第十五話「無力」
――リンマールの村、ギルド「太平」――
ギルドの受付、アンナが喧騒の中、様々な注文を捌いている。額に汗し、時には怒鳴りながらエールを注ぎ注文の品を運んでゆく。
カランカラン。というギルドの扉に取り付けられたドアベルが鳴る。
太郎がギルドに入るとアンナが大きな声で出迎える。
「はい、いらっしゃいっ! ……おやアンタかい」
前掛けで濡れた手を拭きながら太郎の前へ出て来るアンナ。その表情は明るく、既に太郎を常連さんと認識している様子だった。
太郎が腕に持っていた毒草入りの麻袋を床に置き、依頼用の掲示板に眼をやった。
「毒草を大量に採取した、依頼はないか?」
アンナは太郎の足の長さ分はあろう麻袋を見て笑ってみせる。
「あははは、ニュービーにはない図太さだねっ! いいよ、欲しがる医者が多いからそれは全部うちで引き取ってあげるよ」
アンナはお腹を抱え笑い、それが落ち着くと腰に手を置き胸を張った。
太郎は依頼手続きの面倒な作業がないと知り安堵する。
「そうか、助かる」
「この量なら……いいよ、おおまけして1000レンジだ」
太郎はアンナの太っ腹ぶりに驚いた。麻袋の中には、依頼を受けた場合の布袋に入れる8倍程の毒草しか入っていなかったからである。
毒草採取の依頼の報酬は100レンジ。それの8倍となるとアンナの出した金額は破格だと言えるだろう。
太郎はアンナから金色の金貨を一枚受け取った。
因みにこの世界での通貨は「銅貨の10レンジ」・「銀貨の100レンジ」・「金貨の1000レンジ」となっている。万の位の硬貨と十万の位の硬貨も存在する。それが「レウス銀貨」と「レウス金貨」である。
普通の硬貨には大樹の絵が彫ってあるが、レウス銀貨、金貨は魔神レウスの顔が彫ってあるのだ。
「それ以外に何か用事はあるのかい?」
「……そうだな、アルコールのない飲み物を持ち帰りたいのだが在庫はあるか?」
「なんだい酒は飲まないのかい? それなら、この地域じゃ珍しいが、アルコール抜きの蜂蜜酒があるよ。直射日光を避ければ2ヵ月はもつからテイクアウトには便利さね」
そう言いながらアンナはカウンターに入り。並べてある黄金色の蜂蜜酒が入った透明の瓶を持ち上げる。
アンナとの距離を調整するように太郎がカウンターへ近づく。
「いくらになる?」
「3本で40レンジだよ」
「ではそれを頼む」
太郎は銀貨を一枚渡し、六枚の銅貨を受け取る。
本日のミッション前に残っていた残金は200レンジ。レプリカキングの鉄槍が800レンジ、毒草が1000レンジとなり合計2000レンジ。
そして、アンナから蜂蜜酒を購入して現在の太郎の残金は1960レンジとなった。
太郎は先日購入した鞄に蜂蜜酒を3本入れ、ギルドを後にした。
(本日倒した魔物はオークレプリカが8、マッドネストレントが1、レプリカキングが1、そしてゴブリンウォリアーが1だな。チャールズと徳を半分に分けて215、これにマッドネストレントとレプリカキングが加わるわけだ。マッドネストレントはともかく、レプリカキングがグリーンスネイクより少ないとは思えない。今日だけで600程の徳を得たという事か。明日にはアドバンスのランクになれるだろう。現状維持で生活に困難する事はないだろうが、アイザックと合流する為には大きな土地へ向かった方が良いだろう。……やはり今以上の実力が必要だろうな。なに、時間がない訳じゃない。ゆっくり確実にいけば良い……)
そんな事を考えながら太郎はセーフハウスのある北へ向かい歩いて行く。
そして、先ほど仕留めた牛の様な動物が食べられるかどうか、食べられた場合の味付けはどうするのか、買った野草図鑑の中にそういった調味料に使える野草はあるのかどうか……そう考えているうちにいつの間にかセーフハウスに帰還していたのだった。
――ドードーの町のギルド「猛者」――
先程の騒ぎが落ち着き、アリスとバールザールも元の机に収まっていた。
そしてその中に異質な人物が見受けられた。そのテーブルの席には、先程バールザール……いや、アリスが喧嘩していたジャンボも座っていたのだ。
ジャンボの大きな身体とギルドのテーブルがミスマッチなのか、アリスとバールザールの身体が小さく見える。
ジャンボは先程大変な目にあったというのにもかかわらず、またエールや葡萄酒を注文している。顔には赤みを帯び、とても上機嫌そうである。
バールザールは溜め息を吐き、アリスは頬を膨らませてジャンボから目を背けている。
「ハハハハハ、さぁ飲んでくれよ爺や!」
葡萄酒が入った木製のカップをバールザールの前に押し出す。
「わしはバールザールだ」
葡萄酒を受け取りながら軽い自己紹介をし、アリスにも「これ」と、それを促す。
「……アリスよ」
しかし顔は背けたままで、依然ジャンボの同席には納得していない様子だった。
