ってのは便利だな、進行速度、距離がある程度わかる。
これなら魔物の討伐に関しちゃなんとかなりそうではあるが、ファンタジー世界風なんだったら凶悪な魔物や悪人にゃ注意しなくちゃいけねぇな。
今までライオンや象やワニ相手に馬鹿やった事もあったが、そんなのが比じゃない程の魔物……ってなるとやっぱり恐ろしいもんだな。そん時はさすがに伝説の盾を使っても防ぎきれないだろう。
「ギャッ!」
「ギュッ!」
「ギョッ!」
って感じでゴブリンウォリアーを捌いていると、ちょっとした大物が現れた。
「グガァアアッ!」
「ったく、こんなのがいるなんて聞いてねぇぞ」
目の前に現れたのは「オーク」、世界中で最も有名なモンスターだそうだ。
見た感じ茶色いゴリラだな、ゴリラとやりあった事は流石にねぇが、多少の知能を想定しておいた方がいいだろう。
デカい斧を持ちオークが走りながら突進してくる。なるほど、超はえぇな。俺様はナイフを抜いて身構える。
「ふがっ!」
うるせぇ、ギリギリまで引き付ける……今だっ!
オークがブレーキをかけられないギリギリのラインで俺が前進、下半身へスライディングする。
くそっ、変なもの見ちまったが、右足を斬りつける事に成功。しかし少し抉っただけだ、切断まで出来ないとなると中々めんどくせぇな。
おーおー、怒ってやがるぜ。
「アップ」
ここで使いたくはなかったが、そうも言ってられねぇな。
このクラスなら、もう一段階ランクが上がってたら手こずることもないだろうが。ま、ありあわせのモノで料理してやんよ。
まずはあの鉄斧だ、とりあえず利き腕と思われる右腕を切り落としてやる。そうすりゃ首や胴体に攻撃が届くだろう。
さて、どう戦うかな、いつもこういう時は「太郎ならどうするか?」とか考えてるんだが、アイツは直接戦闘なんてそんなにやらねぇからな。
「ふがーっ!」
うるせぇっての。
また突進か? いや、跳んだか。おいおいそっちは――
「いあのあーっ!」
イージスの盾のとこじゃねぇか。なるほど、いたって冷静だって事だな。
しかしそれなら俺も楽が出来るぜ?
「レティー、ハウスだっ!」
「うがっ!」
レティーを木から飛び降ろさせ、さっき下ろしたバッグの元へ向かう。
枝にしがみついたオークがレティーを追い飛び降りる。そう、その着地点には……既に俺がいるんだよ。
オークの着地のタイミングに死角から……狙って首を刈る。……よし、成功だ。
しばらくすると剣からフォースが抜けていくのがわかった。その状態でオークの腕を斬ってみた……ほぉ、斬り方によっちゃ切断まで可能だな。
「はふれいっえるほは?」
「……お前に猿轡が意味ねぇ事がわかった。外してやっから動くな」
「がふっ!」
寛大な俺様はレティーの口周りの紐をちょん切ってやった。
「はっはっはっは、すげぇ紐の痕だな!」
「お? おぉ、頬っぺたがデコボコなのだー!」
「だからうっせぇっての!」
「アイザツクには負けるのだ!」
「違ぇねぇ! ハッハッハッハ!」
「なははははははーっ!」
俺様達が馬鹿笑いしていると、ウヨウヨとモンスターが集まり始めた。そらそうだ。
「レティー、ハウス!」
「バッグオンレティーなのだ!」
「走りながらモンスターを切りつけろ! 俺様の腕を切ったら晩飯抜きだ!」
「もし切ったら報告しないのだ!」
そういう問題じゃねーよ。
「行くぞっ!」
「ふがっ!」
俺様は全速力で駆け始め、レティーでは手に余るであろうモンスターから順に走りながら斬って行った。中には止めを刺せなかったモンスターもいたが、同じ場所を何回か周り止めを刺していった。
モンスターってのは基本馬鹿ってのが相場だ。グルグル何周もしようが、ただ逃げてるだけだと思うだろう。ま、やり過ぎはよくねぇがな。
レティーもしっかり倒してる。徳に差がつきそうだが、んな事ぁ知ったこっちゃねぇ。
俺の息に限界が近付いた頃、正面に白い柱が見えた。あれが聖域ってやつだな!
