第十九話「後悔」
――ドードー町の南門外側――
来る途中でパンを買い、太郎達は歩きながら会話をしている。
「ありゃ嬢ちゃんには手厳しいぜ、太郎?」
「あいつを殺してもいいならあんな事はしなかったさ」
「なに、帰ったら泣き喚かれるだけじゃ……慣れたもんだよ」
バールザールの一層老けた表情を見て、太郎は少し反省する。
南門から南へ2、300メートル程歩いた所でチャールズが空から降りてきた。
ジャンボとバールザールが警戒し、飛びのいて後退する。
「仲間だ」
「チャールズだ、宜しくな」
「なんと、喋れるのかっ?」
「初めに言っといてくれよ……」
「協力者がいると言っただろう。チャールズ、ジャンボにバールザールだ」
親指で指差し2人を紹介する。
ジャンボは手に掛けた背中の大剣から手を離し、バールザールは掲げた錫杖を下ろして警戒心を解く。
「しかし竜の仲間とは……これまた珍しいパーティだのう」
「ハハハハハ、良い土産話が出来たな!」
「ふむ……」
「どうだチャールズ?」
太郎は改めてチャールズに戦力分析を頼む。この数日のチャールズの言葉や行動から、それ位まではチャールズの事を信頼をしていた。
チャールズがパタパタと羽を動かし、ジャンボとバールザールの足の先から頭までを見て回る。
「中々バランスのとれた良いパーティだな、迎撃態勢がとれればなんとかなりそうではある」
「根城は見つけたか?」
「南西5キロ地点にある渓谷が怪しいな」
「おいおい、もう見つけたのかよっ」
「被害地域がわかった段階で知らせておいたんだ、ご苦労だった」
「ふん、我を舐めるなよ?」
そう言いながらもチャールズの尻尾はブンブンと振られていた。この反応によりジャンボとバールザールは顔を見合わせ、チャールズに本当に害意がない事を知るのだった。
この後、太郎達一行は東から大回りをして南へ向かった。
大事をとりドードーの町より南へ10キロ程の地点より北西の渓谷を目指す。木や岩陰や堀等の障害物を多分に利用し、焦らず慎重に動く。
その慎重さたるや慣れているチャールズはともかく、バールザールとジャンボも驚く程だった。辺りはまだ日の光が残っている為、平地では空からチャールズが、地上では太郎が双眼鏡を使い前進する。
そして目的の渓谷に着いた時には、既に日が沈み、辺りに月明かりが差している頃だった。
「ふぅ、ようやく着いた――うぷっ!?」
太郎がジャンボの口を塞ぐ。隠密作戦行動地域で平時程の声を出す等、問題外だと言いたげな表情である。
太郎の睨みが効いたのかジャンボはこくこくと頷く。指でサインを送り、中空からチャールズを先行させる。
渓谷は狭く傾斜があり、水の流れる音だけが辺りに響いていた。両サイドの岩々には苔が生え、およそ人が住む様な場所ではなかった。しかし――
『太郎、200メートル程先に横穴を発見した。奥から火の光が漏れているのを目視した。危うくて通り過ぎるのが精いっぱいだったが、おそらく当たりだろう。そして、中に悪の心を持った人間がいるな……』
『ほぉ、そこまでわかるものか……了解した。横穴の出入り口がギリギリ目視出来る範囲で待機、異変が起きたらすぐ知らせろ』
『……合点』
緊張するチャールズの心の声が、敵の強さを表わしているかのようだった。
3人の中で先頭を歩くジャンボを後ろから引き止め、小声でチャールズの発見報告を伝える。
2人に緊張が走り、太郎が暗視を使いながら双眼鏡を覗きこむ。太郎の視界180メートル程先の左側に、横穴と思われる窪みを発見する。
予め決めておいた作戦を実行する為、ジャンボを先頭、後ろにバールザール……そして太郎は渓谷の斜面を登り始める。
4人はこの段階で武具にフォースを施した。
ジャンボとバールザールは可能な限り気配を殺し、横穴に近づく。
横穴上部10メートル付近に生える枝にチャールズが控え、その反対側の斜面には太郎が逆さに貼り付いている。
その姿勢保持能力にチャールズが「ギョッ」と驚く。太郎は今、蜘蛛の様に斜面に貼り付き大地に頭を向けているのだ。
(忍どころではないな。太郎こそ魔物と言えるのではないか?)
