1.1.5
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早朝 朝凪高校
朝凪高校は、グランミクスの支援によって、十年程前に設立された私立高校だ。
島内に幾つかある高校の中でも、朝凪高校の人気が一番高く、島外から入試に来る者は毎年一定数いる。人工島での学生生活に憧れを抱く若者は全国的に割と多いのだ。
偏差値は中の上といったところで、入試で求められる学力が高すぎるという事はない。加えて充実した補助制度や綺麗な学校設備など、総合的な評価が高い事が人気の理由になっていた。
「セーフ……。二学期初日から遅刻する訳いかないもんなぁ。間に合ってよかった」
森林公園から十分程かけて学校に着いた慎は、登校ギリギリの生徒らに混じり、校舎二階にある自分の教室1ーAに入る。
一学期と変わりない光景を目にする中、慎の目に留まったのは窓際最前席に座る女生徒だった。
成瀬律。慎の幼馴染で、今は何故か疎遠な関係になっている少女だ。学校での彼女はいつも孤立していて、慎の知る限りではクラスメイトどころか、誰とも交流がない。
今も自席に座って窓の外を眺めている。そうして一人でいる様子は別に珍しい事でもなかった。
なかったのだが――この日の彼女は、どこかいつもと違うように慎には見えていた。何かを悩んでいるように見える。傍から見れば普段と変わらないのだが、幼馴染として気にかけていたからこそ気付けたのかもしれない。
喜代の話によると、律は三十分も早く学校に登校していたらしいが、一学期の頃でもそこまで早かったことはない筈だった。
一体何を考えているのだろうか。そんな彼女を気に掛けながら、慎はそのまま自席へと向かう。
そして、席に座ろうとしたその時だった。律が突然こちらの方へ視線を向けてきた。
互いの目が一瞬だけ合う。そこで思わず顔を叛けてしまう慎だったが、暫くしてからもう一度見た時には、律はやはり何事もないように窓の外を眺めていた。
一体今のは何だったのか。彼女の様子が気になる中、慎はある事に気付いた。
もうホームルームが始まる時間だというのに、慎の隣の席には荷物が何もなかったのだ。
そこは前田という男子生徒の座席だった。人当たりが良く、クラスのムードメーカー的存在で、一学期中休んだことは一度もない。その前田がまだ来ていなかった。
律の事も含め色々と思う事はあるが、結局最後には『考えても仕方ない』という結論に至り、慎はそれ以上考える事をやめた。
それから直ぐにホームルームの予鈴が鳴り、生徒達が自分のクラスに戻って席に着く。
クラス担任を務める丸眼鏡の男性教師――春日井先生が教壇に立ち、ホームルームを始めた。
「久しぶりだなーみんな。夏休みは楽しかったかい?」
その先生の言葉に生徒たちは様々な反応を見せる。
「ハハハ、まぁ残念。しかし、今日からは二学期です。みんな心入れ替えて頑張っていきましょう! ……と、言った端からなんですが、まず最初に連絡事項が二つほど」
二学期初日ということで、何かしら学校連絡あるのは分かっていたが、どうやらそういったものではなさそうだ。
「さて、皆も気付いていると思うけど……席が一つ空いてるね」
それはクラス全体が気になっていた事だった。
結局、前田が登校することはなく、1―Aは彼の席だけが空席になっている。
「じゃあまずは残念な連絡から。……前田君ですが、実は夏休みの間に本島の方へ引っ越しが決まったようでね。急遽転校になりました」
その発言にクラス全体が静まり返る。あまりに話が唐突で、生徒たちは困惑の表情だった。
「急な話だったみたいでね。夏休み中に手続きを済ませました。みんなに別れの挨拶ができないのを残念がっていましたよ……。流石に急なことで私も驚いています」
春日井先生は淡々と事実だけを説明し、それが『クラスメイトが一人引っ越した』という現実を徐々に生徒たちに理解させていった。クラス全体がざわつき始める。
だが、そんな中でただ一人だけ――律だけは様子に変化がなく、ホームルームが始まってからも変わらず窓の外を眺めていた。
「まぁ、残念な話だが切り替えていこう。……と、この話はこのくらいにして、もう一つの連絡といこうか。実は……今日このクラスに新しく転校生がやってくるんだ! はい、拍手!」
なんとクラスから一人去ったその日に、新たな転校生がやってくるとの連絡だった。
またも急な話に困惑する生徒たち。どうにか場が盛り上がり、徐々にクラス全体が温まってきたところで、先生が廊下で待つ転校生に合図を送った。クラスの前の扉が開き、転校生が入ってくる。
クラス中の注目が集まる中、転校生は黒板に自分の名前を大きく書き殴り――その字の汚さに慎は見覚えを感じつつ、転校生はクラスを見渡して自己紹介を始めた。
「はじめまして、柳和馬って言います! 前まで舞識島に住んでました。知り合いも何人かいそうだな。そんで今回また帰ってきたわけなんですけど……とりあえずよろしくゥ‼」




