2.1.4
◇ ◇ ◇
十一時 舞識島B区画
「こ、困りました……」
華恋が老婆と一緒にA区画へ向かう提案をしてから三十分以上が経っていた。
華恋が名前を告げた後、老婆も自らを日野静江と名乗った。お互いの自己紹介を終えたところで、とりあえず目に見える道をそのまま進んでいたのだが……今は華恋の額には冷や汗が流れている。
「この街はどうなってるんですか⁉ さっきも似たような道を通りましたよッ⁉」
状況は悪化していた。右に曲がり、左に曲がり、時には引き返したりしていた事で方向感覚が麻痺していた。おまけに慣れない土地という事もあって現在地がどこかも分かっていない。
お任せ下さいと言っていた威勢はどこへいったのか。もう完全に道に迷っている。
「やっぱり引き籠ってばかりだった私には荷が重かったのでしょうか……。すみません、静江さん。私のせいでこんな事に」
彼女たちが今居るのは、B区画の住宅街だった。道の両脇には一軒家が並び、近くには背の高いマンションが見える。車の通りも殆どない狭い道で、通行人の姿も殆どなかった。
「まぁまぁ、そう言わないで華恋ちゃん。あ、丁度いいところにベンチがあるわ。ちょっとそこで休んでいきましょうか」
静江は通りの先に見える小さい公園のベンチを指差した。華恋は力なく「はい」と応える。二人はそのまま公園のベンチに腰掛けた。木々が作る日陰の下で、華恋は俯いたまま口を開いた。
「私のお節介のせいで、静江さんにご迷惑を……。一体何とお詫びをすれば」
「そう落ち込まないで。華恋ちゃんがいなかったら私なんて動き出せてもいなかったんだから。気持ちはとても嬉しかったよ。だから元気出して。あ、そうだわ。こんなモノしかないんだけどね。ほら、のど飴よ。これでも舐めて元気出しましょう」
「うぅ、静江さん優しい……貰います」
華恋は静江から飴を一つ受け取って、口に入れる。レモンの味がするのど飴だった。
「飴玉美味しいですぅ……」
涙目になりながら情けない声を出す華恋だったが、少しは元気を取り戻したようだった。
ただ、静江の励ましを受けている彼女に、出会った時の貫禄はもうなかった。
飴が完全に溶けきった後、華恋はベンチから立ち上がると、静江の方に向き直って力強く言った。
「ここまでダメダメなところをお見せしましたが、もう大丈夫ですよ! 安心して下さい。少女漫画ならこういう時、主人公は諦めないのですから。私の好きな漫画はそうでした。だから私もめげずに、必ずや静江さんを目的地までお連れしてみせますッ!」
さっきまでの元気のなさが嘘のようだったが、華恋の言葉にもう説得力は微塵もなかった。
静江はそれを分かっているのかいないのか、「うん、元気な事が一番だね」としか言っていない。
そうして二人が再び動きだそうとしていたその時だった。華恋たちの背後から、「あの」と女性の声が掛けられる。声のした方へ振り向くと、こちらに近づいてくる女性の姿があった。
銀色に髪を染め、青い瞳を持った、華恋と歳の近そうな若い女性だ。その特徴と顔立ちからして日本人ではない。服装は黒のスカートスーツに白のワイシャツ、その上に水色のカーディガンを羽織っている。落ち着いた雰囲気があって、華恋とは違った魅力を持つ美しい女性だった。
その女性が二人の前までやって来る。突然の事に華恋は一瞬戸惑ったが、相手が外国人と見て、とりあえず英語で返事をした。『何かご用ですか?』という意味の事を滑らかな発音で口にする。
それに対し、銀髪の女性は「日本語で大丈夫ですよ」と流暢な日本語で応えた。
「あ、これはご丁寧にどうも。えっと、それで私たちに何か……」
「いえ、特に用という事はないんですが、何かとてもお困りのご様子でしたので」
「えっ⁉ な、何で分かるんですか⁉」
「いや、それはまぁ……」
あれだけ大声で『諦めない』『目的地』『お連れする』などの言葉が聞こえれば、事情を知らない通りがかりでも大体の状況は分かる。
華恋が静江に手を差し伸べたのと同じように、この女性も親切で声を掛けてくれたようだった。
銀髪の女性は一つ咳払いをすると、懐から名刺を取り出した。
「名乗りが遅れましたが……私こういう者です」
差し出された名刺を受け取ると、そこにはこう書かれてあった。
舞識島観光局 広報部第三広報課 主任 ミリアム・グレイス




