第十七話「効率」
以下は、殺し屋太郎の本日のミッション、「オークレプリカ殲滅作戦」に関する脳内レポートである。
――日はまだ高くなる前、現在時刻は一○三○――
一○三○。
オークレプリカの活動時間が始まると思われる昼前にオークレプリカの森へ到着。
前日に食した牛の肉を持参し、焚き木を集める。
野草図鑑で調べた香草「ブラッド」を、セーフハウスの近くで発見し、採取した事がこの作戦の始まりだ。
オークレプリカの森より風上で牛の肉を焼き、ブラッドを薬味のように塗す。すると肉と血の香りが辺りに拡がる。
チャールズが上空で索敵を行いながら木から矢を作りだしている。器用な奴だ……。
俺はチャールズの下の木で弓を構え待機。
後は奴等が出て来るのを待つだけだ。
『来たぞ、2匹だ』
『了解』
オークレプリカが森から飛び出て来た瞬間に矢を射出……ヒット。
1匹目が倒れ、すぐに2匹目のヘッドショットに成功。
威力、精度、速度共に向上している。どうやらランクは身体の能力向上に繋がっているようだ。
実力格差が起きるという事か。とすれば凶悪な魔物の討伐もこれによって可能になるという事か。
なるほど、うまく出来ている世界だな。
『ぞくぞく来るぞ、3……いや4匹だな』
『あぁ』
先程の流れで2匹まで倒し、3匹目を倒した時に4匹目に気付かれた。
つまり、3匹まではこいつら相手に優位に立てるという事か。
4匹目にダガーを投げナイフの様に飛ばし倒す事に成功。ダガーの回収とオークレプリカの死体の移動はチャールズに任せる。
『3匹だ』
『任せろ』
本当に種の保存をしなくてはならないレベルまで瀕したのか? 矢の本数が危うくなる程に魔物が集まってくる。
一三三○。
チャールズに矢の補給を頼み、様々な場所で討伐する事に成功。
以下が現在の討伐数だ。
オークレプリカが21匹、ゴブリンウォリアー7匹、ゴブリン2匹、グリーンスネイク1匹。
まだグリーンスネイクがいたとは驚いた。しかし、フォースを施した矢2本で首を飛ばす事が出来た。
飛ばされた頭部にも矢を通しておいたからか、じきに沈黙。
『太郎、いつまで続けるのだ?』
『16時にここを引き払う。15時30分までは続くと思え』
『竜使いの荒い主人だな……』
一六三○。
定刻により片付け等々を済まし、毒草を麻袋2袋分回収。リンマールの村まで帰還。
尻尾がない神に小言を言われる前に魔神像へ報告。
――一六四○、本時刻を以ってミッションを完了とする――
――リンマール教会、魔神像の前――
神父が毎日現れる太郎にうんうんと感心している。がしかし、そんな事は意に介さず太郎がゆっくり目を閉じる。
「魔神レウス様、どうか迷える子羊をお救いください」
いつも通り神父が手を合わせ魔神像が光りだす。
やがて――――プッ
『日に2回来るとかどんだけ信心深いんだよっ』
『小言はいい、徳の確認だけ頼む』
『…………とんでもねぇな。え、ここどこだよ? リンマールだよな? オークレプリカ46匹ってなんだよ。どこの狂人だよ! ったく』
『不都合でも?』
『いいえとんでもない。これが割り振りな』
《オークレプリカ46匹=1150・ゴブリンウォリアー17匹=255・ゴブリン2匹=10・グリーンスネイク2匹=400》
『これで徳数が1815だな。前回までの徳数2205と合わせて、総徳数が4020。……異界に来て数日でレギュラーになるとかなんなん? チャールズがいる分差し引いてもやべぇわ』
『効率的に倒すのが普通だろう?』
『そのうちに効率厨とか言われちゃうぞ』
『構わん』
『まぁ、いいわ。そんじゃスキルを選んでくれ』
《気配ゼロ・カモフラージュ・索敵》
『気配ゼロだ』
『……怪物が生まれそうだな』
『失礼な神もいたもんだな』
『言って大丈夫なヤツにしか言わないわ。んで、チャールズの総徳数は3080で2つのスキルが習得できるが、どれにする?』
《ブレス・剛力・疾風》
『剛力と……疾風だな』
『……チャールズ便の誕生だな』
『何の事だかわからんが、そのアイディアは考えていた』
『師匠、時間ですっ!』
『ういー、後頼むわー』
『はいっ!』
『太郎さん、まだ用はあるか?』
『いや、問題ない』
『ちょいとこれから会議があるから出掛けなきゃなんだわ、そんじゃなー』
『あぁ、頑張ってくれ』
『太郎さんもね』
名前:太郎?
