第二十六話「自由」
さて…………教会を離れ、次は買い物だ。
西の地区に市場があるとの事だが、現在の残金は500レンジのみ。勿論女から好意で頂いたものだ。
女は「いつでも来て」と言っていたが、レティーがいる以上、中々イク事が出来ない。
寝床の確保は出来たがそこに行けないんじゃどうしようもない。
……いや、待てよ? なんかの袋の中にレティーを詰め込んでおけば泊まれるかもしれないな。いやしかしさすがに教育上よろしくない。俺様が我慢なぞ出来るわけがないし……やはり却下だな。
しかしアイツを入れるかはともかく、運搬の為のバッグは必要不可欠だ。
とりあえずしばらく歩いて西地区まで到着した。見た感じそこまで文明の程は悪くない。生活に困る事はないだろう。
だが……ウォシュレットがないのは問題かもしれない。
いやまぁ、まずはバッグ、そして食料だな。そしてサバイバル知識の為の本なんかも欲しいところだ。
太郎がいればそういう事を任せられたんだが、いないもんはしょうがねぇ、出来るだけヤる事はヤってみるべきだろう。
西地区の市場で頑丈そうな茶色の革のバッグを発見した。
……おそらくレティーならすっぽり入る大きさだ。やや重量があるが、ランクの向上のせいか持っていても疲れなさそうだ。
しかし…………180レンジってのが問題だ。死活問題だ。これは俺に死ねと言っているようなものだ。
100レンジ以内にならないものか……安直だが値切ってみるか。
「おっちゃん、このバッグと似たようなのがあっちで140レンジで売ってたぜ? こっちの方が品揃えが良いから今後こっちを贔屓にしたいんだが、なんとかなんねぇか?」
「あぁん? あっちの方って事は……ヤツの店か。しゃあねぇ、130レンジでいいぜ?」
「確かにそれでも良いんだが、よく見るとココ、色落ちしてるじゃねぇか。新品のコーナーに置いてあるが、これじゃ新品とは言えないんじゃねぇか~?」
む、店主の顔が少しヒクついたな。事実だったのだろうか? ここは付け入る隙がありそうだな。
「にいちゃん、冷やかしはよくねぇよ?」
「おや、革の匂いとは別に変な匂いもするなぁ?」
「ちょっとちょっと……困るよにいちゃん、あんまり大きい声出されるとさ……なぁ?」
こりゃビンゴだな。
小声で色々ある事ない事言ってきたぜ。
しかしこんな売り方をすると徳は貯まらないんじゃないか? ……あぁ、ある程度強くなったら必要なくなるとか話を聞いたっけか。コイツもそういうクチかもしれないな。
ま、スキル自体持ってないかもしれないがな。
「ひゃ、100レンジで売ってやるからさ……な?」
「60レンジだ」
「そりゃ困るって、俺が死んじまう」
かなり怯えた目だ。しかし悪人に対してならある程度の事を許されるって話だ。
「おいおい、これを50レンジにすれば確実な死は免れるだろうが? 別に言いふらしたっていいんだぜ?」
「おいおいおい、また下がってるじゃないか!?」
ここでちょっと殺気をボッと出してだな。
「ヒッ!」
「30レンジだ」
オヤジの顔、まだレギュラーの俺の殺気程度で竦んだって事は、やはりスキル取得すらしてない雑魚って事か。
「わ、わかったわかった。30レンジでいいからっ」
「おいおい、俺の最終兵器をまだ出してねえぞ」
「……へ?」
「もう一声だ」
こんな感じで200レンジである程度の物は揃った。
バッグに関しては10レンジで買えたのがでかいな。ここに拠点を置くにしろ色々な事に精通しておいた方が良いだろうって事で、野草図鑑と鉱石図鑑、それに近隣の魔物の情報を購入した。
情報は町の裏路地でたむろしてる悪ガキ共から10レンジで買ったんだ。あぁ、正当な額だと思ってるぜ?
残り300レンジか、ギルドの値段は値切れないって話だから、今夜は野宿ってとこだろう。
レティーはバッグの中に詰め込んでおけば寒くないだろう。
さて、そろそろアイツとの合流時間か。
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以下は孤児レティーの脳内自由帳である。
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変な男がアタチをたすけてくれたのだ。天気ははれ。
変な男の名前はアイザツクとかいう変な名前だったのだ。いじわるだけど嫌な奴じゃないのだ。
アイザツクはアタチに過酷なミッションを与えたのだ。けど何をするのだ?
そうなのだ、アイザツクは暗くなる頃に集合と言ってたのだ。だからそれまでに情報収集に専念するのだ。
まずは…………何をするのだ? そもそも情報とはなんなのだ? という事は、まずはその事から調べればいいのだ!
適当に人に声をかけてみるのだ!
