第十三話「喧嘩」
「戻ったぞ」
「なんと、生きて戻ったか」
二三三○。
チャールズが死人を見る様な目で俺を見てくる。毒草が入った麻袋を2つとも確認し、椅子へ腰掛ける。
チャールズは自分が閉じ込められていた鉄の檻の上に立って俺に説明を求めてくる。……まるで子供だな。
「奴を見ておそれをなして逃げたか、それとも奇跡でも起こしたか?」
本日購入した野草図鑑を読みながらその言葉を一瞥する。
「奇跡なんかは起きやしない。それにちゃんと戦っている」
「では途中で…………いや、太郎……お主、今?」
どうやらチャールズは俺の言葉の意味に気付いたようだ。そう俺は――
「まだ戦っている最中だ」
「そうか、そういう事か……。フッ、面白い……面白いぞ太郎よ!」
あの時、俺はレプリカキングの死角から、様子を伺った。
レプリカキングはオークレプリカの身体の約2倍の大きさで、体毛がやや赤みを帯びていた。そして、俺の手槍の3倍程の大きさの鉄槍を持っていた。
足の運びや遠目でも感じる威圧感から、下手をすると本当に殺されてしまうような戦力だと認識せざるを得なかった。
俺は3本の矢にフォースを施した。そして――
「――命中させて帰ってきたというわけだな?」
「そう、傷は1日やそこらで回復しない。手当てを習得している人間ならまだしも、相手は魔物。ならば我々が徐々に攻撃を繰り返し、相手の戦力を削いだ方が効率的だ。命の危険を冒してまで奴の徳に執着するなど愚の骨頂だ」
「フハハハハッ! なるほどな、明日には我もフォース操作が使えるようになる。そこで奴に止めを……という訳か」
尻尾を振り回しながら喜んでいる……いや、楽しそうというのが正解か。竜の感情表現は尻尾に依存している可能性が高いな。
「無論、明日も危うければ明後日も……という事になる。真綿を締めるようにゆっくり確実に止めを刺す」
「フッ、了解したぞ」
「明日もこき使うからな、覚悟しておけ」
――二三五○。本時刻を以て本日のミッションを終了とする――
翌日、太郎はリンマールの教会へ向かい昨晩の徳の確認をした。
初日、2日目と違い、手続きは淡々としたものだった。
『太郎殿の現在の総徳数は1490でござる』
(この言葉使いは……日系の神なのだろうか?)
不思議な言葉を使う神との対話だが、太郎の質問にも事務的に返し、太郎は初日や2日目とは違った違和感を感じたのだった。
『今回の徳の割り振りを教えてくれ』
『オークレプリカが14匹で350、グリーンスネイクが200でござる』
(という事はグリーンスネイクは400だったという事か。なるほど、チャールズの言う通り大物だな)
チャールズが太郎に申告した通り、得た徳数は正確に半分になっていた。
『そして契約中の竜、チャールズの総徳数は550。2つのスキルの習得が可能でござる。さぁ、選ぶでござる』
《フォース操作・ブレス・剛力・索敵》
『フォース操作と……索敵を頼む』
『承知した。……適用完了でござる』
名前:太郎?
天職:殺し屋
右手:鉄の剣・木の弓矢・契約の指輪
左手:鉄のダガー
ランク:ベーシック
スキル:フォース操作・手当て
名前:チャールズ
天職:ドラゴン
右手:無し
左手:無し
ランク:ベーシック
スキル:フォース操作・索敵
『……やはり偽名がバレているのか』
太郎は心の中に表示された自分の簡易ステータスを見て、神に対して偽りが通じない事を理解した。
『太郎殿が強く自分の名前を偽るのであれば、我等はそれ以上を掬う事はしないでござる。そこまで気にせずとも問題ないでござろう?』
『……確かにな』
『ふふふ、またのご利用をお待ちしているでござる』
変な口調の神との対話を終え、太郎は教会を出てギルドへ向かった。
その間、チャールズとの交心をし、スキル習得の報告をする。
『チャールズ、フォース操作と索敵だ。問題あるか?』
『太郎が決める事に間違いはないだろう。少なくともそれ位は我にはわかる』
『希望はないという事か?』
チャールズは、太郎をやや遠回しに認めるが、その太郎はそんな事は意に介していなかった。勿論、チャールズも太郎がそういった反応をする事を見越して言ったのだろう。
『そうだな、剛力はあったか?』
『あったな』
『では次はそれで頼む。剛力があれば荷物の運搬が楽になるだろう』
『ふっ、気の利くヤツは嫌いじゃない』
『おだてても何も出ぬぞ』
竜と殺し屋のコンビは、意外にも早く互いを認め合い始めた。
このコンビ結束が、後の世にどのような影響を及ぼすかは、例え魔神でもわかりはしないだろう。
――ドードーの町のギルド「猛者」――
アリスとバールザールはリトルガルム討伐を終え、一時の休息をとっていた。
ギルドの食堂では屈強な戦士や、小柄だが高い技術の身のこなしをする者等、様々な冒険者達が見受けられる。
そんな中、アリスは10代中頃、バールザールは齢70を超える老人。慣れない土地でのギルドでは、目立ってしまうのは必然だった。
アリスとバールザールが食後にお茶を楽しみながら雑談していると、1人の男がアリスに話しかけてきた。
「うい~……おい嬢ちゃん、爺さんとパーティを組んでるようだが、2人のランクはぁ……どうなんだい?」
「…………」
アリスからの返事はなかった。体格の良い戦士風の男は、明らかに酔いが回り、ふざけてアリス達に絡んできてる事が明白だったからである。
「ハハハハハ、爺さんもこんなガキのお守りは大変だろ? 早いとこ隠居生活がしたいんじゃないかぁ?」
「ホッホッホ、確かにそうですなぁ」
バールザールが男を流し気味にかわそうとする。
「爺さん、アンタのランクはぁ?」
「ブロンズですな」
「ハッハッハッハ! そんなに長生きしてブロンズじゃ、冒険者として才能がねーんじゃねーかぁ? やっぱりアンタァ隠居した方がいいぜ。魔物の餌になるだけだぜ? ヒックッ……」
相手をしたバールザールは、男からの嫌味を正面から受ける事となった。勿論、バールザールも酔った男を相手にする気はないだろうが、まずは男の意識をアリスから自分に向けさせたかったのだろう。
しかし、そんなバールザールの意図はお構いなしという感じでアリスが勢い良く立ち上がった。
バンッ!