そのまま聖域に逃げ込み柱を背に向き直る。柱にレティーをぶつけたが問題ねぇ。
「アイザツク、痛いのだ!」
「ふぅふぅ……おう、良かったな」
「良い事が起こるのか!?」
「あぁ、この柱が本物ならな……」
レティーが白い柱を見上げる。へん、やけに絵になってるじゃねぇか。
聖域の効果は怪しかったが、情報通り聖域に近付いたら殆どのモンスターが離れて行った。しかし――
「グルルルルッ」
「ガウゥウウウ」
二匹の魔物が聖域の近くまで追ってきた。これも情報通り、聖域の臭いを嫌がらない魔物もいる。
だが、聖域内には入ってこれないようだ。稀に偽物の聖域があると聞いたが、ここは大丈夫みたいだな。
俺様は地面に転がる石を二匹の魔物、リザードとリトルガルムに投げつけた。しかしやはりその二匹は五メートル以内には入って来れない様子だった。
「おぉ、ここは凄いなー!」
「気付いたか?」
「なは、アタチも少しだけ臭いと感じるのだ」
なるほど、こいつは魔物だったか。
しかし「少しだけ」というのが引っかかる。こういうので定番なのは元魔物だとか、魔物だった事を忘れてるだとか、ハーフだとか……ま、そこら辺だろう。
だがこの中に入れている以上は問題はないという事だろうな。
さて、こいつらを片付けるか先にぶち殺して、後で楽した方が良いからな。イチゴショートのイチゴを最後に食べる男アイザック様、夏休みの宿題を最初にやるアイザック様に死角はない。
リザードはワニの亜種という感じで、濃い緑色をした……ワニだ。
リトルガルムは血色の悪い感じの紫色の狼のようなヤツだった。
レティーのダガーを使い、聖域内からリトルガルムに向かって投げつけた。何回かフェイントを混ぜたおかげか脳天を突き刺す事に成功。
レティーにリザードを引きつけさせリトルガルムのダガー回収に成功。すぐに聖域内へ戻る。
ゴブリンウォリアーから頂戴したダガーとこのダガーを使い、図体のデカいリザードにダガーを投げる。致命傷にはなっていないだろうが深いダメージを与え、体内に残る最後のフォースをナイフに施し近接戦闘で仕留めた。
「おぉおお〜、アイザツクさすがなのだ!」
「そりゃ俺様にかかれば、これ位の敵は雑魚みたいなもんよ!」
「この後はどうするのだ?」
「とりあえず今日はここでキャンプだ、いいな?」
「なはははは、レティー様にお任せあれなのだ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ちぃとばかし硬い寝床だったが、ゆっくりと休む事が出来た。
リザードの肉を丸焼きにして食べたが、中々の味で悪くなかった。中には絶品とされるモンスターも多く、ギルドの依頼でモンスター肉の収集もあるらしい。
太郎に付き合っていたせいか毎朝のストレッチが身についちまった。アイツは今一体どこで何をしてるんだろうな。死んじまったかもしれねぇが、互いに助かってたら100ドル渡さなきゃいけねぇな。
レティーは案の定バッグの中で安眠中。付近にモンスターの気配無し。
腹時計では朝の七時半ってところだろう。八時にここを出発して昼前にゃここを出たいもんだな。
「おいレティー、そろそろ出発するぞ」
「ん……うぅう……ちち……はは……」
あん? 父親と母親はいないって言ってなかったかコイツ?
隠している? いや、コイツにそんな器用な事が出来るとは思えない。いないのか、死んだのか……。それともまた別の理由なのか?
ま、俺様には関係のない事だから気にする事でもないだろう。
レティーバッグに蹴りを入れるが、それでもこのガキは起きなかった。
優しい俺様はレティーの鼻を摘まんで塞いでやる。口呼吸に追いやられたレティーはバッグの中で「はぁはぁ」と変な声を出す。
苦しそうなレティーの、今度は口を塞いでやる。呼吸が止まって数秒……そろそろだろう。
「……………………ぷぁあああっ!?」
ガンッ!
