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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.2 二章 厄日開始(初日)
84/95

2.2.1

【二章 厄日開始(初日) 】

 九月二十六日 七時 舞識島A区画


 平日の早朝。A区画の住宅街に建つとあるマンション。

 そこは八階建てで、一戸が4LDK、更には舞識島全体で見てもかなりのセキュリティを誇る物件であった。建物の高さはそれなりだが、一階あたりに二戸の造りである為、それ程大きいマンションというわけではない。そのマンションの六階に位置するとある一室でのこと。


 桜井悠介(さくらいゆうすけ)は自室のベッドで爆睡していた。布団の中でくの字に丸まり、大きないびきをかいている。そんな睡眠中の悠介の右手には、何故か木刀が握られていた。

 それは悠介がいつも肌身離さず持ち歩いている木刀だった。それを大事そうに握っており、安心した表情で気持ちよさそうに眠っている。今、木刀は彼の安眠グッズと化していた。

 時計の針が朝の七時を回る。悠介の部屋のドアを何者かがノックした。

 悠介の耳には当然届いていない。その何者かは返事がない事を確認すると、特に断りものなく勝手に部屋の中へと入った。そして、ベッドの前に立ち、悠介を見下ろした。


「兄さん、朝です。起きなさい」


 そう言っているのは、長い髪を大きなリボンで後ろに結んでいる少女だった。A区画の私立高校——朝凪(あさなぎ)高等学校の制服を纏っている。その身だしなみは一切乱れておらず、見るからに優等生という感じで清楚な雰囲気があった。可愛いというよりは、綺麗寄りである。

その少女の言葉に悠介が唸り声で応えた。


「……あん? ……嫌だぁ……」

「嫌だじゃないでしょ。今日という今日は許さないよ。いいから起きなさぁーい!」


 そう言うと、少女は悠介から布団をひっぺ返し、カーテンを一気に全開にした。窓から朝陽が差し込み、悠介の顔面に容赦なく直撃する。


「ぬおぉぉぉ!! 目が、目がァァァー!!」


 突然視界が真っ白になる。悠介は両手で顔面を覆い、ベッドの上で悶え苦しんだ。


「……俺の安眠がぁ……。おいコノヤロー、何してくれてんだよ詩織(しおり)!」

「そんな風に怒鳴ってもちっとも怖くないから。兄さん、ここ最近ずっと起きるの遅いでしょ。一日二日なら考えるけど、そろそろ規則正しい生活に戻さないと」

「別にいいんだって。今、便利屋の仕事ないし。ほっとけ」

「ダメです。それでも起きなさい」


 妹によって無理やり叩き起こされた悠介は、渋々彼女の言葉に従った。洗面台で顔を洗ってからリビングに入ると、食卓には朝食の用意があった。ご飯とみそ汁を主食に、サラダと焼いた鮭の切り身が皿に盛りつけてある。悠介の好きなモノが並んでいた。


「眠気ぶっ殺されたんだけど。目ん玉バチバチだわチクショー。もう二度寝出来ねぇ……」

「それは良かった。今度からこれで起こそうかな」

「いや、マジでやめて。安心して寝かせろよ」

「もうそんな文句ばっか言ってないでさ。それよりも早く席についてよ。食べよ」


 妹に促されて食卓につく悠介は、微妙な表情のまま彼女と一緒に手を合わせる。だが、その曇り顔も一瞬だった。食事を口にしてすぐに悠介の顔は満足そうなものになっていく。それを見ている妹もまた満足気な表情で、朝から一仕事終えた達成感を抱いていた。


 桜井詩織(さくらいしおり)。それが悠介の妹であるこの少女の名である。

 朝凪高校の二年生。学校では生徒会に所属し、副会長を務めている。容姿端麗、成績優秀と非の打ちどころのない優等生として学校では有名人だった。性格は穏やかで優しく、その人柄の良さから多くの人望を集め、おまけに家事全般を難なくこなせる家庭的な面も持ち合わせているという事で男子からの人気が高い。まさに完全無欠なハイスペック女子高校生だった。


