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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.2 一章 少女漫画のように
82/94

2.1.5

「舞識島観光局?」

「はい。主に舞識島での観光面に関するご案内やマネジメント等をやらせていただいています」

「観光面に関するご案内」

「解りやすいところだと、インフォメーションセンターの運営とかですね」

「インフォメーションセンターの運営」


 ミリアムの言葉を壊れたおもちゃのように復唱する。華恋の目はまだ名刺に向いたままだった。


「仕事で丁度通りかかったところにお二人の姿をお見掛けしまして。道に迷っている様子でしたので、声を掛けさせて頂きました。何かお困り事であれば、私が力になりますよ」


 ミリアムがそう言った次の瞬間、華恋がパッと顔を上げて、彼女の両手を握りしめていた。


「ありがとうございます! 助かりました。いや、もう本当、正直大ピンチだったんです!」

「え」


 ミリアムの手が上下にブンブン振られる。その勢いにミリアムは困惑の表情を浮かべていた。

 対して、感謝を口にする華恋の瞳は若干潤んでいた。その様子から『ピンチだった』という言葉の重みが伝わってくる。どうやら先ほどまでの威勢の良さは強がりのようだった。


「やりました、やりましたよ静江さん! これでもう安心です。あぁ、本当に助かった~」

「そうかいそうかい。それは良かったねぇ華恋ちゃん」


 静江の悩みから始まった筈だが、一番喜んでいたのは華恋だった。傍から見れば、華恋が静江の厄介になっているようにしか見えない。ある意味間違ってはいないのだが。

 一先ず、ミリアムは詳しい事情を二人に尋ねた。華恋が要点をまとめてミリアムに説明する。


「……という訳で、私たちA区画まで行きたくて」

「あぁ、それでしたら少し歩きますけど、向こう側にA区画行きのバス停がありますよ」

「バス停! それです! それをずっと探してたんですよ。さっきからこの辺をぐるぐる歩き回ってるのに、全然景色が変わらないし、もう何が何やら分からなくて……」

「確かにこの辺りは入り組んだ道が多いですからね。初めてなら仕方ないですよ。ところで、A区画にはどういったご用件で—―」


 ミリアムがそこまで言った時だった。彼女の懐からベルが鳴った。


「すみません、少し失礼します」

「あ、いえいえ。どうぞお構いなく」


 どうやらスマホに着信が入ったようだ。ミリアムは一言断ると、華恋たちに背を向けて少し距離を置いた。その後、通話ボタンを押してスマホを耳に押し当てた。

 なんだろう、仕事の話だろうか。見るからに仕事が出来そうな人だから、やっぱり忙しいんだろうなぁ、などと華恋は色々と思いながらミリアムの背を見ていた。のだが—―


「……は?」


 それまでの穏やかだった雰囲気からは想像もできない。ミリアムから怒りの籠った声が聞こえた。


「ちょっと待ちなさいよ。いきなり何? ……。いや、良い訳ないでしょ。大体何で私の番号を知って……。誰が友達よ。…………。良い? こっちも暇じゃないの。私今取り込み中で」


 会話の内容から仕事関係でないのは分かったが、聞こえてくる声で並々ならない状況である事が伝わってくる。その証拠に、ミリアムの言葉遣いが少し荒っぽいものになっていた。もしかするとこれが彼女の素なのかもしれないと華恋は思った。それから暫くして通話が終わり、ミリアムが華恋たちのもとに戻ってきた。彼女の表情は通話を始める前と変わりなかった。


「お待たせしました」

「あ、いえ、それは良いんですけど……。その、グレイスさんは大丈夫ですか?」

「ん? 大丈夫とは?」

「いや、さっきの電話……。もしかして、何か大事な用事があるんじゃ」


 詳しい内容は分からないが、ミリアムの変化を思うと、仕事でないにしても何か余程の事があったのではないかと華恋は考えていた。ミリアムはその心中を察し、優しい表情で応えた。


「あれですか……見苦しいところを見せてしまいましたね。すみません。でも、大丈夫ですよ。あれは用事とかではなくて……まぁ、悪戯電話みたいなものだったので」

「そ、そうですか。それなら良いんですけど」


 問題がなかった事はないと思うのだが、本人が気にするなと言うなら他人が心配しても仕方ない。

 華恋はそれ以上気にする事はなかった。その後、ミリアムが電話前にしていた話に話題を戻した。


「それでさっきの話の続きなんですが、お二人はどういったご用でA区画に?」

「先ほども説明しましたけど、私はただの付き添いなんです。静江さんがあるお店まで行こうとしていて、その道案内していたところなんですが……えぇっと、何て言うお店でしたっけ」

「『すずのね』。『すずのね』って喫茶店よ」


 その店名が出た時、ミリアムの表情に変化があった。優しかった目つきがほんの少しだけ鋭くなった。だが、一瞬の事だったので、その微妙な表情の変化に他の者は気付かなかった。


「あぁ、あのお店ですね」

「あれ? もしかしてご存知なんですか?」

「観光局勤めなので、島内の事は大体把握してるんです。それに、そのお店はA区画では人気で、有名なんですよ。私も知っているお店なので、せっかくですし一緒にご案内しましょう」


 まさか目的の店を知っている人に出会えるとは。華恋と静江はこの幸運に大いに喜んだ。

 そんな彼女たち前で、ミリアムは笑顔を崩さなかった。


「実は最近用事で行ったばかりでして。私も好きな喫茶店なんですよ」


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