「いってぇええっ!」
「痛いのだぁああ!?」
くそ、ガキだと思って油断したぜ。太郎が見たら冷たい目で見られそうだぜ。
「そ、それに、何か急に苦しくなったのだっ」
「そりゃ良かったな」
「ぬ? 良い事なのか?」
「さぁ、どうだろうな。ほれ、そろそろ出発の時間だぞ、速攻でエメガーをやっちまって昼前にはストールの町に戻んぞ!」
「ま、任せる……の……だ?」
ほぉ、立ち上がった瞬間にふらついたか……。こりゃアレだな。
「何か体が痛いのだ」
「あぁ、俺が呪いをかけたからな」
「な、なにぃ!?」
「その呪いは「キンニークツー」という恐ろしい呪いだ。数日間体に痛みを発生させるんだ。レティーを何回起こしても起きなかったからお仕置きに呪いをかけてやったんだ」
「こ、この呪いはアタチをどうするのだ!?」
「なに、数日間痛むだけで毎日夜しっかり寝ていれば解呪されるようになってる簡単な呪いだ」
「おぉ~、そうなのか!」
「今度からは起こしたらしっかり起きねぇとだな」
「なはははは、わかったのだー」
そこはバンザイするとこじゃねぇだろ。
その後、俺とレティーは順調に森を進行、突き当りの崖に沿って歩いていたら目的の場所と思われる洞窟を発見する事に成功した。
道中雑魚共と戦闘になる事もあったが、レティーの筋肉痛に悶える姿を腹抱えて笑いながら討伐した。
洞窟の中は暗かったので、バッグからレティーを落とし、布とそこら辺の枝を使い即席の松明を用意した。
長丁場になるときついと思ったが、意外にも洞窟は短く、エメラルドガーゴイルもといエメガーちゃんは洞窟の最奥ですぐに見つかった。
依頼時の情報と違うのは慣れたもんだが、エメガーが二匹いるとは思わなかったぜ。
一匹をレティーが引きつけて、俺様がダガーを投げ仕留めた。二匹目は太郎に教わったサブミッションでエメガーを固定し、レティーに止めを刺させた。額に埋め込まれている大きな緑色の宝石をくり抜き、袋に詰め込む。
「む、アイザツク、何か落ちてるのだ!」
「あん? 金目のもんか?」
「指輪なのだ」
「汚ぇ銀の指輪か……俺のサイズに合わねぇからお前がはめとけ。腹が減ったら換金でもすれば多少の金になるだろうぜ」
「も、もらっていいのかっ?」
なんだ、やたら嬉しそうだな? ……あぁ、そういやダガーやった時も喜んでたな。
人から物を貰う事に慣れてないのか。人身売買の世界に身を置いてたならそりゃしゃあねぇか。しかし今回のは――
「あげるも何もそりゃレティーが見つけたもんだろう。お前の好きにすればいい」
「ほぉおおお~、やったのだー」
おうおう、汚れた指輪を大事そうに抱えやがって……。ま、どうでもいいけどな。
「よし、んじゃ町に帰るぞ」
「なはははは、お任せあれなのだー!」
洞窟を脱出し、ストールの町に向かい歩いて行く。
この森はモンスターが多いようでやはり何回も襲われた。本来のレギュラーじゃ難しい依頼だったんじゃねぇか?
バッグの中のレティーは大活躍し、オークレプリカの首を刺し貫いたり、フェイクラビットっていう大きい兎みてぇなモンスターの素早い動きにも的確に対応して倒していた。
どうやら眼だけは俺様より良いのかもしれない。
森を出た場所にある川で二人とも体を洗い、少し遅くなってしまったが、十三時にはストールの町へ着く事が出来た。
まず、町でエメガーの額の宝石を鑑定し、一つ600レンジのところを、最終兵器「もう一声」を使い800レンジで売ることに成功。討伐報酬の700レンジと合わせて2300レンジをゲットした。順調に財布が潤っていくぜ。
因みにレティーが拾った指輪を鑑定してもらったら「分配の指輪」っていう特殊アイテムだった。
この指輪はこの世界で一番ポピュラーな特殊アイテムらしく、捨て値同然で取引されているそうだ。なるほど、捨ててあるわけだ。
その特殊効果は、同じく分配の指輪を装備した者と、徳の分配が出来るという簡単な内容だ。半径十メートル以内じゃないと効果は発動しないらしいが、レティーの底上げするのには必要かと思い、最終兵器「もう一声」を使い、店で10レンジで売っていた分配の指輪をタダでもらった。
あの店のオヤジの徳は非常に貯まっている事だろう。
その後、レティーと共に教会へ向かい、徳の確認をしに来たんだ。
「魔神レウス様、どうか迷える子羊をお救いください!」
だから迷ってねぇって。
『子羊さんいらっしゃいなのだ!』
どこかで聞いた事のあるような口調だな?
『おいお前、名前は何て言うんだ?』
『私の名前か? 私はハティーなのだ!』
名前も似ているな?
『ガキはいんのか?』
『勿論なのだ、ヒッチとフッチとミッチという三つ子がいるのだ!』
『それ以外にゃいねぇのか? あぁ……孫は?』
『子供達は全員生涯戦士を貫いたのだ! お前何が言いたいのだ?』
『レティーっつーガキを知らねえか?』
こう聞けば早かったか。
『レティー……レティー……知らないのだ!』
『そうかい、時間取らせて悪かった。徳の確認を頼む』
『なはははは、お任せあれなのだ!』
やはり似ている……。
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いよいよ書籍の推敲作業が本格化してきたので、少し遅れ気味です。どうかご容赦を……。
アイザック回についても一回で終わらせる為に色々工夫しますね!
いつもご感想、ご指摘、ポイント等々励みになっております。




