2.1.3
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アマミヤグループ。主に金融系企業として名が知られる国内最大手のグループ企業である。
傘下企業はグランミクスほど多分野ではないが、こと金融においては世界有数の規模を誇っていると言っていい。銀行、証券、保険業務、クレジットカード業務まで行う総合事業のグループであり、莫大な資産を持つメガバンクの一つに数えられていた。また、日本だけでなく世界の各都市に支部を置き、その街の企業・団体への融資で地域の発展に貢献してきたという実績を持つ。舞識島に協賛する企業の一つであり、出資額は全体で見てもトップクラスに入っていた。
そのアマミヤグループを統括するのが、組織を創設した富豪一族——天宮家だ。
現天宮家の当主は、長い歴史を持つグループの中でも、三十代の若さで総裁の立場に就いた男になる。それも今年で十年目を迎えようとしており、大企業の経営者としてはまだまだ若い印象があるが、その才は本物で、彼の手腕でグループが一層躍進した事は間違いなかった。
そして、そんな絵に描いたようなスーパーエリートの男には、ある一人娘が存在した。
天宮華恋。その娘も、父親と同様に『金の動きを読む才』に秀でていた。伸びしろのある業界・企業を見抜く目は親譲りで、その才能をもって株の売り買いを行い、個人資産を増やしていた。
そうした能力を持つ優秀な女性ではあるのだが—―——彼女は、『ある事情』から長年引き籠りになっており、今は大都市から離れた小さな街に屋敷を建てて、そこに身を置いていた。
父親は基本的に都内にいる事が多く、彼女の身の回りの世話は主に使用人たちが行っている。
彼女の性格は決して暗くはない。寧ろ明るく活発な方なのだが、その『ある事情』により、外界へのトラウマを抱えてしまい、長年箱入り娘と化していた。
しかし、三年ほど前に、ある変化があった。
その年のある晩、一体何に思い至ったのか、彼女は人生初の家出を決行したのだ。
それまで何の素振り見せていなかったので、使用人たちは当然焦った。幸い見つかったのは屋敷の直ぐ近くだったので、大事にならずに済み、この時は叱りつけるだけで終わった。
家出の理由は、『今の自分を何か変えたい』というものだった。気持ちは分からなくもない、と聞いた者たちは思った。大体、家出はそうした突発的な感情から引き起こされるものだろう。しかし、家出は家出だ。この事は反省してもらい、それで終わってくれれば良いと誰もが思った。
だが、残念ながらそうはならなかった。
寧ろ、これを境にして彼女の動きは活発になり、二回目、三回目と家出は行われていった。その度に使用人たちは彼女を捜索しており、その回数はもう九回に達している。まるで反省はなかった。
そして、今回。遂に二桁の大台に達し、十回目の家出が行われていた。
「今回はかなり遠くへ行ったようだな」
天宮家の屋敷内。天宮華恋の私室に、執事長の名張と、他数名の使用人がいた。
彼らは華恋の行先について何か手掛かりになるものはないかと、彼女の私室を調べていた。だが、今のところ目ぼしい情報はどこにもなかった。
「現在、街の監視カメラ等を調べていますが、解析には時間を要しているようです。ただ、街の方にいないとなると恐らくは……」
名張は幼い頃から華恋の世話役に就いていた。故に、彼女の境遇や、三年前までの彼女の状態を知っているため、積極的に行動するようになった事自体には喜びを感じていた。それは名張だけでなく他の使用人たちも同じ想いだろう。しかし、やはり加減はしてほしいと思うのが本心だった。
「どうしましょう先輩。もし、お嬢様が何かのトラブルに巻き込まれでもしていたら……」
「まぁこの状況が既にトラブルなんだけどな。だが、天宮家のご令嬢だ。金目当てに暴力沙汰の事件に巻き込まれている可能性はあるかもしれん。お嬢様の身に何かあったら……」
この状況に慣れていない若い使用人たちの会話を耳にして、横で名張が口を開く。
「いや、そのことについては、あまり心配はしていない」
「え?」
「一先ず、お嬢様の身は大丈夫だろう。……何か別の問題を起こしていないかは気になるが」
そう言うと、名張は再び部屋の中を見回した。若い使用人以外も、あまり華恋の身自体を案じている様子はなく、黙々と作業を続けている。
だが、部屋の中に、特に異変は見当たらなかった。ベッドも、クローゼットも、本棚も、机も、その引き出しの中も、どこを調べても手掛かりと呼べるものはない。全てがいつも通りだった。
そして、いつも通り――机の上には、彼女が愛読している少女漫画が散らかっていた。