ジャンボが先行し、横穴の出入り口右側に控え、左側には少し離れて錫杖を構えたバールザールが控える。
まずジャンボが太郎から与えられた役割は、標的への不意打ちからの正面戦闘。それをバールザールが遠隔攻撃で援護し、隙を伺いチャールズが急襲。太郎は気配ゼロを維持しながら暗視を発動し、頭上からの頭部破壊を狙う。
どの工程でも敵にダメージを与える事が出来る可能性がある。様々な事態を想定した太郎は、練りに練って4段構えの作戦を提案したのだ。
(確かに人の気配があるな……)
自身でも察知し、太郎の警戒レベルが否応なく上昇する。
(く、来るなら来やがれ……っ)
大剣を振りかぶるジャンボが手に汗握る。
(やはりアリスを連れて来なくて正解だのう……おそらくゴールドランクの手練れだ。この様子じゃとわしとジャンボは索敵範囲内にいると思って間違いあるまい……)
バールザールはいつでも詠唱が出来るように深く息を吸い込む。
(やはり格上との戦闘だな、あっという間に4段構えが2段構えになってしまったわ……。我と太郎がこの奇襲の鍵となるな。む…………来る……後数メートル……4、3、2、1っ!)
チャールズが敵の接近を感じ、実力差を知ってか過信か、堂々と横穴から出てきたのは線の細い優男だった。
出るタイミングを計ったジャンボが、振りかぶった剣を一気に振り落とす。直後――
キィイインッ!
男が瞬時に腰に携えている細剣を抜き、ジャンボの大剣を片手で……いや、両手で受け切る。瞬間、ジャンボが正面より蹴り飛ばされ、反対の斜面に鈍い音を立てぶつかった。
男がジャンボに飛びかかる。その時――
「アイスランスッ!」
バールザールが放った3本の氷の槍が男を襲う。しかし宙に浮いたまま細剣で簡単に弾かれてしまう。
この瞬間にジャンボが戦闘に復帰し、横から大剣を薙ぎ払う。細剣を逆縦にしてジャンボの重い剣撃を受け切る。
ギィイイインッ!
ここで木の枝からチャールズが真っ逆さまに落ちてくる。男は瞬時にチャールズに気付き、頭部の攻撃をかわす。
しかし、チャールズはギリギリで狙いを変え、左腕に爪痕を残す事に成功する。
地面への着地がままならない程の速度を出していたチャールズは、男に蹴り飛ばされ傾斜に激突する。
「ぐぅ…………っ」
チャールズはそのまま目を閉じて気を失ってしまう。
ジャンボが弱点である左側から剣撃を放つ。……しかし素早い身のこなしでかわされてしまう。
「アイスニードルッ!」
バールザールは手数の多い氷の針を選択し、男に飛ばす。当然かのように全てはたき落とした瞬間を狙い、ジャンボが再度大剣を振り下ろす。
男は流れる様にそれを受け止めるが、左手が使えない故か、ジャンボの渾身の一撃故か、ギリギリと鍔競り合いが続く。
((今だタローッ!!))
その心の声を聞いたかのように、太郎が男の頭上からふわりと落ちてくる。
男は太郎の接近にギリギリまで気付けなかったが、歴戦の勘からか頭部への攻撃を回避する事に成功した。
体勢を崩した男のその一瞬を太郎は見逃さず、瞬時に軸足への攻撃へとシフトした。
鉄の剣が男の右大腿部に突き刺さり、男の表情が歪む。
太郎が着地したその時、太郎の後方に異変が起きる。
何者かが太郎の間を通り抜け、男の首元へナイフを当てがった。
「勝負有りよっ!」
((なっ!?))
