第十八話「結成」
――太郎のセーフハウス――
チャールズ特製の椅子にアリスが腰掛けている。
気に入っているのかチャールズの定位置は鉄の檻の上である。
太郎は出入り口の横で腕を組んで立っている。いつ話してくれるのかと目を瞑り待っている。もうかれこれ10分はこんな状態だった。
「い、良い椅子ね。座り心地も……良いわ」
ようやく発した言葉は、またもや目的とはかけ離れていた。
「小娘、お主わかっておるな」
自分が作った椅子を褒められてまたも尻尾を振っている。
アリスはギョッとした表情でチャールズを見る。
「あ、あなた……喋れるのっ?」
「自己紹介が遅れたな、チャールズだ」
「……チャールズさん……ね」
「お主の名は?」
「……アリス」
チャールズがこくりと頷く。
「アリスよ、太郎が困っている。そろそろお主の用とやらを聞きたいのだがな?」
太郎の事を思ってか、アリスの事を思ってかチャールズが架け橋役を買って出る。
そしてアリスもまたこくりと頷き、太郎ではなくチャールズに向かいながら話し始めた。
バールザールをドードーの町に置いてきた事、ジャンボの事、冒険者狩り討伐の事をアリスの言葉で話した。時には回り道をする拙い伝え方だったが、太郎とチャールズは黙って聞いていた。
ようやくアリスが話し終わり、2人の……というよりかは太郎の反応を窺い待っている様子だった。
「どうするのだ、太郎?」
「メタル以上のランクか……どう思う? シルバーやゴールドだった場合の戦闘力を聞きたい」
戦闘力について詳しいと思われるチャールズに聞く。
「こちらにジャンボというメタルランクがいるのであれば、シルバーランクなら倒せるだろうな」
「ゴールドなら?」
「全滅は必至だろうな。ゴールドランクの単純戦闘力、ゴールドランクになるまでの戦闘経験、危険に対する警戒力、どれも一級品だからな」
緊張が走るアリスの額からは汗が流れる。太郎は目を閉じて考えている様子だ。
「その警戒力、ゼロになるとしたら?」
「ふふふ、そう言うと思っておったわ。我も先程のあの技術を体感せねば、行くのを止めるところだ」
「じ、じゃあっ?」
「アリス、案内しろ」
「うんっ!」
「……チャールズ便の出番だな」
「……へ?」
チャールズは聞き覚えがある単語なのか、首を傾げながら目を見開いた。
――翌日早朝、ドードーの町のギルド「猛者」――
外は肌寒く、まだ陽の光は見えない。
2人を運び死にそうな表情のチャールズを町の外に待機させ、太郎とアリスはドードーの町のギルドまでやって来ていた。
アリスは眠たそうに目を擦り、ギルドの扉を開ける。後ろに続く太郎が目にしたのは、がらんとしたギルド内の一席に座るバールザールの姿だった。
「来おったか…………ほぉ」
太郎を一目見て成長を感じ取ったのか、隈を作った目を何回か瞬きをして見せる。
アリスはフラフラとバールザールの横を通り過ぎ2階へと上がって行く。どうやら疲れが限界を超えたようだ。
太郎はそれを見送りながらバールザールの正面の席へと腰掛ける。
「ランクはどこまで上がったのかの?」
「アドバンスだ」
バールザールは顎の髭を何度か揉み感心している様子だった。アリスが渡した鉄剣以外の弓矢、ダガーに目をやり太郎がこの数日どう過ごしたのかを考えているのか、しばらくの沈黙が続いた。
「まずは、あんな別れ方をしても尚ご助力頂き感謝致す」
「気にするな、バールザールとアリスには命を助けてもらった借りがある。これ位の事はして当然だ」
この率直な感想に、またも髭を揉む。
(この者、なかなか読めんわい……)
「で、ジャンボという者は?」
「昨晩引き止めに成功しての、今は2階でアリスと一緒に豪快な鼾をかいとるよ」
「バールザールは寝ないのか? それとも起きたばかりか?」
太郎がバールザールの隈に気付かなかったという訳ではないが、バールザールに睡眠をとるように促す為、あえてこういった聞き方になったのだろう。
「タローも寝てないだろう? 部屋はとってある、まずは休息じゃて」
「……あぁ、そうだな」
「当たりを引けるかわからぬが、決行は夕方以降となる」
「了解した」
それだけ言うとバールザールは立ち上がり太郎を部屋へ先導する。
太郎は大人しくバールザールの優しさに甘え、部屋のベッドの下でゆっくりと休むのだった。
(なるほど、こういうのもたまには悪くない……)
――同日、時刻は既に16時を指している――
昼の暖かさは消え、隙間風が部屋を冷やす頃、太郎の目はパチリと開いた。
日課なのか、身体のストレッチをゆっくりと行う。
丹田を感じ、横隔膜の上下操作をスムーズに行い体温を上げてゆく。
部屋に置いてある三面鏡を見て、顔に異常が無いことを確認する。
そして椅子に掛けておいた黒いTシャツを取る。その瞬間、
バンッ!
