2.2.5
◇ ◇ ◇
十一時半 A区画某所
鉄火を追い出された誠一は、これからの事を考えながら路地裏を歩いていた。
あの爆発が自分を狙ったものなのかは分からないが、とりあえず身を潜めて様子を見る必要がある。それには、ある程度セキュリティがしっかりしている場が望ましい。
そうした寝床を持つ者に一日だけでも泊めさせて欲しいと思ったが、この条件を満たす誠一の知り合いは限られていた。その内の一人が悠介であり、こちらから断った事を少し後悔したが、全く面識のない彼の義妹を巻き込むのは気が引けた為、これで良かったと思いなおした。
逆に言えば、テツさんやマヒロといった自分の事を知る者なら別に良いだろうと考えていた。
鉄火はあの店の奥がそのままテツさんの家に繋がっているのだ。その為、店自体を大々的に攻撃してくる事は流石にないだろうと踏んで、一泊の懇願をしたのだが、結果はこの通りだった。
テツさんと悠介という期待の二柱が折れた。となると、残された手は一つしかなかった。
「仕方ない、こうなったら最終手段だな」
そう呟くと、誠一はスマホを取り出して、何者かの番号を打ち込んで電話を掛けた。この番号に掛けるは初めての事だ。そして、数コール音が鳴った後に声が聞こえた。女性の声だった。
『もしもし』
「お、出た、出てくれたよっしゃ! あのぉ……俺だよ俺! 白渡誠一ね。覚えてるよな? 実はちょっと今困っててさぁ、今日お前の家に泊めさせてくんない?」
『……は?』
急な電話に流石に困惑しているというよりは、怒り交じりの声色だった。
電話の向こうにいるミリアム・ハーネットは、明らかに機嫌が悪い。
「あー! ごめんなさいごめんなさい。そんな怒らないで。切らないで頼むから」
『いや、意味が分からないのだけど。いきなり何? 大体何で私の番号を知って……』
「前にエクスに聞いた」
『…………』
「……怒った?」
『怒る気も失せたわ。で、何の用って? こっちも今忙しくて暇じゃないのだけど』
「じゃあもっぺん言うわ。まぁ細かい事は省くんだけど、今日帰るとこがないんだよね。だから、お前の家に泊めて欲しいなぁって。ほら、お前結構良いとこに住んでるんでしょ。行っていい?」
『いい訳ないでしょ。大体帰るとこがないって何よ。貴方の問題に私を巻き込まないで』
「えー何で? 俺たちもう仲間じゃん? 友達じゃん? それにお前最近家に帰ってなくて、ずっと外泊してるんでしょ? 家が勿体ないし、良いじゃんちょっとくらい。このケチ!」
「酷い言い草ね。誰がケチよ。あと友達でもない。……というか、ちょっと待ちなさいよ。何で私が帰ってない事まで知ってるのよ」
「それもエクスに聞いた」
『…………』
「怒った?」
『何かにつけてエクスね……。……あぁ、鬱陶しい。もういいわ』
「え、何? 何か言った? あのぉ……ゴメン電波悪いんだけど」
『もういいって言ったの。話にならない。さっきも言ったけど私暇じゃないのよ。切るわ』
「え? いいの? 声途切れててよく聞こえねぇって。……何⁉ 行っていいの?」
だが、誠一の問いにミリアムが応える事はなかった。彼女の方から通話が切られる。
何か忙しそうな様子だったが、怒らせてしまっただろうか。しかし、今のやり取りで一応言質は取れたと思う事にした。誠一は通話の切れたスマホを見つめて、それを確かめる。
「さっき、いいって言ったよな……」
誠一は帽子を深く被り直し、目の前に広がる暗い道を、軽快な足取りで進んでいく。
「オイやべぇな。ピンチだよピンチ。どうしよ困ったなぁ!」
そう口にする彼の表情はどこか――いや、やはり楽しそうだった。
【二章 厄日開始(初日) 】終




