第十六話「俺のターン」
――――リンマール村。中央北の教会――――
『しっかし毎日よく来るなおい』
『ランクが上がりやすい時期だからじゃないか?』
『いや、太郎さんの上がるペースは異常だよ』
『何か問題があるのか?』
『あぁ、重大な問題だ』
『……なんだ』
『俺の仕事が増える』
『……与えられた任務をこなすのは基本だろう……』
『まぁ、出番が増えるから良いけどな。んで、徳の確認だっけ?』
『……頼む』
『えーっと、太郎さんの現在の徳は2205だな』
『配分はどうなっている? レプリカキングとマッドネストレントの徳の値だけでいい』
『レプリカが500、マッドネスが300。んで、これが半分になってるな』
『いや、しかしそれでは2105になるんじゃないか? 元々の徳の値は1490、オークレプリカやゴブリンウォリアーで215。その2匹で400……残りの100は一体何だ?』
『えーっと……エッジってのを助けてないか?』
『…………あれだけでか?』
『人は何が救いになるかわからないもんだよ』
『……そうか。しかしそうなるともっと徳を稼いでる奴がいてもいいのではないか?』
『いい質問だな、簡単に言ってしまうと……「剣や鎧は装備しなくちゃ意味がねぇんだぜ?」って感じだな』
『……なるほど、そういう事か』
『そ、善行や討伐の徳の獲得には、報告の期限があるんだ。大抵の人達は冒険者になって初めて俺の所に来るからな。そうなると今まで稼いだ徳も無くなってる頃だってこった』
『他の者は知ってるのか?』
『基本的に自分で気付くまで知らないはずだよ、冒険者以外には言っちゃいけないからな。言ったら徳がぱーっと無くなってしまうんだ』
『理由は?』
『言うとずる賢く徳を稼ぐ様になって、悪人になる可能性が高いからだな。冒険者でない者、特に子供の時期にそれを言うのは非常に危うい。分別のつく大人になってからだな』
『なるほどな、悪人か。そういえば邪神がいるとは聞いてなかったぞ?』
『資料が届いてないって言ったろ? 性格がわからない者にそれは教えられんわ。それに、知っても俺の所に来てくれただろ?』
『なるほど、「うまくやる」と言っていたのはこの事か。俺ならば邪神に辿り着く可能性もあったという事か』
『話してて信用出来るとは思ったからこそ出たセリフだわな』
『そうか……』
『んで、その徳もチャールズと半分だから2205ってわけだ。そのチャールズの徳は1265だな。そんじゃスキルを選んでくれ』
《気配ゼロ・暗視・カモフラージュ・索敵》
『……オススメとやらはあるのか?』
『へ、何のこっちゃ? まぁ、この中から決めるなら索敵か暗視かな。今の太郎さんなら一般人が気配ゼロを習得するよりも気配がないしなー。こりゃチートだチート。知識以外で元の世界からチート持ってくる人なんて普通いないわ』
『そうか……では、暗視を頼む』
『チャールズとコンビ組んでるならあいつが索敵使えるからな、妥当だと思うわ……おし、完了っ』
名前:太郎?
天職:殺し屋
右手:鉄の剣・木の弓矢・契約の指輪
左手:鉄のダガー
ランク:レギュラー
スキル:フォース操作・手当て・暗視
名前:チャールズ
天職:ドラゴン
右手:無し
左手:無し
ランク:ベーシック
スキル:フォース操作・索敵
『暗視はどう使えばいいんだ?』
『見たい時に目を凝らせば見えるぜー』
『そうか、感謝する』
『おう、頑張ってな』
『あぁ』
…………ピーッ……ヒョロロロロ
『ダイアルアップ接続みたいな音だなこりゃ』
ここはリンマールの教会、太郎は徳の確認と――
『おし、大丈夫だな』
――神界、魔神殿――
魔神レウスは今日も忙しく、神殿内の玉座正面にある最神型デスクトップパソコンの前に腰かけていた。
『え、ここ覗くのかよっ?』
神殿内は一面が白い世界で、壁や床や天井等は全て白く、色と認識出来るのはレウスの衣服やパソコン、玉座や出入り口等であった。
「くそ、「必殺、地の文切断」が出来ねぇ……。こりゃ俺より上の神の仕業だな? 利休さん……副神さん……いや、やっぱり爺? それとも他の?」
レウスが意味不明な事を考えていると、出入り口よりチャッピーが飛んで入って来る。
「レウスゥウウウッ!」
「……はぁ、まぁいいか。おうチャッピー、さっさとタイムカード押してくれ」
レウスの正面まで一瞬で現れたチャッピーは、一瞬で泣きそうな表情になりながらまた出入り口に向かった。
そこに置いてあるタイムレコーダーに自身のタイムカードを差し込み、アナログな機械音の後、見たこともないような文字が打刻される。
そしてまた明るい表情に戻り、一瞬でレウスの正面に飛び、犬が座るかの如くちょこんと座った。
パチンッ
レウスが指を鳴らすと、デスクトップパソコンの右斜め前に机、椅子、パソコンが現れる。
「ぬぅうう、また貴様かっ!」
「パソコン相手に何凄んでんだよ」
