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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.2 二章 厄日開始(初日)
85/95

2.2.2

 ◇   ◇   ◇

 九時 舞識島A区画


「あー、どうしよ……」


 外に放り出されて三十分。悠介は相変わらず渋い表情だった

 帰ろうにも鍵がないので帰れず、仕事は現在休止中の為、特にやる事もない。一体何の為に外にいるのかという話だが、こうなっては仕方ないので、何とか時間を潰す方法を考え始める。

 一先ず、今後を考えるにあたって、改めて所持品を確認することにした。ポケットに入っているのはスマホと財布だけ。それ以外だと、ベルトに装着している木刀しかない。財布の中身は三千円程だった。一日暇を潰す分にはギリギリ何とかなりそうな金額と言える。ちなみに、この金額以上に悠介が自由に使える金はなかった。スマホの電子マネーの残高は殆どない。一応、彼の口座に金があるにはあるのだが、出来れば手を付けたくない想いがある。

 そうした現状を踏まえ、暇を潰すのに最適な場所となると、真っ先に思いつくのはC区画だった。

 歓楽街の色が強いC区画は、とにかく遊べる場所が多い。アミューズメント施設が多くある為、C区画に居れば、夜まで時間を潰す事は出来そうに思えた。だが—―


「いや、でもなぁ。Cには行きたくねぇんだよなぁ……」


 悠介はそう呟くと、これまでの考えを全てリセットした。

 それから一度溜息吐いて、ふと立ち止まって辺りを見回した。彼が今いるのはA区画の『雑貨通り』と呼ばれる場所だった。それほど広くはない道の両脇で、文具店、玩具屋、駄菓子屋、古本屋などのこじんまりした店がまばらに並んでいる通りである。通行人は殆どいない。

 考え事をしてぼんやり歩いていた為、悠介は自分がこの通りに入っている事に気付かなかった。


「あ、ヤベッ」


 悠介がそう口にした直後だった。彼の嫌な予感に応えるように、背後からある男の声が響いた。


「キエエェェェェ‼」


 突然聞こえたのは妙な叫び声。その奇声に振り返ると、通り過ぎた玩具屋の店内から老爺が勢いよく飛び出しきており、悠介の方に駆けてきていた。髪が薄く、腹巻をした老爺だった。

 その老爺の手には得体の知れない真っ赤に光り輝く棒が握られている。老爺はそれを片手に、悠介に飛びかかった。


「くらえぇぇ! 隙アリぃぃ!」

「ぬおぉァ⁉」


 悠介は咄嗟に木刀を抜き、老爺が振りかざした棒を受け止める。老爺の動きは、その見た目からは想像できない程の身軽さだった。道の真ん中で、木刀と謎の棒による鍔迫り合いが起きている。


「こんのぉ、相変わらずしぶとい奴じゃのぉ!」

「コノヤローまたかよ! 何しやがるクソじじぃ!」


 受け止めた感触的に、その棒は金属で出来ているのが分かった。一撃が妙に重い。棒は依然として赤く光っており、近くで見ると一層眩しい。ペンライトを長くしたような形をしている。


「いつもいつもいきなり襲ってきやがって。っつーか今度は何だ。何だよこの武器はッ⁉」

「フッ……よくぞ訊いてくれたわ。これぞ、桜井家の男を葬り去る為に開発したワシの新兵器よ! まぁ、ちょいとその辺にあった玩具を魔改造したもんじゃ」

「余計な事してんじゃねぇ!」


 この老爺の名は、八代甚平(やしろじんぺい)。玩具屋『八代玩具(やしろがんぐ)』の店主をしている男である。

 八代は詩織の母をデビュー当時から応援している熱烈なファンだった。そのため、運良く彼女と結婚するに至った、悠介の父の事を恨んでいた。詩織の母には結婚歴が二回あり、八代は二度死に掛けた事がある。最終的には、本人の幸せを応援しようとこの現実を受け止めてはいるものの、それはそれとして、悠介の父に殺されかけた事には変わりないと思っていた。

 そして、その恨みは、彼女の息子になり、詩織と兄妹にまでなった悠介に対しても同様だった。

悠介からすればとばっちりもいいとこなのだが、八代はこの恨みを晴らすべく店で仕入れた様々なアイテムを改造しては、悠介を見つける度に襲い掛かっている。今が正にその時だった。


「桜井家の男、滅殺すべし。それが我が家の家訓じゃ。覚悟せい!」

「知らねーよ! 何だそのピンポイントな家訓はッ」

「黙れい! 今日という今日は決着をつけるぞッ。息子になるだけに飽き足らず、詩織ちゃんの兄にまでなりおって。そんな……くぅ羨ましいぃぃ! くそっ、ワシと変われ! そして死ねい!」

