第二十八話「疑惑」
以下は殺し屋太郎の本日のミッション、「ボロスとユーリウス」に関する脳内レポートである。
――北西にあるボロスの屋敷――
二三○○。
闇が闇を覆い、稀に見かける光はゆらゆらと揺れている。
ボロスの屋敷に到着、大臣というだけあって、高い壁に覆われているが、それ故か警備が少ない。どうやら大臣という自覚が薄いらしい。
外壁の上に警備はおらず、門には二人のみ。
外側からわかる情報はこんなところか。
……これより侵入を試みる。
この屋敷の特徴は……一面のみだが城の外壁を利用して建っている事だ。
したがって空でも飛べない限り、侵入経路は正門以外の外壁からという事になる。ボロスの屋敷の側面、西側から外壁をよじ登り始める。ちょっとした窪みや凹凸部分利用すれば、数メートルの外壁等、俺にとっては階段を上るのと同義だ。
外壁上部に到達、ぶら下がりながら屋敷内の目視に成功。……これが大臣の家? 正気か?
この世界の背景から屋根にも見張りを付けていいはずだが、見える範囲に警備を発見出来ない。この世界ではこういった侵入者は珍しいのか、それともボロスが余程まぬけなのか、単純に経費削減か……。
よし、外壁を越える事に成功。屋敷は大きいが石造りの二階建て、門番以外の気配は感じない。
屋根に警備がいないのであれば、二階から屋敷へ侵入するのが上策か。
一跳びで屋敷の二階西端のバルコニーにぶら下がりよじ登る……異常無し。
部屋へ通じる窓、空いてる? 戸締りすら出来ないのかこの国の防衛大臣は……。
音、異常無し、気配、無し。二階への侵入に成功。この部屋は……書斎のようなものだろうか、本棚やわりとガッシリした机、ソファー等があるな。さて、まずはここからか。しかし……指紋を気にせず物色出来るのは有難い限りだな。
…………魅力的な本が何冊かあったがそれらしい物は発見出来ない。次の部屋だな。ボロスの寝室なんかに当たるのが望ましいが。
コッコッコッコッコッ
むっ、足音? この部屋に向かっている?
仕方ない、一時バルコニーへ退避だ。
部屋に入って来たのは……メイドか。何やら周囲を見渡してまた去って行ったな。ボロスがここにいると思ったのか? それとも何かの命令を受けて?
どちらにしろ今この部屋にメイドが来たという事は、今後この部屋に人が来る可能性が低いという事だ。
メイドの声らしきものも廊下から聞こえないという事は、近くに人がいない可能性も高い。再び部屋へ侵入しドアをゆっくりと慎重に開ける。
廊下には赤い絨毯が敷かれつづく先々に無数の扉がある……やれやれ、報酬が二万レンジでなければやらないところだ。
二三三○。
ボロスの屋敷は外れだ。何の収穫も得られなかった。ボロスの寝室に隠し扉があったが、特殊性癖が色濃い部屋というだけで、特筆すべき事はなかった。
侵入経路と同じルートで脱出に成功。
となると残るはユーリウスと、俺の中の本命のモジモフだな。
レイダの事もある、やはりユーリウスから調べてみるか。これより東にあるユーリウスの屋敷へ向かう。
二三五五。
ユーリウスの屋敷……これも外れだ。案の定警備は手薄、金庫に鍵もかかってなかった。とんだ財務大臣だな。
やはりモジモフか…………確かに証拠を隠すならそこが一番怪しまれないからな。
レイダがもし俺以外の者に依頼していたら、調べるのはこの二人の家だけだ。それをレイダへ報告したらどうなる?
調べたが今まで起きた事は全て偶然だ、という事で済まされそうだ。モジモフが黒幕だとしたらこれ程うまい手はなかなかないだろう。
これからモジモフの屋敷も調べたいところだが、暗視と気配ゼロを長く使ったせいか余りフォース残量がない。今日は帰って明日また出直しだな。
――二四○○。本時刻をもってミッションを完了とする――
太郎が一仕事を終え、ギルドへ向かっている頃、チャールズはダリルの南にある森の中で複数のモンスターに囲まれていた。
羽を羽ばたかせ鋭い視線を送るチャールズが見据えていたのは三体の魔物。レプリカキング程大きくはないが、「オルネイン」という世界で無数の生息数を誇る「オーク」が二体。
そしてチャールズと同じように羽を羽ばたかせる「フラビット」。
オークは針金を思わせる硬そうなこげ茶色の体毛という以外はレプリカキングやオークレプリカと大差なかった。
フラビットは宙を舞う灰色の角と羽が生えた兎で、最大の特徴は体の周囲に球体の銀色の球が旋回している事だ。
チャールズは空へ逃げてフラビットのみを相手する事も考えたが、フラビットがそれをさせなかった。虚をついたり疾風のスキルを使ってみたチャールズだったが、フラビットの速度が速く、それを相手どると、オークからの追撃により体勢を崩してしまうのだ。
(やれやれ、面倒な魔物達に捕まったな。太郎が、自分が犯罪を犯す事を考慮して、予め我に魔物討伐を依頼するとは……とんでもない思考の持ち主だな。しかしやらなくては怒られるし、褒めてもらえな…………いや、我は何を考えているのだ? そう、褒めてもらう必要はない!)