「俺はジャンボ……ってもう名乗ったか。さっきはすまなかったなアリス」
意外にもジャンボの口からは謝罪の言葉が出た。アリスの表情もその言葉により少し変化が見られた。
「……どういう事かの?」
「…………これだ」
ジャンボは懐からゴソゴソと1枚の羊皮紙を取り出しテーブルに置いた。羊皮紙の外側には灰色の模様があり、2人にはそれがランクメタルの依頼書だという事がわかった。
依頼書はランクが見分けられる工夫がされている。それがこの外淵の模様の色である。
ビギナーでこそ無地だが、ベーシックで緑、アドバンスで黄色、レギュラーで赤、以降はそのランクに応じた色となる。
また、マスターランクに関しては依頼自体がそもそも出回らないので、どのような依頼書なのかは情報自体がわかっていない。
アリスとバールザールは、テーブルに前もたれになり、ジャンボが出した依頼書を覗き込んだ。
「「これは……」」
依頼書には「冒険者狩り討伐」の文字が書かれ、その標的がブロンズ、もしくはメタルのランクであると記されていた。
「ちょいとアリス達に探りを入れたのよ」
「それであんなに露骨に絡んできたのね……」
既にアリスの顔は真剣な表情になっており、未だにジャンボの依頼書を見つめている。
「……わし等を、というより周りを見る限り大体の人間にはこうやって絡んでるようだな?」
「そういうこった」
「けど私達の疑いはどう晴れたのよ?」
「「そりゃお前……アリスの軽率な行動を見ればわかるだろう……」」
バールザールとジャンボが口を揃える。ポカーンとした様子のアリスだったが、小ばかにされたのはわかったらしく再びぷくりと頬を膨らます。
「ってな訳で、何をするにもここら辺……町の外ではいつも以上に気をつけな。警戒しててもここ数日で5人死んでるからな」
アリスの表情が一気に険しくなり、目に見えるような怒気を発していた。
それが気になったのか、ジャンボが何かを思い出した面持ちでアリスの顔を覗き込む。
「アリスの嬢ちゃん……もしかして勇者かい?」
「…………」
「バールザールさんよぉ?」
答えないアリスからではなくバールザールの方を向き同様の質問を促す。
バールザールは別段隠す様子もなく、素直に驚いて見せた。
「ほお。よくわかったのう? 他の勇者にでも会った事があるのかね?」
「あぁ、イグニスで勇者に会った事がある。性格があまり似ているようには感じねぇが、悪人に対する意識が高い印象だったのが似ててな……」
「……別にそうじゃないわよ。ただ人が死ぬ事が嫌なだけっ」
「まっ、俺もそれに関しては否定しねぇけどな」
アリスの考えに同意した後、ゆっくりとジャンボが席を立つ。
バールザールの眉がクイと上がりジャンボに視線を向ける。
「まさかお主は1人で……?」
「もうこの町にゃ俺以上の冒険者はいねぇからな、やるしかねぇだろ。ま、もしかしたらランクが低くても俺より強い奴はいるかもしれねぇがな」
「わ、私も手伝うっ!」
アリスがガタンと椅子から立ちあがり、依頼の参加を主張する。ジャンボは驚いた様子だったが、反対にバールザールはじっと腕を組み黙り込んでいた。
ジャンボは決してアリスを笑う事はなかったが、彼もある程度の実力はわかる冒険者である。アリスの戦闘力が足手まといになる事はわかっていた。
ジャンボはアリスに向き直り肩をポンと叩き、黙ってその場を去って行った。
アリスは何も言えずにギリギリと歯を食いしばり、ギルドを出て行くジャンボの背中を見送った。
いや、見送る事しか出来なかったと言うのが正解だろう。
「じ、爺やっ……!」
助けを求めるようにバールザールを呼ぶ。しかし未だ腕を組み押し黙るバールザールに、アリスは小首を傾ける。
「じい……や?」
「……ふむ」
「黙ってないで何か言ってよっ」
アリスはバールザールの眼前まで顔を持っていき詰め寄る。
「ぶつかり合ってはおらぬが、拳を交えた男じゃ。……死んで欲しくないものだが」
「ジャ、ジャンボが……死ぬって事?」
「先程のジャンボの言葉……あやつより強い存在がこの町にいた事を示しているようだった。これはおそらく其奴らが命を落としたと見るべきじゃろう。ならばそれより弱いと推察出来るジャンボにはちと分が悪い……」
ジャンボの”もうこの町にゃ俺以上の冒険者はいねぇ”という言葉より、それ以上の存在が殺された事を意味していると推理したバールザールは、アリスに淡々と現実を突きつけた。
アリスが更に険しい表情になるが、経験の浅い今のアリスではバールザールの考えを待つ他なかったのだ。
「対人間か…………。回り道だが、急ぎリンマールへ戻るか……のぉアリス?」
「ど、どういう事――――あっ」
アリスはすぐに理解した。バールザールがリンマールに戻ると言った意味を。
(…………タロー…………)