「それが本音なんじゃねーか! 歳を考えろクソじじぃ!」


 縦に横に繰り出される八代の攻撃。その激しい攻めを、悠介は木刀でいなしていく。

 老人と思って油断してると確実にやられると思うくらいには、余裕がなかった。


「恨むなら親父を恨むんじゃなぁ!」


 八代が悠介に再び飛び掛かる。振りかざされた棒を後方に下がって回避した悠介を、八代が更に追撃しようとする。そうして地面に着地した、その時だった。

 八代の動きが突然止まった。両膝をついてその場から動けなくっている。


「ぐぅ……あがっ……こ、腰が……」


 どうやら身体の無理が祟ったらしい。あれだけ飛んだり跳ねたりしていたのだから無理もない。


「お、おい大丈夫かよ。……マジで何しに出てきたんだ……」


 完全に八代の自業自得だが、このまま放っておくのも気分が悪い。悠介は深い溜息を吐くと、八代の方に寄って、仕方なく背を貸した。そのまま八代を玩具屋の方まで運んでいく。

『八代玩具』は、一軒家のような小さい玩具屋だった。店の開閉はシャッターで行うタイプで、外から店内の様子が良くわかる。従業員は八代以外おらず、彼一人で切り盛りしていた。

 その店内の入り口付近に置いてあったパイプ椅子に、八代を座らせた。

 幸いにしてぎっくり腰ではなかったが、それでも少しは痛めているので、暫くは動けそうにない。


「今日のところはこの辺で勘弁してやるわい……運が良かったのぉ……」

「こんだけ醜態晒しといて良く言えるな。どんだけ強気だよ。……まぁ、そんだけ元気がありゃ大丈夫そうだな。これに懲りたらもう襲ってくんじゃねぇぞ。んじゃ俺はこれで」


 悠介が踵を返し、そのままこの場を去ろうとする。その時、八代が悠介の半纏を掴んだ。


「ちょっと待て」

「あ? 何だよ? まだ何かあんのか」

「ある。コイツを持っていけ」


 そう言うと、八代は先ほどまで持っていた棒の武器を悠介に渡した。ただし、その棒はもう光ってはおらず、刀身がない。刀の柄だけのような有様になっていた。


「フォトンブレードじゃ」

「は? フォトン……なんて?」


 八代が「あれを見ろ」と言って、悠介の背後で並ぶ玩具を指差した。


『光る! 伸びる! 楽しく遊べる! これでキミも光の剣士だ! フォトンブレード』


 何かのアクション作品のイラストと一緒にそんな事が書いてある。フォトンブレードと名のついた剣の玩具が箱詰めされて並んでいた。対象年齢は十歳からとなっていて、持ち手部分にあるボタンを押すとプラスチックの刀身が伸びる玩具だった。刀身はまた別のボタンを押すと色がついて発光するようになっているらしい。だから『フォトンブレード』なのだそうだ。


「それをもとに改造したのがコイツじゃ。まずはそのボタンを押してみぃ。そう、白いボタンじゃ」


 八代に言われたと通りに、柄の真ん中にある白いボタンを押してみる。

 すると、持ち手の先端から勢いよく銀色の刀身が伸びた。この状態のフォトンブレードは警棒のような形をしていて、悠介の木刀と同じくらいの長さがある。腕くらいの長さだった。


「お、おおぉぉ……」

「刀身の材質を特殊合金に変えた。大きい変化点はそのくらいじゃが、全体的に頑丈な造りにしてある。簡単には壊れないぞい。じゃあ次は、柄の底にあるボタンを押してみぃ」


 言われた通りにしてみると、今度は刀身が赤く発光した。続けてボタンを押すと、青、黄、緑、紫と計五種類の色に変化した。紫の次にもう一度ボタンを押すと発光が消えた。


「もう一度白いボタンを押すと刀身が縮んで柄だけになる。まぁ持ち運ぶときはこの状態じゃな。簡単な改造に思えたが、今回は結構手間取ったわい」

「その才能をもっと別の事に活かせよ。凄いとは思うけど……でも、俺要らねぇんだけどコレ」

「まぁ、そう言うな。得物のせいで負けたと言われたら癪じゃからな。ワシと同じ武器を持たせて、対等な条件で次こそ仕留めてやるわい」

「全然懲りてねぇな……」


 その後も八代は、断り続ける悠介にフォトンブレードを押し付けた。八代はしつこく、このやり取りが次第に面倒くさくなってきた悠介は、仕方なく受け取る事にした。


「ところでお前さん、また何か変な悪巧みでもしとるんか?」


 パイプ椅子に座って煙草で一服する八代が、突然妙な事を口にした。


「あ? 何の話?」

「なんじゃ違うのか? ……ふむ。じゃあ、アレは奴が一人で動いてるってことかの……」

「いや、だから何の話だよ」


 勝手に話を始めて、勝手に納得している八代。悠介は何の事だか全く分かっていない。


「本当に知らんのか。実はのぉ、この前、久しぶりに幹弥(みきや)の小僧が店に来たんじゃが」


 幹弥。その名前が出た時、悠介の目が見開かれた。面倒くさがりの彼にしては珍しい反応だった。


「え、それっていつ?」

「三日くらい前じゃ。店にあった家庭用の花火を大量に買い込んでいったわ。相変わらずじゃな」

「……ふーん」


 悠介はそれ以上は聞かずに、八代に軽い挨拶を交わして玩具屋を後にした。

 通りを歩きながら悠介はまた一人考え事を始める。だが、それは八代に遭う前にしていた、今日の予定の事ではなかった。先ほどの会話で何か思う事があるのか。悠介は小さく呟いた。


「アイツ帰ってきてんのか」


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