2.3.6
◇ ◇ ◇
「仕掛人が復活したねぇ…………そっか。へぇーそっかぁ……」
セレクターの倉庫内は、繁のもたらしたニュースで沸き立っていた。
黒子幹弥の帰還。そして、仕掛人の復活。アパートの火事が仕掛人の仕業である事はほぼ間違いなさそうだった。七色に発光する花火など偶然とは思えない。
アパートを狙ったのも、リライズに対する挑発と考えられ、彼らの中では辻褄があっていた。
「シゲよぉ……お前さぁ……」
「は、はい?」
八史は静かに立ち上がる。脱力してスコップを引きずり、仄暗い表情のまま繁の前にやって来た。
何をされるのかと繁は少し後ずさったが、八史に両肩を掴まれてしまい身動きが取れない。
「クッッッッッッッッッッソ……………ナイスだわッ!」
「めちゃくちゃ溜めますね……ビビるんでもうやめてください」
それまでの暗い表情が消え去り、八史は、ステージ上でスコップをブンブン振り回している。
「そうそうコレだよ! 待ってたのはこういうだっつの。クソ激アツじゃねぇか! 大いにアリだぜ。丁度ゲームにも飽きてきたところだったしグッドタイミング! いやぁよくやったシゲ。クソ褒めたげる。ありがとう、そしておめでとう! はい、全員拍手ー!」
八史のテンションは最高潮に達していた。他の者達はその勢いについていけてないが、とりあえず言われた通り拍手だけはする。何の一体感もない、まばらに響く虚しい拍手だった。
だが、周りの空気感など全く気にせず、八史の勢いは尚も止まらなかった。
「オイオイ、この時をどれだけ待ったかって話だよ。解散したって聞いた時はクソ凹んだが、ようやく野郎と決着つけれるんだな。あーどうしよう。ワクワクしてきた」
「ねぇねぇ、八史。ラナよく知らないんだけど、仕掛人? 黒子って人そんなに強いのー?」
そう尋ねたのはラナだった。彼女はリライズに入って割と新参の部類に入る為、仕掛人の事を知らな い。八史の興奮ぶりからして、かなりの実力者なんだなとラナは勝手に思っていた。
だが、八史から返ってきた言葉は、その真逆だった。
「そうか。ラナは知らないっけか。……いんや、黒子はクソ雑魚だぞ。アイツ喧嘩は弱いし」
「え? ……えぇー! そうなの⁉」
「あんな逃げ足だけのクソ雑魚もやし野郎に、俺は、全然、全く、これっぽちも興味はない」
「そんなぁ……。じゃあ何がそんなに楽しみなの?」
黒子幹弥は喧嘩が弱い。これは不良たちの間ではかなり有名な話だった。それは黒子本人も自覚している。だからこそ彼が取る戦法は、予め仕掛けた爆弾や小細工を使った不意打ちだった。
決して正々堂々の勝負を挑まず、勝てる勝負だけを仕掛けるというのが、彼のスタイルになる。
当然不良たちは黒子幹弥を良く思っていないのだが、不良たちが腹を立てているのは、黒子は弱い癖に、逃げ足だけは異様に早い事だった。一対一の勝負の場に立ってこないのだ。
では、八史がここまで昂っている理由は何のか。ラナの疑問に八史は続けて応えた。
「仕掛人はチームだ。だから、黒子が動いてるって事は、他の連中も復活してるかもって思ってな。いや、俺は勝手にそう思う事にしたぜ! 黒子はクソ雑魚だが、他の連中はかなりやるからな」
「へぇ~、八史がそこまで言うって珍しいね! ラナも楽しめる?」
「楽しめる楽しめる! 俺が認めた数少ない連中だから、ラナも絶対テンション上がんぜ!」
「ホントッ⁉ わーいやったー! ラナも楽しみになってきた! よーし、みんなも頑張ろうね! 勝つよーいくよー! えいえいおー!」
ラナはリライズ内の人気者——マスコットのような立ち位置を確立している。今もテンションが上がってヌンチャクを振り回しているが、それを危ないと思う一方、彼女の言動や無邪気な部分を可愛らしく思う者は大勢いた。そもそも可愛い系の顔立ちなので、それだけでも人気がある。
そんなラナの掛け声に、皆が一斉に声を張り上げた。
「うぉぉぉ!」「よっしゃー!」「久々にやってやるぜぇ!」「ラナ可愛いィィー!」「最高ォ!」「やっぱり俺はラナ推しだなぁ!」「何どさくさに紛れて言ってんだオラ! 俺もじゃこの野郎!」「僕はエロくないなら何でもいいぞ」「…………!」「長老様も『ウオォォォ‼』と叫んでいます」「祭りになるぜフゥゥゥゥ!」「ウオー!」「なあぁあぁぁぁぁ! アタシの牙城がァァァ!」
ただ約一名、全く違うベクトルで叫んでいる者がいる。紗雪だった。
「こんのぉ……焦げチャイナ娘ェェ! アンタが来るまではアタシがチームの紅一点として光輝いていたというのにぃ! いい? 此処はアタシが皆に姐さんと慕われ、敬われ、男どもにちやほやされる夢の空間だったのよ! それをアンタよくもぉ……!」
「ユッキー、それ以上は聞きたくねぇぜ……」
誰も彼も好き勝手に叫び散らし、混沌を極めている。そんな場の空気、勢いの全てを、八史は自身の力に変えていく。
「はいはいシャラァァァッップ! ……よしよーし、だいぶテンション上がって、良い感じに熱くなってきたじゃねぇの。そんじゃあ、行くぜお前ら。攻め込まれたら攻め返すのが俺たち『リライズ』の流儀だったな。アリかナシかなんて聞くまでねぇって事で良いなお前らッ⁉」
「相変わらず問答無用っすねやっさん……。まぁいつもの事なんでもう慣れましたが。でもOKっすよ。皆さんもそんな感じですし……じゃあ、いつも通りアレっすね。ぶち破りますか?」
「おうよ。分かってんじゃねぇのシゲ」
八史がスコップを振り上げる。チームの象徴、その意志を示すように。
「壁はぶち破る。俺らの前に立つ壁は全部。だからよ、このクソ退屈な島に風穴空けちまおうぜ」
こうして、島内最強と目される不良集団は、遂に動きだした。
彼らの退屈を破った『仕掛人』。復活したとされるチーム。その根城——A区画へ。
日下部八史を満たす敵は、今はまだ現れていない。
誰もいなくなった倉庫——八史の居た壇上には、対戦相手のいない筐体が電源をつけたまま静かに佇んでいた。
【三章 赤の再起】終