「タロー、おはようっ!」
アリスが大声を出しながらドアを開ける。
上半身裸の太郎を見たアリスが瞬時に凍りつく。しばらく動かないアリスを前に、太郎はゆっくりとTシャツの袖を通す。
「鍵はかけたはずだが?」
首を通し終えると太郎がアリスに疑問を投げかけるが、アリスの硬直解除には今少しの時間が必要だった。
「アリス……大丈夫か?」
太郎の気遣いは耳に入っていないようだった。
何を言っても反応しないと知るや、太郎は速やかに準備を整えてアリスの脇をスッと通り階下へ向かった。
1階ではバールザールとジャンボがお茶を飲んでいた。因みにお茶に関しては冒険者ギルドの無料サービスとなっている。
バールザールは階段を降りてくる太郎を発見すると、片手を上げて合図を送る。
ジャンボもそれに気付き、太郎の姿を見定めるかのようにギロリと見た。その視線をさらりとかわし、流れるように足音一つ出さずにジャンボの元まで歩いてゆく。
ジャンボが口笛を吹き太郎の技術を称賛する。
「おはよう」
「あぁおはよう」
「聞いてた以上だな、ジャンボだ」
「太郎だ、宜しく頼む」
ジャンボが立ち上がり、太郎と軽く握手を交わす。手の平で椅子を指しジャンボの隣に太郎を座らせる。
バールザールは正面の階段を見つめ、少し首を傾げ太郎に顔を向ける。
「はて、アリスはどうしたのだ? 先程タローを起こしに行ったのだが……?」
「電池が切れたようだったぞ」
「で……でんち?」
「俺では修理出来んから迎えに行ってやってくれ」
その頼みを聞き、バールザールが頭を捻りながらアリスに迎えに行く。
バールザールの背中を見送った太郎は、ジャンボの戦闘力を推察する。
(これがランクメタルか、正面からでは……なるほど、手こずりそうだな)
「タロー、あんたぁ今回の討伐に協力してくれるって聞いたけど、実際のところどう思ってる?」
「どういう事だ?」
「タローにとって、命を危険に晒してまで協力する事なのか?」
「なに、あの二人に借りがある……それに――」
「それに……なんだい?」
「ランクメタルのジャンボとのコネクションが出来るだろう?」
口元を緩ませジャンボに問うと、ジャンボもそれに釣られたかのように口尻を上げる。
「へっ、気に入ったぜ」
丁度良いタイミングでバールザールとアリスが降りてくる。バールザールの後ろに付いてくるアリスの目はまだ焦点が合っていないようだった。
バールザールがジャンボの正面に、アリスが太郎の正面に腰を下ろす。しかしアリスはそれ以降俯いたまま動かない。
「これ、どうしたんじゃ?」
「あ……うん」
ほのかに紅く染まっているアリスの頬、ジャンボがきょとんとした表情でアリスを見る。
話が進まないと見た太郎が、テーブルに身体を預けながらバールザールとジャンボを見る。
「それで、標的の潜伏先はわかっているのか?」
「あぁ、もっとも……大まかな場所だがな」
「構わない、聞かせてくれ」
「ドードーの町の南3キロ地点、ここで1人の冒険者がやられた。そして2人目はそこから西1キロ地点。ブロンズ3人の討伐隊はその南1キロ地点で殺されたんだ」
俯くアリスの拳に力が入る。ようやく体内の修理が完了したみたいである。
「前の2人のランクは?」
「2人共メタルさ」
「そうか……では南西付近を調査すれば標的の根城、もしくは標的に出会える可能性があるという事か」
「そういうこったな」
ジャンボが腕を組み椅子の背もたれに寄り掛かる。
「理想は根城を突き止める事だな」
「ほぉ?」
「出来るだけ正面からの突発的な戦闘は避けたい。相手のランクが不透明な事と、こちらの戦力不足から、待ち伏せ等の迎撃態勢が必要だ」
「うむ、わしもそれには同感だな」
バールザールが太郎の考えに同意して頷く。
「確かに、正面からで勝てるならブロンズ3人の討伐隊が勝ってる、もしくは善戦していてもおかしくはない」
ジャンボも冷静に状況を解し答える。
