第二十話「神族」
――ドードーの町、町側南門付近――
早朝、町の南西にバールザールを埋め終える。あれからアリスはずっと泣いたままで今もずっと目元に擦り傷が出来る程に泣き続けている。
太郎がジャンボに収穫であるゴールドランクの男の細剣を渡す。ジャンボが「俺は依頼主からの報酬があるからいらねぇよ」とそれを断ると、太郎はこのままリンマールへ帰ると言ったのだった。
「行くのかい?」
「多少フォース量が戻ったからチャールズの手当てをしないといかん。長く外で待たせるのも悪いからな」
「そうか……」
「走れば数時間で着く距離だ、何かあればまた呼んでくれ。アンタは信用出来る。……少しうるさいがな」
「ハハハ、違ぇねぇ。…………しかし」
ジャンボがバールザールの墓の前にへたり込むアリスに目をやる。太郎はジャンボのその言葉と動きで言いたい事を理解していた。
「あれはどうにもならん。手を出さない方がいい」
「しかしよぉ……」
「俺にだって似たような経験がある。ジャンボもあるんじゃないか?」
「そりゃ思い当たる節がない事もねぇが、まだ15だぜ?」
15歳と聞き、太郎は胸に手を当てる。自分のその時期を思い返しているのだろうか、その表情はどこか懐かし気で、どこか悲しそうだった。
「早いうちからこういった経験が出来て良かったと切り替えるべきだな。あいつが男だったら何回か殴っているところだ」
「どぎつい言い方だなおい」
「ふん、勇敢な戦士への侮辱が許せないだけだ。あいつに言っておけ、「バールザールが死んだのはお前のせいでもあるし、俺達のせいでも、バールザールのせいでもある。誰も殺したくないのであれば強くなれ」とな」
「ったく、今の状態のアリスに言えるわけねぇだろ」
「時が解決するさ。……ではな」
ジャンボが手をあげ太郎を見送る。
そしてまた振り返り、泣き続けるアリスの傍に寄り腰を下ろす。
「うぅうう……うぇえええっ……えっ……えっ」
「アリス、ここは冷える。もう宿に行った方がいいぜ?」
「じ、爺やもぉ……爺やも一緒ぉ……ぇっ……うぅっ」
「ったく、しゃあねぇなぁ……」
ジャンボが立ち上がりギルドがある方へ歩いて行く。しばらくするとジャンボは毛布2組と食料を持ち帰ってきた。その毛布をアリスの肩に掛け、自分もそれを羽織った。近くの木の根元に腰掛け、鼻水を垂らしながらパンを齧りスープを啜っている。
アリスは、毛布の暖かさを感じ、ジャンボの優しさを感じ、そしてバールザールとの思い出を感じていた。
《これアリス、何度言ったらわかるんだ、人様に迷惑をかけてはいかん!》
《これアリス、人の話は最後まで聞かんか!》
《この度はうちのアリスがお宅の息子さんを喧嘩でボコボコにしてしまい申し訳ありません》
《わしゃジェノサイドオロチなんて技はもっとらんわい》
《アリス……仕方のない事じゃて……こ、こういう結末も……ない訳では、ない……》
《最後のレッスンじゃて》
思い出が思い出を呼び、アリスの顔がまた歪む。泣き崩れては思い出し、思い出しては泣き崩れる。
この輪廻の終着点には、果たして彼女の成長があるのだろうか。これを乗り越えられたら彼女の未来が開けるのだろうか。
彼女の進むべき道は険しく、そしてまた彼女の小さな両肩には重すぎるのかもしれない。
――同日の夕刻、太郎のセーフハウス前――
太郎の手当てによりすっかり回復したチャールズは、アリスが来る前にしていた作業に戻っていた。
チャールズの手元には器にすり鉢、そして筒の様な物が何本か出来ていた。現在は太郎の木の矢の作成を行っている。
太郎は周辺の野草採取に走っており、現在はチャールズが留守番をしている。
「ふむ、もう少しディティールを凝っても強度は大丈夫かもしれぬな……」
ジャリッ
足音と気配を感じない事から太郎の帰宅かと思ったチャールズだったが、それは太郎ではなかった。
(この匂いは……)
懐かしい香りなのかチャールズは辺りを漂うこの匂いに記憶があった。
そして――
「あらチャールズ、本当にこっちに来てたのねっ♪」
「ほぉ、奥方殿であったか」
チャールズが奥方と言ったその女は、黒を基調とした現代的な秘書風の格好にヒールは履き、眼鏡をかけていた。
黒髪を団子状に纏め、おっとりとした顔付きに、潤い光る唇が印象的である。
「ビアンカ、待ってくれ!」
「ほぉ、キャスカ夫人も一緒でしたか」
キャスカと呼ばれたもう1人の女は、白いスニーカーを履き、青いショートパンツにへそ出しの白いシャツを着用し、その上から黒いサスペンダーで留めていた。
美しいブロンドをポニーテールにし、童顔でそのあどけなさが印象的だ。
特筆すべきは彼女達のその肉感的な体付きに……豊満なバストだが、それ以上にキャスカの鼻から垂れている鼻水がアレである。
チャールズが周りをキョロキョロと見渡す。
「……スン殿と、リボーン殿はいらっしゃらないのですか?」
「あの2人は今、邪神のアジトへ潜伏中よっ♪」
「レウスの言う通りにしておけば問題ないぞ!」
キャスカは胸をドンと張るが、鼻水が影響してかどうにも様になっていない。
チャールズが頭をポリポリと掻き、パタパタと羽を羽ばたかせ始める。
「……手拭いを取って参ります」
「神速で頼むわっ♪」
チャールズはセーフハウスに入り、すぐに手拭いを持って外へ出てくる。そのままキャスカの鼻を拭ってやるが、一度拭き取るとある一定の場所まではどうしても垂れてきてしまう。
(一体どういう構造なのだろうか……。昔スン殿が体積以上の鼻水が出たと言っていたが……身体のエネルギーが足りなくなり死なないのは何故だ? 植物の様に酸素等から体内で鼻水を精製しているのだろうか?)
