1.epilogue2.2
◇ ◇ ◇
九月 某日 A区画中央通り
「よっ、また会ったな」
九月一日から数日後のある早朝。朝凪高校への通学路になる中央通り。
通学の近道になる森林公園手前の通りで、白渡誠一はとある女生徒に声をかけていた。
「貴方は……」
相手は成瀬律だ。この時間に通ってくる事を見越して、誠一は彼女を待っていたようだ。
進行方向からやってくる誠一に、律は嫌々そうに顔を向ける。
「なんだよ、朝っぱらから暗い奴だな。こんないい天気なんだから、もっと年相応の笑顔で――」
「そんなの余計なお世話ですし、貴方の顔見たせいですから」
「うわ、酷い」
大袈裟なリアクションで額を叩く誠一。
路上で面倒くさい相手に出会ってしまったなぁと思いつつ、律は誠一の右足に目を向ける。
「足の方はもういいんですか?」
「へぇ意外だな。心配してくれるんだ」
「別に。多少気になってただけです。それでどうなんです?」
ホールの一件で桐原から受けた右足の傷。致命傷ではないにしろ、派手に動く事は暫く出来ない筈なのだが—―。
「へーきへーき。こんなん唾つけてぐっすり寝むりゃ……ほらこの通り! もうへっちゃら」
誠一は何ともなさ気に、右足だけで飛び跳ねて見せた。
ただのやせ我慢かもしれないが……なんにしても、ナジロ機関の人間である律としては、誠一の負った傷は自業自得としか思っていなかった。
とりあえず無事は確認できたので、律はそれ以上特に気にしない事にした。
「そうですか。で、貴方の用は? わざわざ待ち伏せなんかして何のつもりです?」
「いや、まぁなんだ……。一言謝っとこうと思ってな」
「……はい?」
一体何の事だろうか。思い当たる節がないのではなく、寧ろありすぎてどの事か分からなかったのだが……自分を待っていた理由が謝罪というのは、この男の行動にしては意外だと思っていた。
「何の事ですか?」
「何って……助けるって言っといて、結局最後は危ない目に合わせたから。英二の兄さんが居なかったらマジで殺されてたかもしれねぇし。……だから、あれについては謝る」
誠一が言っているのは、律が九十九に拳銃を向けられていた時の事だ。あの瞬間は誠一にとっては想定外だったらしい。英二のお陰で律は助かったが、あんな奇跡はそうはないだろう。
一件落着とは言え、約束を守れなかった事を誠一は気にしていたようだった。
だが、当の律は—―。
「何かと思えば……。終わった事なのでもういいですよ。私も無事ですし、近藤さん……あの不死になった方にも礼は言いました。ミリアムさんとも話は済みましたし。なので、あの事はもう気にしてません」
「……そうか。サンキューな」
「それよりも私が怒りたいのは、拘束を解いてくれなかった事の方です。あれは許しませんから」
「え、そっち⁉ いや、だって自由になったら邪魔するって……。ボコボコにしてきそうな勢いだったじゃん」
「当たり前でしょ!」
「やっぱ当たり前なのか……」
そうして次第に話が良くわからない方向に盛り上がっていく二人。
そんな彼らのもとに、後方からまた別の声が振ってきた。
「よう! おはよー律!」
律に気の良い挨拶をかける男の声だった。振り向くとそこには、二人の少年が居た。
彼女と同じ高校の制服を着た少年。幼馴染の柳和馬と、如月慎だった。
「こんなところで何してるんだ? ……ってあれ? その人は……」
和馬が誠一に目を向ける。二人は初対面なので無理もないが、そんな彼らの間に割って入る形で、後からやってきた慎が声をかけた。
「おはようございます。誠一さん。成瀬さんもおはよう」
「……おはよう」
「よっ、慎」
その誠一とのやり取りを横目に、和馬が慎に尋ねた。
「あれ? 知り合いなの?」
「うん。この前困ってたところを助けてもらってさ。始業式の日、和馬と別れた後にバス停広場でいざこざがあって。確か成瀬さんもあの時あそこに居たよね。誠一さんとも一緒だったような……」
「え、えぇ……。そうね」
「へぇ~そんな事があったのか。……ん? でも何で律は一緒に居たんだ?」
その和馬の疑問に答えるべく、誠一が一歩前に出た。
「よう! はじめまして。俺は白渡誠一って言うんだけど、その女とはこの前知り合ってな。実は道に迷ったとかで涙目で泣きつかれてさぁ~。自分の方向音痴に困り果ててたんだって。いやぁ、あの時は大変だったなぁ! なぁ、りっちゃん」
「だからそれはやめてって言ったでしょ!」
誠一に付けられた妙な呼び名から始まり、作り話で何故か迷子にされていたり、その事で泣きついていた事にされている律。
そこに今、方向音痴という設定まで足された訳なのだが—―
「そっか、律って方向音痴だったのかぁ……。知らなかった。しかも、それで泣きつく程だったなんて……昔はそんな事なかったと思うけど、人って変わるもんなんだなぁ」
