第十話「尾話」
――火の国イグニスの南、死の山。
燃え盛る炎が所々に噴き出て、人間が足を踏み入れる事はかなわない土地である。
気まぐれな山の気候で、火の属性の魔物さえ焼き尽くす事から、文字通り「死の山」と呼ばれている。
とは言うものの、死の山とは最近言われ始めたばかり。元々は火の山が訛ったものとされている。
その魔物も人間も立ち入れないはずの死の山の火口近くに特異な存在が確認出来た。
1人は先程までリンマール近くにいたはずのトゥース。そしてもう2人……いや2匹は魔物だった。
2匹の魔物は対照的で、1匹は黒く、もう1匹は白かった。
黒い魔物はチャールズに酷似した竜で、白い魔物は鋭い牙を持った虎の様な魔物だった。
この魔物達には不思議な共通点があった。
「しっかし何度見ても慣れないなー、俺より小さい舞虎さんとチャッピーってのは」
そう、トゥースは体格が良く、身長185センチ程だったが、チャッピー、舞虎と呼ばれた魔物達はトゥースの3分の1程の大きさだった。
「レ、レウスは可愛いと言ってくれたぞ!」
「ははは、悪い悪い。確かにチャッピーのあの姿を知ってると可愛いって言えるかもしれねぇな」
トゥースの口ぶりから、黒い竜がチャッピーである事がわかる。
「私は動きやすくて好きですけどねぇ」
舞虎が足を上げ下げしながら答える。
「つ、通心でも聞いたが、本当に息子は帰って来ないのか?」
「しゃあねぇだろ、可愛い子には旅をさせろってな!」
チャッピーは俯き大きな溜め息を吐く。
「なはははは、仕方ありませんよぉ。帰ってレウスさんに報告しましょう」
「はぁ……我が息子チャールズ……」
「ハハハハ、情けない支配者もいたもんだな!」
「ぬかせトゥース、天使長の分際で生意気だぞ。我こそは竜神の父、チャッピーだぞ?」
「あまり威張り散らすからレウスさんから竜神の地位剥奪されちゃったんですよねぇ」
そしてまたチャッピーが俯き大きく、長い溜め息を吐く。
「私達にとって階位なんてただの飾りですよ飾りぃ」
「ハハハ、そうだぜチャッピー?」
「はぁ……そうだろうか……」
「あぁ、レウスも言ってたぜ?」
チャッピーの尻尾がピンと立ち黄金の瞳が大きく開かれる。
「フハハハハ、流石レウスはわかっているな! さぁ帰るぞ、レウスの下へ!」
トゥースと舞虎は顔を見合わせ、互いに苦笑いする。勿論その事にチャッピー自身は気付いていない。どうやらこれがこの3人の日常らしい。
これ以上チャッピーに急かされるのが嫌だったのか、トゥースは右拳を空に掲げ、目を閉じる。
「おーし、掴まれ。帰るぜー!」
「幾千幾万もの時を超え、悠久の時を重ね、神々が残せし光の扉よ、今ここに開かれん!」
「そんな呪文でしたっけぇ?」
「チャッピーはそれが言いたいだけだろ? そもそも呪文なんてないし」
「ふっ、我の呪文によって今扉が――ぁ」
チャッピーの言葉はよく聞きとる事が出来ず、3人は光に包まれ静かに消えて行った。
――リンマール村、中奥広場北の教会――
太郎は教会の扉を開ける。
魔神像の近くには昨日同様、神父が立っている。神父は太郎を見るとデジャブでも見ているかの様に側面上部に掛けられている時計を見る。
「リンマール教会へようこそ。いやいや、昨日とほぼ同じ時間にあなたがいらしたので何やら不思議な感覚が致しました」
「本日もギリギリになってすまない。……いいか?」
教会の閉院時間は一律17時となっている。現在の時刻は16時50分。
太郎は社交辞令に近い状態ではあったが、控えめに魔神像を指差しレウスとの対話を望んだ。
「かしこまりました。では、レウス様の正面にお立ちください」
「…………」
太郎は昨日の手順に倣って魔神像の前に立ち、ゆっくりと目を瞑った。
「魔神レウス様、どうか迷える子羊をお救いください」
神父の声に反応し、魔神像が光り始めた。すると、太郎の脳内に語りかける様に何かの音が聞こえてきた。
『あなた、そうアナタですわ。なんなんですの、こんな時間に? 自分達は定時にあがりたいんですわ。アナタ閉店10分前に来店されたラーメン屋の主人の気持ちってわかりますか? わかりませんよね、実際来てるんですもん。そうなるとその時間の売上より人件費がかかってしまうんですの、わかります? 「閉店10分前だから迷惑だろう。今度また来よう」っていう慎ましさがアナタに必要だと思うんですけどどう思います? そうですか、仕方ないですね。その慎ましさを使わず自分が実践してみますわ。塩水貰えます?』