太郎とジャンボが驚いたのも無理はなかった。目の前に現れたのは、ドードーの町に待機させたはずの「アリス」だった。
瞬間、バールザールは走り始めた。バールザールには遠目にアリスが接近する姿が見えていたのだ。
そして、ナイフを当てた瞬間による太郎とジャンボの緊張と油断を、男が見逃すはずがない事を知っていたのだ。
男は顔を歪めながらも軸足を使いアリスとジャンボに足払いをかけた。
強烈な足払いにより2人が倒れる。
その流れで左足を使い太郎を蹴り飛ばす。
次の瞬間、尻餅をついたアリスに向かい、男が細剣を突き出した。その時――
「……え?」
男が突き刺したのは、身を挺し全力で駆けつけたバールザールの背中だった。
バールザールの腕に抱かれて守られたアリスは、すぐに状況が飲み込めなかった。
バールザールはすぐにアリスを押し飛ばし、身体の筋肉を締め、胸から突き出る細剣を手で掴み固定した。
「ちぃっ!」
珍しく漏れた太郎の声、それは太郎が人間である証だった。
太郎は誰より早く精神状態を回復し、剣を引き抜こうとしている男の首を跳ね飛ばした。それと共にバールザールの背中から男の細剣が抜け落ちる。
数メートル先に首が飛び、男の死亡を確認した太郎がバールザールに駆け寄る。
「バールザールッ!」
バールザールは動かない。震えながら口から血を吐くが、決して辛い表情を見せなかった。
それはアリスを不安にさせない為の行いだろう。
太郎が傷口に手を当てる。しかし手当ては発動しなかった。
(くそっ、フォース残量がない……っ)
「おい、なんとかならねぇのかっ!」
「ジャンボ、手当ては使えるかっ!?」
「そ、そんな高等スキル、メタルなんかのランクじゃ持ってねぇって!」
「アリスはっ!?」
……アリスからの返事はなかった。呆然と、ただ呆然とバールザールを見ているだけだった。呼吸は止まり、目の前の状況を飲み込むのを身体が、心が拒否した。
やがてバールザールがアリスにゆっくりと笑いかける。
「アリス……仕方のない事じゃて……こ、こういう結末も……ない訳では、ない……」
「じ……爺やぁっ!」
バールザールの声が鍵となり、アリスを混乱の輪廻から回復させる。
「喋るなバールザールッ!」
太郎がバールザールの衣服を破き、止血を試みる。しかし太郎は知っていた、心臓を一突きされた人間に助かる可能性がない事を。
バールザールの心臓を穿い出来た胸の穴からはとめどなく血が溢れ、地を浸してゆく。
アリスはバールザールの横にへたり込み、地を伝う師匠の生の証だったモノを見つめる。
「う、うぅ……うぅうううううっ……」
声を噛み殺しアリスが泣き始める。その大きな滴はアリスの頬を伝い、顎を伝い、そして落ちていった。
アリスの膝に伝わる生温かい赤い液体、その上から弱弱しいアリスの涙が降ってくる。ぽつんぽつんと混ざり合う。
「こ、ういう……こ、事もある……。わ、わしからの……最後のっ……れ、レッスン…………じゃてっ……」
「駄目だよぉ……駄目だよ爺やぁっ……ああ、あぁああっぁあ……」
「なぁ……ア……ス……」
太郎の腕にもたれかかっていたバールザールがゆっくりと目を閉じた。その表情は最後の最期まで微笑みを貫き、アリスの師として努めた。
顔を脂汗で滲ませながらも苦痛の表情を一切見せなかったバールザールの心臓の鼓動は、脆弱な音で数回胸を叩いた後、その活動を停止した。
「爺やぁ……爺やぁ……起きてよぉ……ねぇっ! 爺やぁあああ……何でよぉおおっ…………うぅうっ」
自責の念、後悔の色、反省、唇を噛み切った自傷、アリスの顔からは様々な負の感情が溢れ出し、何度も何度もバールザールに声を掛けた。揺すり、祈り、あるいは他の2人救いを求め、顔を歪ませながら懇願した。
ジャンボは俯き沈黙を持って答え、太郎はバールザールの体を腕から下ろす事でそれに答えた。
先程まで赤みを帯びていたバールザールの顔は白く染まっていた。バールザールからの答えは、アリスがいつまで待っても返っては来なかったのだ……。
本日第十九話・第二十話・第二十一話の一挙三話投稿です。