「レウスとの大切な時間をこやつが奪うのだ!」
「ほぼ無限にありますけども?」
「世の理とは別にして我にとっては有限だ」
「いいからデイリーワーク始めてくれよ」
レウスに文句は言うものの、「お座り」の姿勢を崩さないところを見ると、チャッピーはレウスの部下、もしくは僕だという事が窺える。
「いや、友達だぞ?」
「へ、何か言ったー?」
言われるがままパソコンに向かっていたチャッピーは、首だけレウスに向けて言った。
尻尾が常に揺れているチャッピーは、レウスの前では犬のようだった。いや、正に犬だった。
「あぁ、独り言だ。むぅ……ボケも突っ込みも難しいな……」
レウスが意味不明な事を言っていると、出入り口より黒い馬のような魔物が現れた。
体毛は金色に光り、角が二本生え、竜の様な形相だった。
その魔物はタイムレコーダー脇に置いてあるカードラックより、1枚のタイムカードを取り、タイムレコーダーに差し込んだ。
勿論この魔物に人間のような手は生えていない。タイムカードは魔物が目を閉じると、独りでに浮かび上がり独りでに差し込まれたのだ。
「おっはよ~♪」
「おいっすー」
「なんだマカオか。相変わらず我の邪魔をするのが好きなようだな」
「やだわ~、誰も邪魔なんてしないわよ~♪」
パチンッ
レウスが指を鳴らしチャッピーの時同様、チャッピーの隣にマカオの席と思われる椅子や机が現れる。
マカオの身長に合わせている為か、チャッピーの席よりやや高さがある。マカオは器用に椅子に座り、無理やり足を折り、いびつな「足組み」を形成する。
「今日は誰が出勤するのかしら~?」
「んー? シフト表見てみろよ?」
レウスはキーボードをカタカタと慣らしながらマカオに応える。
マカオは念力のような不思議な力でキーボードを巧みに操り、パソコン内の「我がバティラに作ってもらったシフト表」というファイルを開いた。
「え~と、この後アークとケミナ、それにビーナスが来るわね……あら?」
「どうしたー?」
マカオにしては珍しい事なのか、その唐突な疑問に対してレウスが意識を向ける。
「この数式おかしいわよ~? なんで8時間働いて5時間も休憩なのかしら?」
「誰の部分になってるー?」
「チャッピーとハティーね」
「んじゃ、その2人が犯人だな」
「わ、我は知らぬー。知らぬぞー。ヒュッヒュ~♪」
口笛になってない口笛を吹き始めるチャッピーに対し、レウスがパソコンを操作し淡々と言葉を並べ始めた。
目を細めデスクトップパソコンを見るレウスの目をチャッピーがビクつきながら見つめる。
「昨晩のシフト……最後はハティーとチャッピーだな。えーっと最後にこのファイルをいじったのは……お前の机からだぞチャッピー? これはどういう事だー?」
「すみません、我がやりました」
「おし、仕事に戻れ」
「ぬぅううっ……マカオ、覚えておれっ」
「チャッピー、仕事に戻れ」
「かしこまりました」
犬が巧みに爪を使い、カタカタとキーボードを押し始める。徐々に押す速度が上昇し次第に手がブレ始め、人間の目には見えない速度になる。
ようやくまともに仕事が始まった頃に、出入り口から一人の女が現れた。女の耳はやや尖り、片側の耳にエメラルドグリーンに輝く髪をかけている。身長は140センチ程で、短い白いシャツに袖を通せるタイプの薄手の赤いショールを羽織っている。黒いショートパンツを穿き、黒いムートンブーツを履いている。
まるで少女を思わせる風貌だが、その所作等を見るに、そう思わせない魅力が存在する。
「おはようございまーす」
「おーケミナ、おはよー。今日も早いな」
「頑張ってお手伝いしたいので!」
「愛っていいわね~♪」
「今夜は馬さ――」
「馬刺し持って来ました!」
「あ、はい」
ケミナは元気な応対で笑顔を振り撒く。
やや気圧され気味のレウスが、押し売りに遭ったかのようにケミナから青いタッパーウェアを受け取る。
そして指をまた鳴らし、ケミナの机や椅子を出現させた。ケミナは椅子に座り黙々と人差し指でキーボードを押し始める。その速度はチャッピーのそれと比べると意外にも普通だった。
「ところでチャッピーはさっきから何してるの~?」
マカオがチャッピーのパソコンを覗きこむと、何らかのテキストアプリを利用し、ひたすら「レウス」と打ち込むチャッピーの姿があった。
マカオは黙ってレウスを見た。そして――
「愛っていいわよね~♪」
注意も何も、マカオの中ではあれがチャッピーの仕事だと思っているようだった。
そしてマカオはもう一つの愛のカタチを確かめる為、ケミナのパソコンも覗いてみるのだった。
ケミナは慣れない手つきで「デート オススメ」と打ち込んでいた。
マカオは黙ってレウスを見る。そして――
「頼むから3人共仕事しろよ……」
レウスの気苦労が窺える一幕である。
たまにこんなのが出てきます。




