2.prologue2.1
【プロローグⅡ】
九月二十七日 十四時 舞識島A区画 アサカ便利屋事務所
『続いてのニュースです。昨日午前十時頃。舞識島C区画にあるアパートの一室から煙が上がっていると消防へ通報がありました。部屋は空き室で、現場近くに居たという通行人によりますと、バチバチという音が聞こえた後、一瞬明るく光ってから煙が上がったとの事です。この件での死亡者、重傷者は確認されていません。警察は原因の調査に—―』
舞識島A区画に居を構える便利屋『アサカ』。
街の大通りから少し外れた場所に建つ小さなビルの二階。そこに位置する彼らの事務所は、仕事場としてよりも、アットホームな雰囲気が強かった。
間取は2LKで、広いリビングの窓際側には仕事机が二つ横に並んでおり、隣には書類棚がある。その辺りだけは一先ず仕事場らしい様だったが、反対側にはソファと机、テレビ、その他雑多な家具、ゲーム機などが設置されている。この一室に二つの世界が混在しているような内装をしていた。
そして今、事務所内ではテレビから島内のニュース番組が流れており、昨日起きたらしい事件をキャスターが解説していた。だが、事務所の主達にはそんな事はどこ吹く風。ニュースの事などBGMとも思っておらず、彼らの意識は全く別の事に向いている。
便利屋『アサカ』は今日もいつも通りだった。
「アァァァーー‼‼ もうどうすればいいんだよォォォォ‼」
「もぉーー‼ どうしたらいいってのよぉーー‼」
そう叫んでいるのは、便利屋の所長と副所長——阿坂春乃と、阿坂光秋だ。
二人はお互いの仕事机で、全く同じポーズをとって頭を抱えていた。ほぼ同時に声を上げたのはやはり双子だからなのか、それとも偶々か。
光秋は、隣で同じように苦悶している姉に顔を向けた。
「姉さん……。ようやく気付いてくれたんだね。この状況の深刻さに」
「あーもうダメだわ! 全ッッッ然話が思いつかないッ! 次の漫画どうしようってずーーっと考えてるのに何も出てこない! あぁ……私のアイデアの源泉は遂に枯れはてて……」
「って違うだろうがァァァーー‼‼」
仕事机が並んでいると言っても、その状態は双方で全く異なる。光秋の方が出来る営業マンのような机であるのに対し、春乃の方はPCこそ設置されてはいるものの、机の大半は漫画創作の画材で埋め尽くされていた。そのPCも仕事の為というよりは、趣味の道具に成り下がっている。
いつもの事ではあるのだが、今は状況が状況なので、光秋も大目に見て、常時の半分くらいは姉に期待を寄せていた。だが、結果はこの有様だ。
「何に悩んでるのかと思ったら……。え、何? そんな事⁉ よりによって今?」
「そんな事ってなによ失礼ね! アイデアが出てこないなんて私には一大事よ! このままじゃ何をするにも手がつかないわ! もうこれ以上に大事な事なんて他にないわよ!」
「あるよ! いや、あるだろッ⁉ あってくれよ頼むから! アンタ此処の所長でしょッ⁉」
ただでさえ余裕のない光秋が、更に追い詰められていく。何故よりにもよって身内の—―それも所長の手によって苦しめられているのか。今までも同じ事は何度かあったが、どうしてこうなったのかは未だに分からない。
「じゃあアキは何に騒いでるのよ。そんな疲れた顔しちゃって」
「誰のせいだと思ってるんだ」
能天気な姉に溜息を零す光秋。所長がこの有様なので、実質、副所長である光秋が便利屋の生命線と言っても過言ではない。そのプレッシャーだけでもいつもギリギリなのだが、今はその比ではない程に追い詰められていた。
「姉さんは今この事務所がどういう状況か分かってるかい?」
「え、どうって……いつも通りでしょ?」
「……。そうだね。ここ一ヶ月まともに仕事がない事を『いつも通り』と言うならその通りだね。……姉さん、ここまで聞いて何か思う事ない?」
「な~んだ、そんな事で悩んでたのかぁ」
「そ、そんな事ッ⁉」
「まったく。ホントにアキは心配性よねぇ。そこまで深刻にならなくてもいいのに。大丈夫よ、何とかなるって。そのうち仕事も来るわ。だっていつもそうじゃないの」
「ならないよ! 何でそんなお気楽なんだよッ⁉ 一ヶ月だよ⁉ 僕の感覚がおかしいの⁉」
どうもこの姉は事の重大さが分かっていないらしい。そう思った光秋はいよいよ立ち上がり、春乃の目の前である事を告げた。
「姉さんに現実を教えてあげよう」
「え」
「いいかい? よく聞くんだ。もう単刀直入に言ってね……経営が大ピンチなんだよ。そりゃ仕事がないからね。だから早く対策を考えないと、近いうちに事務所を畳むことに……」
「ええええぇぇぇーー‼‼」
流石に衝撃だったのか。春乃もその報せには驚きを隠せない様子だ。その証拠に先ほどからずっと握っていた鉛筆をへし折っていた。ダメになった鉛筆を放り投げて、春乃が声を上げる。
「わ、私の知らない間に何でそんな事にッ!」
「何で知らないんだよ。そっちの方が驚きだよ」
「……そういえば最近喜代さんと悠介さんの姿を見ないと思ったら」
「単純に仕事がないからね。仕方なく休みにしてるんだ」
「そんな……。二人揃って風邪で休んでるのかと思ってた」
「一週間ずっと来てないのにその認識だったのか……。本当に風邪だったら、それはそれでおおごとだよ。もっと気にしようよ」
便利屋メンバーの藤野喜代と桜井悠介。高校時代からの付き合いで一緒に便利屋をしている彼らだが、人件費削減の為に、今は仕方なく休みにしていた。
それから光秋は、現在の便利屋の状況について更に説明を続けた。何故、所長相手にゼロから話す必要があるのかは疑問に思ったが、それは一旦考えない事にした。




