2.4.1
【四章 鈴の音は騒がしい】
九月二十六日 十二時 舞識島A区画 喫茶店『すずのね』
A区画の中央通り。その通り沿いにある商店街は、A区画と言わず、舞識島全体で見てもかなり賑わっている場だった。飲食店が多く、昼時ともなれば人の往来は更に活発になる。
そんな商店街から少し外れた通り――商店街に入る少し手前に、その喫茶店は建っていた。
喫茶店『すずのね』。現在、その店内は満席で、従業員は客対応に追われて慌ただしい様子だ。
『すずのね』は個人経営の店で、経営している夫婦を除くと、従業員は三人しかいない。
その従業員らも毎日居る訳ではなく、シフトを組んで最低限店が回るように上手い事やりくりしていた。そして、この日はシフトで当たっているのが一人だけだった。
店員——近藤英二があらゆる客対応を一人でこなし、店内を駆け回っていた。ホールのみの担当とはいえ、かなりの仕事量なのは間違いないが、忙しくも充実した良い表情をしている。
近藤英二が『すずのね』で働き始めてもうすぐ一ヶ月が経つ。
今月頭の九月一日。その付近で起きたある事件をきかっけに、英二は舞識島にやってきた。
グロースという謎の組織と関係をもった事から始まり、白渡誠一の関与や、便利屋である桜井悠介の助力など紆余曲折を経て、最終的に近藤英二は不死身の肉体を得るに至った。
グロースが開発した不死薬。あらゆる傷を瞬時に治癒するよう、肉体を変質させる神秘の薬だ。
老化を抑える事は出来ない為、不老ではないが、それでも十分常識の範疇を超えた代物だった。
当初、彼がその身に得た不死は、『傷を負うたびに寿命を消費する』欠陥があると思われていた。だが、その問題は解決し、結局は完全な不死だったと判明した。寿命に対する心配はもうない。
しかし、問題はここで終わらなかった。完全な不死を得た事でまた別の問題が浮上したのだ。
この島の表の支配者——グランミクス。そして、その裏で暗躍し、共謀しているナジロ機関。
彼らが秘匿している舞識島の秘密——『霊水』というこの島の心臓とも言えるエネルギー資源。
あらゆる可能性を秘める資源として、長年、研究・解析が進められているそれは、未だ不明な部分が多く、扱いきれていないのが現状だった。
そんな霊水の解析を一気に推し進める鍵となるのが—―いや、なってしまったのが英二だった。
不死は本来霊水を使用する事でしか為しえない筈だった。それがグロースの手によって実現された。方法はともかく、『実現された』という事実がある。
つまり、近藤英二を調べつくせば霊水の謎を解明できる可能性が生まれたのだ。
霊水を自由自在に操る術が手に入る。しかし、この事態を良く思わない者がいた。
それがナジロ機関の幹部——ミリアム・ハーネット。彼女は組織の人間でありながら、その方針とは別の考えを持っていた。霊水を扱えるようになった世界に、舞識島の未来はない。島の内と外のバランスをとるなら、無用な力は手に入れるべきでないという考えがあった。
霊水の研究を進める事が、グランミクスとナジロ機関の目的。故に、英二の存在が知られれば、組織は彼を無理にでも手に入れようとするだろう。それを見越していたミリアムは、ナジロ機関が英二を認知するよりも前に動き出し、組織の裏で彼の身柄を抑えだのだ。
不死となった英二を自由に動かすわけにはいかない。かといって下手に処理する事も出来ない。
そこで彼女が執ったのは、英二を自分の監視下に置き、彼をこの島の一市民として生活させる事だった。木を隠すなら森の中という事か。普通にしている分には、英二は一般人となんら変わりがない。であるなら、下手な事はせずに、目の届く場所で管理した方が良いという考えだった。
当然、英二にはこれを断る理由も権利もなかった。
ミリアムとの関係と、自分が不死身である事を口外しないのは勿論として、舞識島の外へ出る事が出来ないといった制限はあるが、こうして英二はある程度の自由を手に入れたのだった。
その後、この島で生きていくと決めた英二は、九月一日に偶々出会った日野ゆかりという少女をきっかけに、彼女の実家であるこの喫茶店『すずのね』で働く事になって今に至っている。