雪崩の如く嫌味を言われるが、太郎は無言を貫いた。
何故なら相手はレウスではなかったからである。声の主は細い声でかなり……かなり上から目線の男だった。
『あー、すみませんね。今アナタみたいな慎ましさがない人が多くて回線が混みあっとるんですわ。ここは一つ帰ってみてはいかがです?』
『門前払いはごめんだな』
『あー、トルソさん何やってるんですか! そこ僕の席ですよ!』
『バティラさん、いいから塩水持って来なさい』
『は、はいっ!』
『そこはお前の席じゃないそうだぞ?』
太郎は遠回しに先程の気弱そうな男との交代を求めた。
『全くこの玄武に対して生意気な――』
スパンッ
『ギャアアアアアアッ!?』
突然何かの切断音が聞こえ、トルソの断末魔のような悲鳴が聞こえた。
『尻尾がぁあああ、自分の尻尾がぁああああっ!!!』
『だ、大丈夫か……?』
おそらく先程の切断音は、トルソの尻尾が切れる音だったのだろう。
太郎は神に尻尾が生えている事をそこまで疑問に思っていなかった。チャールズが竜神だとしたら人間以外の神がいても不思議ではないからである。
『こ、これが大丈夫なわけあるわけないじゃないですか! バイキン入ってしまいますわ! 誰か、誰か塩水を持って来な――プッ』
『おい……おいっ』
太郎が呼んでもトルソからの返答は無かった。
そして――
『大変お待たせしましたっ。レウスの代理の者ですっ』
再び声が聞こえた。声の主は……若い男の声だった。
『レウスは忙しいのか』
『うん、ごめんねっ』
『お前は誰なんだ?』
『僕はデュークっていうんだ。ヨロシクねっ』
『徳の確認を頼みたいのだが?』
太郎はようやく目的の話を――
『これ五月蝿いから切っちゃうねっ♪』
スパンッ
ガー……ピー……
『……何なんだ?』
『ごめんごめん、徳の確認だったねっ』
『あ、あぁ……』
『ゴブリンを5匹、ゴブリンウォリアーを3匹、盗賊を3人……あ、天職を受ける前だけどオークレプリカを6匹倒してるねっ。うん、全然まだまだだねっ♪』
『…………』
『あ、小動物を助けてるんだねっ。……合計で、940の徳が溜まったよっ』
『それは……どうなんだ?』
『太郎さんは、スキルをまだ身に付けてないから2つのスキルを習得出来るよっ』
『ほぅ、何のスキルを得られるんだ?』
『えっと…………ぷっ、アハハハハハッ! 殺し屋さんなんだねっ! こんなユニークなジョブ初めて見たよっ』
『……これはそちらで決めている訳ではないという事か』
『その人個人の天職だから、僕達は干渉出来ないんだっ。それでスキルの事なんだけど、太郎さんが選べるから次の中から選んでねっ』
《フォース操作・気配ゼロ・暗視・カモフラージュ・手当て・索敵》
『では索敵と気配ゼロを――』
『オススメはフォース操作と手当てだよっ』
『…………索敵と気配ゼ――』
『オススメはフォース操作と手当てだよっ』
『……索――』
『オススメはフォース操作と手当てだよっ』
『…………フォース操作と手当てを頼む』
『合点承知っ♪』
キィイイイインッ
『これでフォース操作と手当てが出来る様になったよっ』
『どうやるんだ?』
『武器や防具に対して「アップ」と唱えれば攻防力が上昇するんだっ。効力や維持時間はフォース操作の錬度によって決まるから試してみてねっ。手当ては文字通り手を当てるだけで傷の治療が出来るよっ。因みに両方ともフォース残量がないと使えないからねっ』
『残量はどうやってわかる?』
『感覚でわかるよっ』
『……了解した。最後にいいか?』
『うむ、聞こうっ♪』
『先程の徳の割り振りを聞きたい。手間がかかるなら構わないが……』
『あはははっ、大丈夫だよっ! はいどうぞっ♪』
《ゴブリン5匹=50・ゴブリンウォリアー3匹=90・トリニィ=100・スコッチ=100・ダンデム=200・オークレプリカ6匹=300・小動物救助100》
(ダンデム……これは盗賊の親玉の名前か。オークレプリカは1匹50という事か。なるほどな……)
『もういいかなっ?』
『あぁ、助かった』
『あはははっ、また呼ぶがよいっ♪』
『自分の尻尾がぁああああああ――プッ』




