2.3.2
彼がやっていたのは、『アンリアルサーガ』なる、『世紀のクソゲー』と称されるゲームだ。
ジャンルはコマンドバトル型のRPGで、魔王に支配されつつある世界を、聖剣を引き抜いた勇者が救っていくという王道的なストーリーなのだが—―。
調整ミスとしか思えない敵、セーブ機能なし、高頻度の文字化け、おまけに決まったルートを通らないと強制的に電源が落ちるというバグまであり、そもそも遊べないという致命的な欠陥があった。序盤の雑魚戦でレベルアップを図ろうにも、倒して先に進むと、ある地点で必ず電源が落ちる為、レベルアップもままならない。よって、初期ステータスのまま序盤の大ボスに挑まなければならないのだが、どうやってもクリア出来ないようになっていた。
しかし、クリアする為の突破口が一つだけあった。特定の戦闘で敗れて『GAME OVER』の文字が浮かび上がる前に電源を切ると、次にゲームを開始した時に、低確率で勇者のステータスが僅かに上がるというバグがあるのだ。
何千、何万、あるいはそれ以上に繰り返さなければならない途方もない作業なのだが—―。
日下部八史は、このバグを駆使して、『アンリアルサーガ』のクリアに臨んでいるのである。
そして、なんと実際に全5面あるうちの1面ステージを突破していた。
このゲームを始めたのは数年前で、始めた日から日課として、無心でバグ技を繰り返しており、同じ場所で死んでは電源を落とす作業を淡々とこなしている。今日もその最中だった。
しかし、流石に飽きてきたのか、ここ最近はあまり集中出来ていない。
「クソ退屈だぜ……全然熱くなれねぇ……クソぬりぃ……」
スコップを頭の後ろで組みながら倉庫内を見回す。
壁際には電源が入っていない筐体が並べられており、周囲には雑に机が置かれていた。チームメンバーは二十歳前後が大半で、それぞれがグループを作って談笑している。その中でも中央の一際大きな円状の机に最も人が集まっていた。
「いかんいかん。死ぬ。クソ死ぬぜ。このままだと退屈に殺されるっつー話だよ。アリかナシかで言うなら……いや、言うまでもねぇな。あー、もうなんでもいいから、なんか面白い事ねぇのか? よし、お前ら意見出せ。頼むぜ。ほら任せた!」
八史が円卓の者達に意見を求める。だが、当の彼らはというと、全く違う事に気が向いていた。
「あのさぁ、みんな……いい加減よぉ、嫌になってこないかコレ?」
「え? 別にそんな事ないよー? ラナすっごい楽しいけど! あ、次ラナの番だね。もーらいッ! ……ちぇ、また揃わなかった、残念だなぁ。……くぅ、もう! 次こそー!」
「ラナは何しても楽しそうだから良いけどよ……。あと、あぶねぇからヌンチャク振り回すのはやめような? ……で、話戻すんだけど、俺は飽きてきたんだよな。このジジ抜き」
「あん? 飽きたって何だ。お前は飽きるほどジジ抜きを極めたのかよ。俺の提案に文句でもあんのかオラ」
「あぁ、そうだよ文句しかねぇよクソォ! お前が言い出したから、こんな何十人でジジ抜きする事になってんだろうがよ。終わんねぇよこれ! 何だ? 今ジジは何なんだ⁉ 誰が持ってんの⁉もう何も分かんねぇ! 誰も分んねぇよオイ!」
「うっせぇなゴチャゴチャと。良いだろうが。どうせ暇なんだしよ。それにこの人数で、トランプでやれることって言ったら…………そりゃジジ抜きしかないだろ。もう決まりだろ」
「いや、もっとあんだろ! いきなりジジ抜きの発想にはならねぇよ。っつーか、それ以前にまずトランプから離れろよ。もっと別の事しようぜ! なぁ⁉」
「んな事言ったって、お前らが案出さないからこうなったんじゃん。仕方ないじゃん」
「そう言われるとそうなんだけど。でも、もう嫌だ……ここまで地獄だと思わなかったんだ……」
「まぁまぁ、アンタら言い合いはそこまでにしときな。こんな事で無駄にエネルギー使いたくないでしょ。あとね、正直アタシも飽きてきたから別の事するっていうのには賛成よ」
「ほら、ユッキー姐さんもこう言ってんだ。っつーわけでもうやめにするぞ。皆もう一度案出せ」
「なになに~また何か始めるの? 楽しい事? ラナもまぜて!」
「アンタには言ってないよ。一人でジジ抜きやってな」
「あ、姐さん……?」
「えぇ~、そんなイジワルしないでよー。ラナはユッキーともっと仲良くしたいのにな!」
「キィィこの雌猫! また可愛い子ぶって……アンタにユッキーって呼ばれる筋合いはないわよ!」
「姐さん、アンタも少し落ち着いてくれ……。まぁ、とりあえずアレだ。もう一度思いついた事を適当に言ってくとしようぜ。例えば、そうだな」
「まさかエロい事をしようってんじゃないだろうなッ!」
「うおっ、ビックリした。なんだよ横から急に」
「エロい事は断じて許さんぞ。考えた奴は……わかってるだろうな? 僕がこの拳で制裁を……」
「待て待て。お前が一番落ち着けって! ならねぇから! みんな考えてねぇから!」
「……そうか、ならいい。エロくない事なら僕は何でも構わんぞ」
「何なんだよお前は……」
円卓の囲んでいるリライズの面々に、八史の声は全く届いていなかった。