チャールズが自分の考えを否定し、首をブンブンと振った時、オークは持っていた木製の槍をチャールズに向かって投げつけた。
瞬時に身体を捻り、その流れで尻尾を遣い槍を撥ね飛ばしたチャールズは、そのまま槍を投げたオークに向かい疾走した。そのオークはチャールズの虚を突いたつもりが逆に虚を突かれ、一瞬にしてチャールズの爪の餌食となった。
同時に虚をつかれたフラビットともう一体のオークだったが、仲間を殺された怒りからかフラビットより早くオークが動き、槍でチャールズの背中を払う。
重い鈍痛がチャールズの背中を襲い、進行方向の先にあった木の幹に激突する。遅れてフラビットが黒板を引っ掻いたような奇声を出しチャールズを追った。しかし、ダメージは受けたものの幹の側面に着地していたチャールズがフラビットを待ち構える。
牙一閃、フラビットの首が一瞬にして消え去ってしまう。それを見入ったが故か、後の自分と重ねたが故かオークが一瞬たじろぐ。
チャールズは木の幹の側面から跳躍するかの如く一気に飛び、オークの正面まで突っ込む。これには間に合いオークが槍を構える。その時、チャールズは口からフラビットの頭を吐き出し、オークはそれを払う為に一瞬の隙が出来てしまう。これを逃さないチャールズではなかった。瞬時に背後へ回り込み、オークの首元へかじり付いて見せた。
オークはピクリピクリと動いた後、槍を地に落とした。チャールズが口からオークを放すと足がガクリと折れ、膝を突き、そのまま前方へと倒れていった。
(目標の沈黙を確認……だな。やはりブロンズにもなると身体が軽くなるな。我も太郎も素材が違う故かなり高い位置に居ると言えるか)
チャールズは改めて自分と太郎の分析をする。元々のスペックの違いのせいかブロンズランク相当の魔物に囲まれても、そこまで苦戦しなかったのは当然とも言えるだろう。
勿論、これはチャールズがこれまで経験した戦闘方法等、魔物に対して有効な攻撃方法等、ある程度優位なものも存在する。
(ふむ、そろそろフォースの量も少ないか。続きはまた明日だな)
チャールズは一度上空へ飛び、上空から聖域の位置を捉え、その白い柱の上へと降り立った。
アリスの情報から魔物が聖域に入れないという事だったが、チャールズは何の障害もない様子だった。これはチャールズが特異な種族になるのか、それともその心内の問題になるのだろうか。
チャールズは羽をたたみ、首をすくめて目を閉じた。
(さてはて、主殿はうまくやっているかどうか……)
そう考えるチャールズの尻尾は、やはりクルクルと回っていた。
――風の国ウインズ、ストールの町――
結果的に幸せになった、ただそれだけを主張し一気にレギュラーのランクまで駆け上がったアイザックは、ストールの町のギルドまでやって来ていた。
「ここは何する所なのだ?」
無論、大きなバッグの中に銀髪でオッドアイの少女を連れながら。
「子連れアイザツク様が仕事をもらう場所だ」
カランカランとギルドのドアベルが鳴り、アイザックは初めて入るギルドの中を見渡す。その光景は映画やジャパニーズアニメーションで得た知識と然程変わりなく。
適応力の高いアイザックにとっては、ただの酒場宿という印象だった。
反対に、レティーはバッグの中から、まるで宝石箱を見た盗賊のような目つきになった。
キラキラと瞳を輝かせ、沢山の人にも、ジョッキに注がれるカラフルな飲み物にも、屈強な女、男が繰り広げる喧騒にも。
言葉にならない高揚感をアイザックに伝えたいのか、アイザックの腕を掴んで揺すって見せる。
「なんだよ?」
「見るのだ!」
レティーが指差す方に顔を向けるアイザック。しかしその先には階段があるのみでそれ以外に目立ったものを見つける事が出来なかった。
「あぁん?」
「家の中に階段があるのだ、ココの家は金持ちだな!」
「ま、バカな奴等が多いが賑わっちゃいるんじゃねーか?」
「おぉ~~」
何に感心したのかレティーは口を細めて驚いて見せる。好奇心が行動に表れ、レティーはバッグの中で立ち上がり、前傾姿勢になり、ついにはバッグから飛び降りる。
子供の冒険者は少なくないが、八歳のレティー程の子供、となるとギルドでは非常に珍しい存在となる。
必然的にバッグから出てきたレティーに注目が集まってしまう。
レティーは沢山の視線を体に受けるが、それには気付かず、自身の後ろに何かがあるのかと振り向く。
「アイザツクの足しかないのだ!」
「レティー、周りの野郎共の目をちゃんと追ってみろ」
「へ?」
アイザックの質問の意図がわからなかったレティーだが、アイザックの顎先で後ろへ進むように促されたレティーは一つ段差を降り、食堂の冒険者達の中へ進んで行く。
静かな食堂内にレティーのスリッパを擦る音が響く。周囲の女や男の視線がそれに伴い動いて行き、レティーもそれを目で追った。やがて食堂の中央に到達し、くるりと一周回ってみる。
「おぉ、こいつらアタチを見てるのだ!」
「よく出来ました」
アイザックが苦笑しながらそう言った瞬間、周囲からドッと大笑いが巻き起こった。
レティーを指を差して笑う者、腹を抱えて笑う者、笑いながらレティーにつまみをあげようとする者等、反応は様々だった。
「……よくわからないのだ?」