ブロンズのランクが3人いれば1人のメタルより明らかに強いだろう。ジャンボとバールザールは長年の経験から。太郎は能力の向上具合とチャールズの言葉によってそれを判断した。
当然アリスは真剣な3人の表情を見て真剣に悩んでいた。
(……何を考えてるんだろう……)
「で、アリスは連れて行くのか?」
太郎が思いがけない事を口にし、ジャンボが顔に「?」を浮かべる。
アリスは勢いよく立ち上がり太郎を睨みつける。
「……どういう事よっ」
「これは捕縛じゃないんだぞ?」
その一言でアリスは思い出した。先の盗人討伐で太郎が人を殺し、激昂して太郎に「何故殺さず捕えなかった」と問い詰めた事を。
バールザールの頭の中でも先日のやり取りが再生されていた。
「どういうこってぇ?」
「勇者は人殺しが嫌いなんだ」
「なるほどな、確かにそれが良い事だとは言えねぇが、殺さなきゃこっちが殺されちまうぜ?」
「だから俺は聞いたんだ、「殺す覚悟はあるのか?」とな。それがない者は連れていけない」
アリスは答えない。いや、答えられないというのが正しいのだろう。
おそらく今回の敵を捕らえるものだと思っていたのだ。意見の違い……というよりアリスの考えはこの世界では幼な過ぎるのかもしれない。
「……っ」
「バールザール、アンタはどうなんだ?」
「それはの……まぁ……な」
太郎の質問にバールザールも答え難い様子だ。アリスの考えに同意したい気持ちと、相手を殺さなければもっと殺人が起きるという不安が、彼の心の中でぶつかり合っているのだろう。
はっきりと答えないバールザールをアリスが睨む。
「……捕らえる事は……難しいのう……」
ようやくバールザールが答える。これによりアリスの不満の表情はより悪化する。
気まずそうなジャンボが太郎に目をやり「どうするんだ?」とアイコンタクトを送る。
バールザールも太郎に救援を求めている様子だった。
「ではこうしよう」
「え?」
打開案を提案するかのように太郎が言った。
アリスの表情に明るさが灯る。捕らえる策を講じてくれると思ったのだろう。
「こちらは捕らえるつもりでやろう。しかし咄嗟の出来事で敵が死んでしまうのは納得しろ。俺達は命のやり取りをするんだ、それ位はわかるだろう」
「……そ、それ位っ」
「しかし、どうやって捕らえるんだよ?」
ジャンボが太郎の策を急かし、アリスも太郎の顔を覗き込む。先程の出来事など忘れているようだった。
「なに、やり方は変わらん。徐々に戦力を削ぐだけだ。まず両手両足を切断し、そして舌を切り落とす。目を潰し、歯を砕くのも効果的だな。そうすれば自警団でも捕らえ続ける事が出来るだろう」
「却下よっ!!!」
アリスはテーブルをバンと叩き、太郎を睨みつけた。
ジャンボもバールザールも開いた口が塞がらなかった。
「なぜだ、生かす事は可能だぞ?」
瞬間、
パンッ!
太郎の頬をアリスが叩く。無論、かわす事も出来たが太郎はあえてそれを受けた。
そう、太郎はこの状況を作り出したのだ。そしてこの計略に気付かないジャンボとバールザールではなかった。
太郎はスッと立ち上がりアリスに背を向ける。
「決裂だ、俺は行くが2人はどうする?」
「元々俺の仕事だよ」
ジャンボが立ち上がり太郎の肩をポンと叩く。そしてジャンボはそのままギルドの出口まで歩いて行った。
「アリスはここで待機じゃ、こういうのは男だけで解決するのが一番じゃて」
ジャンボに続き、アリスの元々のパーティのバールザールも太郎に賛同する。バールザールも世の中綺麗事で片付かない事があると、アリスに伝えたいのだろう。ゆっくりと出入口へ向かって行った。
アリスは呆然とそれを見送る事しか出来なかった。
「……じ、じい……や」
太郎はアリスに振り向かず立っている。アリスの不満を背中で受け止めるつもりだったのだろう。
しかし、いくら待てどもそれが降り掛かる事はなかった。
そして――
「お前の考えは……いつか誰かを殺す事になるぞ……」
それだけ言い放ち、太郎も2人の後を追うのだった。