「情報とはなんなのだ?」
「おや、迷子かな?」
「情報とはなんなのだ?」
「えっと……難しい事を知っているね。んー、お知らせだったり知識だったり……信号だったり。様々な事だと思うよ」
このおっちゃんは説明が下手なのだ。
「助かったのだ」
「あぁ、待ちなさい。……これをあげよう」
おっちゃんから飴をもらったのだ! 情報の事を聞くと飴を貰えるのかもしれないのだ!
変てこな説明はキット試練のようなものなのだ。
試練を乗り越えると飴が貰える……もしかしたら違う物も貰えるかもしれないのだ!
これは頑張ってみるしかないのだ。
「情報とはなんなのだ?」
「情報とはなんなのだ?」
「情報とはなんなのだ?」
…………よくわからないのだ。
笑う人もいれば嫌がる人もいるし、さっきみたいなおっちゃんみたいな人もいるのだ。
飴ニ個にパン一個を貰ったのだ。けど情報についてはわからなかったのだ。
……アイザツクならわかるかもしれないのだ。
まだお日様は落ちてきてないけど……もう待つことにするのだ。
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アイザックはレティーとの待ち合わせ場所、町の入口のギルド前にあるベンチまで歩いて来た。
ベンチの近くには人だかりが出来ている。
(あぁん? なんだあの人だかりは?)
アイザックが人だかりを目でかき分け、その視線の先に見えたものは…………ベンチで気持ち良さそうに寝ているレティーの姿だった。
アイザックは頭をポリポリと掻き、今度は身体で人をかき分けた。
「ちょっと通してくれっかい? おう、どいてくんなー」
ベンチまで辿り着くと、すやすやと寝るレティーがあり、その手には飴玉を一個、へその上あたりにはパンが乗っていた。
アイザックの後方ではひそひそと周りの声が聞こえる。
「あれが親か?」
「こんな子供を……」
「最低」
等、アイザックを非難する声が多く聞き取れた。勿論、アイザックの耳にも届いていたが、アイザックはそれらを気にする素振りも、怒る素振りもしなかった。
何故なら――
(親じゃねぇし、よく女に最高って言われるからなぁ)
と、マイペースな心境である。
アイザックはゆっくりとしゃがみ込み、同じ高さでレティーを見つめる。
その寝顔はまさに子供というところではあるが、どことなく美しく、絵になるような雰囲気だった。
そんな雰囲気をぶち壊すかのように、アイザックはニヤリと笑みを浮かべた。
ニット帽で半分埋まっているレティーの耳に、アイザックの口が近づく。そして――
「わぁあああああああああああああああっっ!!!!」
「ひぁああああああぁあぁあぁあぁあぁっっ!?!?」
その大きな声に大きな悲鳴とビブラートの混じった声で返答したレティーはその場でダンッと立ち上がる。
手からこぼれた飴と、お腹の上からこぼれたパンを見事に宙でキャッチして見せたアイザックはその様子を見て、これまた大きな声で笑った。
「ハッハッハッハッハッ!!」
周囲を取り囲んでいた町民達はアイザックの大声で避難し、それでもその場を動かなかった者は冷たい目でアイザックを見る。
勿論アイザックは気にしない。これがアイザックなりの一種の愛情表現であり、周囲にも悪い関係だと受け取らないような者も見受けられた。
「な、なんなのだっ!? あ、アイザツク!」
「よぉ、よく寝れたか?」
「よく寝れたけど、最後はビックリしたのだ!」
「ほぉ、何が起こった?」
「むう……………………わからないのだ!」
周囲には小さいながらも笑い声が聞こえ始める。
アイザックに冷たい目を向けていた者の中にもクスクスと笑う者がいた。
次第に周りの者達は示し合わせたかのように徐々に散開して行った。
またも大声で笑っていたアイザックも、背中でそれを感じ、ようやく立ち上がった。
「む、アイザツク……お前縮んだかっ!?」
「たーこ、ベンチから降りてから言いやがれ」
レティーは自分の足元にベンチがある事に気付いた。
ぴょんと飛び降り、再びアイザックを見上げる。
「おぉ、大きくなったのだ!」
「……その言葉を言うのにはまだ早いようだな」
「どういう事なのだ?」
「気にすんな、とりあえずお前の寝床は確保したぞ」
アイザックは持っていた大き目のバッグを指差した。
レティーはその中に好奇心を抱いたのか、ベンチを使いバッグの中へぴょんと飛び込んだ。
瞬時に肩に負荷がかかりアイザックがふらつく。
「な、おいっ! 持ち運びをするつもりはねぇんだよっ!」
「なはははは、さぁ行くのだアイザツクゥウウッ!」
アイザックは口では怒鳴りながらも満更ではない様子でレティーを持ち運び始める。
レティーは笑いながら当てのない進行方向を指差し、アイザックは半分に割ったパンをレティーのその指に差し込んで遊ぶのだった。
凄く……書きやすい二人です。