天職:殺し屋
右手:鉄の剣・木の弓矢・契約の指輪
左手:鉄のダガー
ランク:アドバンス
スキル:フォース操作・手当て・暗視・気配ゼロ
総徳数:4020
名前:チャールズ
天職:ドラゴン
右手:無し
左手:無し
ランク:アドバンス
スキル:フォース操作・索敵・剛力・疾風
総徳数:3080
ピッ…………魔神レウスとの対話が終わり、いつの間にかランクをアドバンスに上げた太郎。
知ってか知らずかアリスと同じランクとなり、毒草を売る為にギルドのアンナの元へ向かうのだった。
――ハチヘイルの農場の北、太郎とチャールズのセーフハウス――
洞窟の外ではチャールズが木材を削り何かを作成している。その速度は尋常ではなく、左右の爪や牙を使い、もの凄い勢いで削られてゆく。
(ふむ、太郎が我に剛力を得てくれたおかげで大分楽になったな。しかし大量の毒草を何に使うのかと思えばコレとはな……つくづく侮れぬ男よ)
チャールズは作成している木片を見て「ふっ」と鼻息を吐く。
洞窟の外側、入口の右側には毒草をまとめた大きい木の箱が置いてあり、反対側にはもう一つ箱同じ箱が置いてある。中には少量ながら薬草が詰められている。麻袋が複数枚重ねられており、その麻袋には一つ一つ文字が書かれている。「ブラッド」・「スメル」・「ナンナース」・「コンフェッション」といった文字が見て取れた。
チャールズの手元では、瞬く間に木片が何かの器状になっていき、散らばった木屑を細い口で「ふぅ」と払った時、チャールズの作業がピタリと止まった。
(人間か? 太郎ではない。……もう暗くなっているというのに……何者だ?)
何かの気配を察知し、チャールズは木片を持ち洞窟の上部へ身を隠す。
しばらく身を伏せていると、正面から足音……というより、何者かが駆けてくる様な音が聞こえた。その音が徐々に近くなるにつれて、何者かの息切れの音まで聞こえてくる。
(急ぎの用か? あの盗人達の仲間か……? いや、あれは……小娘?)
夜目の利くチャールズが目視したのは、額に汗をかき、膝に手を突いて息切れをしているアリスの姿だった。
アリスと面識のないチャールズは小娘故か警戒心を少し弱めた。と同時に、アリスの表情に緊張が走った。
右手で盾を構え、左手には太郎のナイフを持ち、チャールズが一瞬発してしまった気配に警戒する。
「……出て来いっ!」
(やれやれ、小娘と思って油断してしまったか……)
チャールズはこのまま飛んで逃げてしまおうかと思い、羽をピクリと動かしたその時、アリスの後方に異変が起きる。
「……何をしている?」
「ひゃぁああっっ!?」
突然背後に現れた太郎に、アリスが飛びのいて驚く。茂みに隠れていたチャールズでさえも肝を冷やした。
((ま、まったく気が付かなかった……))
太郎は入口付近に落ちている木屑を見て、洞窟上部に向きを変える。
「出て来いチャールズ、敵ではない」
その言葉に安堵し、チャールズはバサバサと羽を羽ばたかせ地上に降りてくる。
ここでアリスの心音が回復し、ようやく太郎を認識する。
「な、何で……? それに……」
チラリとチャールズを見る。
「新しく習得したスキルを使用していただけだ。それより何の用だ?」
「火急の用件だったみたいだぞ」
「ほぉ? 俺にか?」
アリスはドキッと驚き、太郎から目を反らす。
尻餅をついたまま立ち上がらないアリスに合わせたのか、太郎がゆっくりしゃがみ込む。
「そ、その魔物は何よっ」
目を背けながらやっと発した言葉は、本来の目的とは離れた質問だった。
「竜だ。さぁ、用が終わったなら気を付けて帰るといい」
(太郎のやつ、魔神殿に性格が似ているかもしれんな……)
太郎はゆっくりと立ち上がりセーフハウスへと歩いて行く。
アリスはへたり込んだまま俯きふるふると震えている。やがて顔を真っ赤にして太郎の方へ向いた。
「なんなのよ!」
静寂が包む林の中に黄色い声が響き渡る。
太郎が足を止め、嫌そうな顔で振り向く。
「な、なんなのよ……」
「まだ用があるのか?」
「べ、別にっ――」
「ではな」
太郎はまたもセーフハウスに向かう。
しばらく様子を見たいのか、チャールズは毒草が入っている木の箱の上にストンと降り落ち着いた。
真っ赤だったアリスの顔は次第に崩れ、目には涙が溜まり始める。
チャールズが慌て始める。アリスを見て太郎を見る、それを数回繰り返した時、アリスの表情に決壊の時がきた。
「なんなのよぉっ! な……なんで……そんなに冷たくするのよぉっ……うぅ……っ」
太郎はアリスに背を向けながら精一杯嫌そうな顔を修正する。
女の泣き声は太郎が最も苦手とするものだったのだ。
(やれやれ……女が苦手な故、女の扱いも苦手と見える……)
太郎の性格を分析しながらもチャールズは何故か尻尾を振っていた。
チャールズはチャールズで太郎の事をまた1つ知れて嬉しいのかもしれない。
太郎がまたも向き直る。顔をヒクつかせながらも真顔に近い表情だ。頑張れ太郎。
「な、何故そんなにムキになるんだ……」
「なってないわよっ……ひっく……うぅっ」
「では、用件はもうないのか?」
「あるのに……タローが無視……するんだもんっ! ゔぅぅ……っ」
(ないと言ってたじゃないか……)
太郎は小さく溜め息を吐きアリスの肩に手を置く。
「……入れ」
そしてまたゆっくりと立ち上がりセーフハウスへ入って行く。
太郎の入場許可のおかげか、アリスの嗚咽も次第に止んでいく。アリスは背中を目で追いかけるかのように立ち上がる。
チャールズを先に入らせ太郎がまた足を止める。
「入らないのか?」
「は、入るわよっ!」
2人の関係は未だ発展途上である。