 悠介とは何もかも対照的な為、彼らを良く知る者には、ダメな兄としっかり者の妹として見られている。ただ、似ていないのはそうした内面的な部分だけではなかった。

 二人が朝食をとっているリビングでは、テレビから朝のニュース番組が流れていた。ニュースからCMに移り、悠介の視線がテレビに向く。流れているのは女性向けシャンプーのCMで、広告塔として起用されているのはとある大物の女性俳優だった。


「お、また新しいCMだ。かあさんは相変わらず忙しそうだな」

「うん。最近は月に一回帰ってくるかこないかって感じだしね。でも、本人は結構楽しくやってるみたいだよ。この前電話で話した感じだと元気そうだったし」

「流石は大女優ってとこか。まぁ、あまり無理はしないでほしいけど」


 桜井悠介と桜井詩織は、血の繋がった実の兄妹ではない。

 詩織の母と悠介の父が再婚した事によって家族になった――所謂、義理の兄妹である。


 詩織の母は、国内外で知られる有名な大物女優。一方、悠介の父は刑事だった。二人とも多忙な日々を送っており、特に父の方は本州の方で単身活動中のため、滅多に会う事がない。

 この二人が結婚したのが、今から八年前の事になる。きっかけは、詩織の母が過激なファンに路上で襲われていたところを、悠介の父が助けた事だった。夜間、悠介の父が、帰りの途中で偶々その現場に遭遇し、流れで暴漢を撃退。そのまま現行犯で逮捕したのだ。

 完全に偶然だったが、この一件がきっかけで、詩織の母が、悠介の父に一目惚れしてしまう。

 そこからは早かった。個人間の繋がりがあっという間に出来て、二人はみるみる良好な関係を築いていった。そして、例の事件のおよそ一年後に結婚。

 こうして、互いの連れ子であった悠介と詩織は、義理の兄妹になったのである。


「そろそろ家出るよ。ほら、兄さんも早く準備して!」


 朝食を済ませた後、詩織は悠介に着替えをするよう急かした。どうやら一緒に家を出るつもりでいるらしい。詩織は学校行きの準備をとうの昔に済ませており、玄関に荷物をまとめていた。

 悠介は仕方なく自室で着替えを済ませ、いつも通りにシャツの上から無地の青い半纏を着た姿で出てくる。その彼の背を無理やり押して、詩織が玄関先まで連れていった。


「分かった、分かったから押すなって。っつか、はえーよ。今何時だと思ってんだ」

「世間ではこれが普通なんです。それに私、生徒会役員だし。模範生で通ってるし」

「だからって俺も付き合う必要ねぇだろ。仕事ないんだぞ。外に出て何すんだよ俺は」

「そんなの知りません。また家で一日中グータラするよりはマシだよ。家でダラダラするの今日は禁止。許さないからね」

「許されないの……」


 今日の詩織は中々に強気だった。こうなった時の彼女に逆らうと、後が怖い事を悠介は知っている。具体的には、三食抜きにするくらいの事は平気でやってくる。それは流石に勘弁してほしいところだったので、悠介は嫌々ながらも詩織と一緒に家を出る事にした。

 家を出てからエレベーターに乗って、二人はマンションの入り口までやってくる。この間、詩織は悠介の手を引っ張っており、どうやっても逃げれない状況を作っていた。

 そうしてマンションを出てから住宅街を歩き、学校行きのT字路に差し掛かった時だった。


「あ、そういえば俺、鍵持って出てきたっけ……」


 悠介が立ち止まってポケットを確認する。だが、そこには財布とスマホしかない事に気付いた。


「あー、ゴメン忘れたみたいだ。ちょっと取りに戻って来るわ。詩織、鍵くれ」


 悠介が先を歩く詩織に声を掛ける。すると、詩織は振り返り、笑顔で応えた。


「いや、それなら問題ないよ」

「は?」

「だって、兄さんの鍵ならここにあるから」


 そう言うと、詩織は悠介がいつも持っているマンションの鍵をポケットから取り出した。


「兄さんは今日一日外で過ごすように。あ、夜になったら帰ってきていいよ。まぁチャイム鳴っても私が気付いてなかったら家に入れないけど。それじゃあ私、学校行くから。じゃあね」


 その言葉を最後に詩織はT字路を右に曲がって悠介と別れた。その足取りはいつもよりもどこか軽快に見える。彼女の発言に途中から固まっていた悠介は、その後ろ姿を見ながら呟いた。


「鬼かよアイツ」


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