2.1.6
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九月二十六日 二十三時 日本本土 天宮家屋敷
天宮家の使用人たちが華恋の居場所を突き止めたのは、その日の晩だった。
結局、調査には丸一日を要したのだが、天宮家のコネクションをフルに活用した事で、華恋の足取りを掴むことには成功した。どうやらこの街を出てから東京の港に行ったようで、そこからフェリーに乗っているらしい。フェリーの行先は舞識島だった。
執事長室で、その調査資料に目を通していた名張は、一人で考えに更けていた。
舞識島。グランミクスが所有する人工島。あの島は普通に過ごす分には何の問題もなく、表向きは平穏そのものに見える。だが、その裏には様々な厄介事が潜んでおり、権力者たちの間ではいわくつきの島として有名だった。その権力者たちの中でも、特に発言権を持っている者——つまり、多額の援助を行っている者は、あの島に潜む『ある組織』の事を知っている。
ナジロ機関。島内のあらゆる情報を操作・隠蔽する能力を持ち、犯罪等を未然に防ぐ事を目的とした――舞識島を支配しているもう一つの組織である。グランミクスを創設したハーネット家の手によって作られた特務機関であり、その存在を知っているのは、極僅かな者しかいない。
その極僅かな者の中に、アマミヤグループが含まれていた。
企業として援助を行っている為、この事を知っているのは、グループの幹部の座に就く者達と、天宮家に関係が深い執事長である名亮冶、そして一人娘である天宮華恋だけだった。
そうした背景がある中で、華恋の行先が舞識島だと知った名張は、今回の彼女の行動には何か理由があるのではないかと考えずにはいられなかった。
ナジロ機関の目的は、『犯罪等を未然に防ぐ事』となっている。だが、その裏にはもう一つ別の目的もあるという噂もある。舞識島の重要な秘密に関する事らしく、もしかしたら当主は知っているのかもしれないが、少なくとも名張は知らなかった。
華恋はどうなのだろうか。名張は考えた。家出を決行するにあたり、舞識島を選んだのはただの偶然なのか。それとも何か別の目的があっての事なのだろうか。
いずれにしても、彼女を連れ戻さなければならない。今日はもう遅い為、明日からの行動予定や、どうやって連れ戻そうかといった事を名張は脳内でまとめていた。
それにしても、華恋がここまで家出するようになるとは意外だった。少なくとも、三年前までの引き籠っていた彼女からは考えられない事だった。
彼女をそうまでさせるものとは一体何だろうか。名張は、華恋が初めて家出を行った夜を思い出していた。おそらくあの夜に何かがあったのだ。彼女に転機をもたらした何かが。
名張は執事長の机に置いてある一冊の少女漫画を見た。それは華恋の私室で、机の上に置かれていた一冊だった。思えば、華恋が少女漫画を読み始めるようになったのも、あれからだった。
名張はその漫画を手に取った。ストーリーとしては、主人公の女の子が、憧れの男の子に認めてもらう為に、自分のダメなところを変えようと奮闘するといった学園モノの話だった。
名張はその漫画のページを幾らか捲る中で、主人公のある台詞が目に入った。
『私は、私に誇れる私になってみせますッ!』
名張は舞識島にいる華恋を想い、夜空を見つめていた。
【一章 少女漫画のように 】終




