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【一章 少女漫画のように 】
九月二十六日 早朝 日本本土
そこは首都圏に位置するどこかの港街だった。山々に囲まれ、海に面している自然豊かな土地ではあるが、生活に不便を感じる程の田舎という程ではない。交通機関の通る首都圏内ということで、主にベットタウンとして機能する小さな街だった。
その街の外れには、街全体を一望できる丘があり、そこには一際大きな洋風の屋敷が建っていた。
煉瓦造りのその屋敷は、美しいだけでなく、大きさもかなりのものだった。西洋の城のような屋敷の前には、小さな噴水と、手入れの行き届いた庭園が広がっている。敷地の広さと外観から、かなりの金持ちが住んでいる事は明らかだった。
その屋敷には、常に二十人の程の使用人がいる。敷地の広さに比例してやるべき仕事が多いのか、彼らは毎朝時間に追われるように慌ただしい。
だが、この日の朝はいつもと違う意味で騒がしかった。
「おいどうだ? そっちに居たか?」
「いえ、こちらに姿はありません。くそぉ、一体どこに居られるんだ」
「まさか、また……という事はないだろうな……」
屋敷内は使用人たちがあちこちに走り回っており、何かを探している。
『また』という発言から分かるように、この状況は初めての事ではなく、彼らにはその原因に心当たりがある様子だ。だが、それは気のせいであって欲しいと望んでいるものが殆どだった。
そんな使用人たちの一人が屋敷の中で声を上げた。
「お嬢様ァー! どこにいるんですか⁉ 姿を見せてください、お嬢様ァー!」
屋敷内は朝からずっとこの調子で、使用人の往来は時間が進むにつれて激しさを増していった。
それからおよそ三十分後、若い男性の使用人が屋敷内のとある一室を訪ねた。入り口には『執事長室』と書かれている。若い男はノックし、中から「入れ」と声が掛かって部屋に入った。
室内は執務机と整頓された本棚が並んでおり、整理が行き届いていて清潔感があった。そして、窓際には五十過ぎと思しきタキシード姿の男が黙って外の景色を眺めて立っていた。立っているだけでどこか気品のようなものを感じさせる、『紳士』という言葉が似合う初老の男だ。
若い使用人の入室を確認した後、執事長——名張亮冶は背を向けたまま部下に尋ねた。
「……どうだ?」
「ダメです。屋敷と周辺を捜索しましたが、どこにも見当たりません。それと、私室の方も調べましたが、スマホが机に置かれたままでした。これはもう……間違いないかと」
「そうか……。分かったご苦労。引き続き捜索は続けてくれ」
若い使用人は小さく一礼すると、そのまま静かに部屋の外へと出て行った。その後、室内で一人となった名張は、曇った表情で窓の外を眺めて呟いた。
「これで十回目。まったく困ったものだ。いや、数年前に比べれば喜ばしい変化と言えるだろうが……あの方にはもう少し立場というものを考えて頂きたい。旦那様に何と言えば……」
名張の溜息は尽きない。早朝から行方不明になっているこの屋敷の主人の事を想いながら、静かに青い空を見つめていた。
「家出などと……。今度はどこに行かれたのだ。うちのお嬢様は」