「ん……ん……うん、もういいぞ!」
(垂れてきているのに何がいいのだろう? むぅ、ハティー様はともかくとしてキャスカ夫人とレウスの妻殿は相変わらずよくわからぬ……。ケミナ殿と奥方殿はしっかりしていらっしゃるのだが……)
「ところで本日はどうされたのです?」
チャールズがビアンカとキャスカに本来の目的を伺う。彼女達はレウスの妻であり、神族である。
基本的には世界の警護を任されているのだが、人前に出る事は非常に稀な為、チャールズもこの質問へと至ったのだろう。
「ここら辺でエラーの検知がされたからパトロールのついでよっ♪」
「ちゃんとやっつけたぞ!」
「左様でしたか、いや、警護お疲れ様でございます。宜しければお茶でも入れますが?」
「……客か?」
チャールズ、ビアンカ、キャスカが一斉に振り向いた。3人の視線の先には太郎が3つの麻袋を持ち立っていた。
「……わおっ♪」
「……すごいな」
「やはり奥方殿達でも察知出来ませんか」
「奥方殿? あぁ、太郎という者だ、宜しく頼む」
麻袋を木の箱に入れながら太郎が2人に挨拶をする。
「ビアンカよ」
「キャスカだ、レウスの妻だ!」
「「あっ」」
いくら神でもキャスカの失言を取り消す事は出来ない。
「なるほど、2人は神界関係の方か」
「まぁ……別に言っても差支えない人物だと思います」
「そうみたいね」
「し、失敗してしまったぞ……」
「大丈夫よ、始末書で済むわっ♪」
「うぅう……っ」
キャスカが静かに泣き始め、太郎は「またか」という表情をする。
アリスの泣き声でうんざりしていた太郎は、キャスカの涙を見ただけでそれを思い出してしまったのだ。
「ここではなんだ、入るか?」
「それじゃあお邪魔しましょうかしらっ♪」
「おっ茶ーっ♪ おっ茶ーっ♪」
泣いていたキャスカがいつの間にか豹変し、スキップをしながらセーフハウスへ向かう。
不可解なモノを見たような目でキャスカを見送る太郎。そしてキャスカが立っていた場所の異変に気付く。
「馬鹿な、土に付いていた涙の跡がない……?」
「キャスカ夫人の涙と鼻水は特殊でな、手拭い等で拭き取らない限り、後程回収作業が自動で行われるのだ」
太郎は久しぶりに混乱した。
セーフハウスではキャスカが椅子に座りビアンカがベッドに腰掛けている。
チャールズは鉄の檻の上に座り、案の定太郎は立ちながらカップに入った蜂蜜酒を飲んでいる。
「へぇ、アルコールが入ってないタイプね? 美味しいわっ♪」
「はっちみつー! はっちみつー!」
「気に入って頂けたようで何よりですな」
チャールズが尻尾を振る。因みにカップが4つあるのは、洗い物をする時のストック用である。
「ビアンカ」
「なぁに太郎さん?」
「ここでの神への質問はNGなのか?」
「んー、質問内容によるかしら? レウスが答えれる質問だったら私達も答えられるわよ?」
「十分だ」
「それで、何が知りたいのかしら?」
ビアンカが組んでいた足を組み替える。
「リンマール南にオークレプリカが数多く出現する森がある」
「えぇ、あるわね」
「あそこのオークレプリカの残存数を知りたい」
「結構グレーなところね。これはちょっとレウスに確認とらなきゃいけないわ。ちょっと待っててもらえる?」
「すまない」
ビアンカが蜂蜜酒が入ったカップをテーブルに置き、目を瞑り意識を集中させる。
すると――――ピーヒョロロロロ……
ネットワーク接続中、ネットワーク接続中。
はいはい、あなたの旦那様レウスです。




