1.3 少年の日常 03
◇ ◇ ◇
グランミクスは、イギリスを発端とする企業であり、当初は医療分野で事業を展開していた。
ハーネット家という一族によって創業され、百年以上の歴史を持つ。
始めは医療分野にのみ力を入れていたが、関連の近い機械工学やITが発展するにつれ、その技術力を持つ企業を吸収していき、そこから徐々にグランミクスの形態は変わっていった。
今では様々な事業に手を伸ばす巨大複合企業として、その名を世界に轟かせている。
そのグランミクスが、現在の舞識島を管理していた。
改造計画が立ちあがった当時のハーネット家当主――テイマーという男が、島の権利を獲得した事で、完成後の舞識島は日本にありながらグランミクスが直轄する都市になっていた。
そうして自社の最先端技術を多く取り入れた都市を作り上げ、島内居住の補助制度や企業へ呼びかけなどで人を集め、島全体を急速に発展、経済の活性化に成功していた。
故に、舞識島は日本としても重要な都市と化していた。
そんな時代の最先端をいく舞識島なのだが、現在島内では『ある噂』が広がっており、住民たちはその話題で盛り上がっていた。
存在するのか、しないのか。現実か、フィクションか。夢か、幻か。そんな噂。
舞識島で生まれた、ある『都市伝説』の噂だった。
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A区画 中央通り
中央通りを歩く慎は交差点で立ち止まると、スマホを取り出してネットニュースを漁った。
家でテレビを付けない慎は、世間の情報をネットで得ている。その癖からか、暇さえあればスマホを触ることが多い。
舞識島で起きているニュースを適当に拾う中、SNSでのとある会話が慎の目に留まった。
《最近のトレンドって言ったらアレだよな》
《あー、アレだな》
《アレだよな》
《いや、アレってなんだよ》
《そりゃお前、決まってんだろ。『カゲナシ』だよ。今噂の都市伝説!》
都市伝説『カゲナシ』
それは深夜になると現れる謎の怪人の名であり、今舞識島で話題の中心になっている存在だった。
その姿は、偶然目撃したという複数人によると、『全身を白いレインコートで覆い、白いマスクで顔を隠している』という証言でどれも一致しており、これが今一番有力な情報になる。
ただ、それ以上の情報がない為、『掴み所のない幻のような存在』というイメージから、カゲナシと名付けられ、都市伝説扱いされていた。
カゲナシが最初に現れたのは、半年前のこと。今年の三月頃に一度だけ姿を見せたらしいのだが、当時は幻か何かだと思う者が大半で全く話題にはならなかった。
だが、そのカゲナシが一ヶ月前に再び姿を見せ、更に最近ではその目撃例も増えているのだ。
一体何者なのか、何を目的に行動しているのかなどは一切不明なのだが、特に事件的な動きはなく、存在の確たる証拠もない為、表立ったニュースとして扱われてはいなかった。
「都市伝説ねぇ……まさか、一ヶ月でこんなに話が広まるなんて」
SNSでの会話を一通り見終えたところで、信号が青に切り替わり、スマホをしまって歩き出す。
高校までは、この中央通りを道なりに歩いていけばいいのだが、慎は通りを外れて別の道へ向きを変えた。実は登校時間を少しだけ短縮できるルートを知っているのだ。
知っているのは当然他の生徒も同じ筈なのだが、彼らはそのまま中央通り歩いていく。
それは何故なのか?
A区画森林公園。これから慎が通るその場所――いや、そこにいる人物に問題があったからだ。
「ふざけんじゃねェぞォ! ゴラァァァァ!」
慎が森林公園に入ろうとしたその時、公園の奥の方から猛々しい女性の声が響き渡った。
その声に周辺の通行者は何事かと立ち止まるが、慎だけは気にせず歩みを止めない。
ただ、微妙な表情で一言だけ呟いていた。
「今日もやってるのか……」