アリスは机を強く叩き、ギルド中の面々から注目を集める。
「爺やは研究で忙しかったから徳が少なくて当然なの! そう言うアンタはランクいくつなのよ!?」
「ドォドォの町で俺を知らねぇのはいただけねぇ〜。ランクメタルのジャンボ様だ、覚えとけぃ〜!」
メタルというランクを聞きたじろいでしまうアリス。都でこそ珍しくはないが、辺境の地でメタルのランクに到達するのはかなりの根気と実力が必要なのだ。
しかし、言い始めたら止まらないアリスである。腕に力を込め振り払う。
「ア、アンタなんかに爺やは負けないんだから!」
言い放った……言い放ってしまったセリフは、バールザールの唖然とした顔と、後悔の色を強く放つアリスの顔を形成させるのには十分な威力を有していた。
「ハ……ハッハッハ、面白ぇ。んじゃその爺やの実力を俺が試してやんよ!」
「え、えぇいいわよ! ねぇ、爺や!?」
こうなったらもう引くに引けないアリス。これを前にバールザールは頭を抱え、何故こうなったかを頭の中で何度も……それはもう何度もシュミレートしたが、どうしてもこの答えには辿り着かなかった。
そして、勝手に取り付けられた勝負をどうやって乗り切ろうというバールザールの表情には、年齢以上の重みが宿っていた。つまりこの一瞬で少し老けていた。
「爺や、行くわよ! 表に出なさい!」
「はん! おい爺や、少しは楽しませろよ? ヒックッ」
ジャンボは酒臭い息を爺やに吐きつけ、アリスと共にギルドの外へ出て行く。
騒ぎを聞いていたギルド内の人間達も、この「アリスとジャンボの喧嘩」を見物する為に我先にとギルドを出て行く。
1人残されたバールザールは、店員以外誰もいなくなったギルド内で、深く溜め息を吐いた。
「爺や、早くしてっ!」
「爺や、早くしやがれぃ!」
喧騒の中をかき分けて聞こえる2人の声。
そして店員の「早く行きなさいよ」という顔。
バールザールは近くにあったエールを一気に飲み干すのだった。
「あぁ、やってやるとも! やってやるともさ! まだまだ若いもんには負けんぞい!」
鼻からもの凄い勢いで鼻息を出し、バールザールの豊かな髭が波打つ。
大股でギルドの外に出たバールザールは、ギャラリーに囲まれたアリスとジャンボの側へ近づく。
改めてジャンボを見上げると、その風格たるやメタルのランクに恥じないものだった。
頰にある大きな傷跡、凛々しい眉にギラギラした目つき、屈強な肉体に太い足腰。バールザールのそれと比べるまでもないタフガイである。
肩と胸には鉄製のプレートを掛け、布製の腰巻とボンタンの様なパンツを履き、背中には大きな大剣を装備している。
「さぁ、爺や! こんなヤツけちょんけちょんにしてやってっ!」
こうなったらアリスは手がつけられない。ヒートアップしたアリスを冷却する術を持たないバールザールだったが、ギャラリーに囲まれながら戦う事は不思議と嫌ではなかった。
「ふん、教え子の尻拭い位してやるわい!」
周りからはジャンボの声援や、啖呵をきるアリスへの声援、バールザールを気遣う声が飛び交っている。
「逃げ出すなら今のうちだぜ?」
ジャンボがバールザールを見下すが、バールザールも鋭い眼光で睨み返す。
「オシメが取れたばかりの小僧なんかに負けはせんわっ」
ギャラリーの1人が2人の間に入りルールの説明を始める。そう、町中での決闘には、その町特有のルールがあるのだ。死人を出さない為の工夫である。
「スキルは一種類のみ使用可能だ。時間は3分、負けの申告も受け付ける。制限時間を迎えたらギャラリーの判定審査だ。いいか?」
「おうよ!」
「おうともさ!」
そしてこれより、アリスが始めた喧嘩が、その手の内を離れて開幕する。




