2.2.4
◇ ◇ ◇
一時間前
島の内側に近いC区画の住宅街。そこには、人工島完成初期からの古い建物が多くあった。
C区画の治安は、他区画に比べるとかなり悪い。中でもこの住宅街は訳アリの人間や、荒れくれ者が集まる事で有名だった。その治安の悪さから、一般人が居を持つ場としては敬遠されている。
そんな住宅街に建つボロアパートの一室に、白渡誠一は住んでいた。
ある友人の伝手で部屋を貸してもらえる事になり、この島に来てからの半年間はずっとそこで寝泊りしている。部屋は4畳半のワンルームだが、誠一としては特に窮屈に感じておらず、友人のお陰で諸々の手続きに自分の名前を出さずに済んでいた事もあって、総合的に優良物件と思っていた。
その部屋の床で、特に何も考えずにボーッと寝転がっていた時だった。
玄関のポストに何かが落とされた。ドンと鈍い音が聞こえた。何事かと思った誠一は、起き上がって玄関のドアを開ける。だが、そこには誰もおらず、辺りにも人影はなかった。
誠一はドアを閉めると、続けてポストの方に目をやった。そこには確かに何かがあった。
それは茶色い紙で包装された四角い箱だった。ポストにギリギリ入るくらいの大きさで、それ程大きいものではない。とりあえず取り出してみて、包装紙を破いた。出てきた箱は黒色で、中を開けれるような造りにはなっていなかった。
そして、特に奇妙だったのが、箱の正面にLEDディスプレイがある事だった。
その謎の箱を、正面、側面、背面と触って、一体これは何なのかと思っていた時——
突然、LEDディスプレイが赤く光り、次の瞬間『10』の数字が浮かび上がった。
その数字が『9』……『8』……と下がっている。突然、何かのカウントダウンが始まった。
なんだか良くわからないが、何かマズイ気がする。
誠一はその箱を部屋の中央に置いて、ドアの前まで距離をとった。
そして、カウントダウンが『0』になったその瞬間、黒い箱がパンっと破裂して、中から大量の鼠花火が飛び出してきた。その鼠花火たちが七色の閃光を放って、部屋の中を暴れまわる。激しい火花をまき散らしていた。部屋が七色に光輝く。
その光景を一瞬だけ見た誠一は、すぐに背後のドアを開けて部屋の外へと飛び出した。
◇ ◇ ◇
「っつー事があってさ。俺も正直訳が分かんねぇんだけど……とにかく今日帰るとこがなくてね。だからさ、あの……今日泊めてくれないかなぁと思ってて」
「出てけぇッ‼‼」
誠一の話が終わるや否や、テツさんは怒号を浴びせていた。隣で聞いていたマヒロも同じ気持ちだった。だが、このすぐ後に、テツさんの声は本気で懇願するように萎んだ。
「頼むから出てってくれぇ……。俺の店が危ない。俺を巻き込むな……店が飛んじまう……」
「いやいや、まだ分かんないよ? あの家って友人から借りてるとこなんだけど、そいつ色んな奴から恨み買ってるからさ。俺が狙われたとは限らないんだよね。だから安心して? ね?」
「安心できるかッ! そんな訳分かんねぇ事に俺の店を巻き込むんじゃねぇよ!」
「えー、いいじゃんかちょっとくらい! 困った時はお互い様でしょ。このケチ!」
「うるせぇ! 誰がケチだ。今ここでテメェをぶっ飛ばすぞ!」
誠一とテツさんが言い争っている横で、マヒロはというと、巻き込まれないように距離をとって、店内の掃除を黙々とこなしていた。店内は異様な熱を帯びている。そんな時に店の入り口が開いた。
「こんちゃーす。あー腹減ったぁ……。テツさんなんか適当に作ってー」
入り口に立っていたのは店の常連——桜井悠介だった。青い半纏が、テツさんたちの目に入る。
そして、悠介が店内に一歩足を踏み入れたとこで、テツさんがここぞとばかりに大声を出す。
「よし、来たな悠介! 良いタイミングだ! この馬鹿を連れて出てっくれぇ!」
「ふざけんなよッ、またかよッ!」
一ヶ月前にも似たようなやり取りがあったと悠介は思い出し、軽いデジャヴが脳裏を過った。
「何? 何なの今日は? 俺の居場所はどこ? どこにあるの……?」
虚空を見上げて一人でブツブツ呟いている悠介。そんな彼を見て誠一が、「そうだ、コイツが居るじゃん!」と手を合わせ、勢いよく立ちあがった。期待の眼差しが悠介に向けられる。
「……あ? 何の話?」
「いや、あのね、俺の家ぶっ飛んで今日帰るとこないから、お前の家に泊めてくれないかなって」
「だから何の話だよッ⁉」
「お前確か結構良いとこ住んでるんでしょ? セキュリティしっかりしてそうだし、ちょっと匿ってくれない? この通り頼むッ!」
「いや、そう言われても……今鍵なくて帰れないし。俺も家追い出されてるから……」
「お前もお前で何やったんだよ」
「何もやってない筈なんだけど……いや違うな、何もやってなかったからこうなったというか……」
悠介の表情は話せば話すほど暗くなっていく。何でこんな事になってしまったのか。今朝から色々な事が起きているがロクな目に遭っていない。
「あと、俺の妹が了承するかどうか分からねぇし。アイツに聞いてみないと」
「え、お前妹いるの?」
「あれ言ってなかったっけ?」
悠介がスマホを取り出して、一枚の写真を見せた。高校の入学式で母親と娘が一緒に映っている写真だった。悠介が「これ」と言って制服姿の少女を指差す。
「は⁉ めっちゃ可愛いじゃんッ! え? 何これ?」
「何と言われても、妹としか……」
信じられないものを見る目で、誠一は写真を見ていた。
「隣に映ってる人もすげー美人だし……っつーか、俺何度かテレビで見た事ある気が」
「俺の親父が再婚したんだ。母は芸能人で、妹は普通に高校生ね。だから血は繋がってない」
「は? 何そのラノベ主人公みたいな設定。……じゃあ何か? こんな可愛い子が義理の妹で、毎日世話焼いてもらってるのお前?」
「まぁ、ご飯作ってもらったり、洗濯してもらったりとか、色々と……」
誠一が肩を落として、じめっとした目を向ける。そこにはさっきまでの期待感はもうなかった。
「お前って実は嫌な奴だったんだな。なんか泊まったら負けな気がするからやっぱやめるわ」
「何だその理由ッ⁉」
泊めると色々面倒な事になりそうだったので、それは別にいいのだが、どこか釈然としない。思えば、今朝からずっと、家族関係の事で悩まされている気がした。
「うるせぇぞ誠一ィ! いつまでそこに突っ立てる気だ! とっとと出てけっつったろうが!」
「うわ、ひでぇテツさん。そんな邪険にしなくてもいいのに」
「嫌だったら、綺麗な身体になってから来い」
「俺の髪の毛はこんなに真っ白ですって事でさ、これじゃダメ?」
「訳わかんねぇ事言ってんじゃねえぞテメェ」
テツさんの圧に屈した誠一は仕方ないといった様子で漫画の紙袋を持ちあげた。最後に「まだこれ暫く借りてくわ」とだけ悠介に言い残し、誠一はトボトボと店の外へ出て行った。
誠一はこれからどうするつもりなのか。店内にいる者たちは一瞬だけそれを考えたが、すぐにそれも気にしなくなった。皆、他人に気を回せるほど暇でもなければ、心に余裕もなかった。
ようやく嵐が去った。店内の状況を俯瞰していたマヒロは内心で呟いた。