何故か和馬には憐みの目を向けられていた。
「その人の言ってる事って大体嘘だから。方向音痴とか真に受けないでよね……」
「え、なんだよー冗談か。ビックリしたなぁもうー。じゃあ、あの泣きついたっていう辺りは?」
「……」
一応、慎の前ではその設定で話が通っている為、和馬に対しても話を合わせなければいけない。
とは言え、自分で肯定する事に気が乗らなかった律は—―。
「あーもう、めんどくさい……私先に行くから」
否定も肯定もする事なく、この場から逃げるように去っていった。
誠一と和馬を両方相手にした事に疲れたような様子で、足早に公園の通りを抜けていく。
「あ、成瀬さん行っちゃった……」
その後ろ姿を眺める三人。
和馬は、慎を連れて彼女の後を追おうとする。
だが、その前に—―和馬は誠一の前で立ち止まって、ある言葉を述べた。
「あのっ! 俺、柳和馬って言います! 宜しくお願いしますっ! それであの……なんて言っていいか分からないんですけど……その、本当に色々とありがとうございました」
「……ん?」
誠一にはその言葉の意味が分からなかった。
何故、和馬は自分に感謝を述べているのか? それも今さっき出会ったばかりの少年に。
自分が何かしただろうか?
そんな疑問を抱きながら、誠一は和馬に問い返した。
「え、俺なんかしたっけ?」
「まぁ……その、そうですね。色々と?」
「いや、訊いてるのはこっちなんだが、ってか何で疑問形? ……って、あれ? ……ん?」
その時、誠一の脳裏にあるデジャブが過った。
前にもこんな会話をした覚えがあった。会話中に、何故か疑問形で返されるこのやり取り。
——そうだ。確かアイツも……。というか、そういえば声も似てる気が。え、嘘? マジで?
誠一の中で、ある予感が確信に変わる。
と、丁度それと同時に、和馬は最後に一礼だけして、誠一の前から去っていった。
「おーい、待ってくれよ律ー!」
律の後を追いかけていく和馬。
その後ろ姿を眺めながら、誠一は隣に立つ慎に尋ねた。
「……お前、知ってたの?」
「知ってましたよ」
「最初から?」
「はい、最初から全部。エクスですから。……ただ、どうしてあんな事になっているのかはまだ分かっていませんが」
目的語はないが、誠一の質問の意味が慎には分かっていた。
そして、慎は淡々と更に続けて話す。
「知っていると思いますが、彼はちょっと危ういところがあるんですよ。でも、貴方のお陰でだいぶ落ち着いたと思います。どうやらこの島に残るようですが、今は敵意の色が見えません。ナジロ機関と敵対するつもりはなさそうですよ。今のところは」
「マジかよ。……っつーか、アイツまだグロースと繋がってるのか?」
「それはもうなさそうですね。完全に自由になってます。島の人間の一人として、普通に生活していくつもりらしいですよ。まぁ、危害がないなら別に問題ないかなって思ってます。この事を知ってるのは、僕と誠一さんだけですし」
慎の言葉をただ黙って聞く誠一。
その表情は若干苦笑いになっていたが、慎は気にせず話を続けた。
「それと僕からも礼を言わせてください。誠一さんのお陰で上手く事を運べました。和馬の事も、成瀬さんの事も。僕にはこの島を護る使命がありますけど……それと同じくらい、あの二人の事が大事で、彼らには幸せになってもらいたいと思ってるんです。幼馴染ですからね。ちょっとした友達贔屓というか、まぁそんなとこですよ。なので、本当にありがとうございました。……それではまた、白渡誠一さん」
最後にそれだけ言うと、慎もまた和馬の後を追いかけて森林公園の中へ入っていった。
やがて、慎は先を行っていた和馬と律に追いつき—―三人は揃って学校へと向かっていく。
そんな彼らの後ろ姿を遠目に眺めながら、誠一は一つだけ呟いた。
「最近の高校生ってやべぇ」
◇ ◇ ◇
かくして役者達の織り成す舞台は一先ず幕を降ろした。
だが、ここで全てが終わったわけではない。
人工島『舞識島』。
現実と虚構が交錯する舞台は、その存在が続く限り、次なる幕は必ず上がる。
舞台に立てば表も裏も関係ない。
主役も脇役も関係ない。
そこに立つ者は、己を魅せ、舞台を魅せる役者となる。
スポットライトが当たる限り――。
そして、
青空に輝く光は、今日も舞台を等しく照らし続けている。
トリックアクターズ Act.1 完
【エピローグⅡ】終
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これにてAct.1完結です。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
まだまだ謎はありますが、この『Act.1』という話についてはここで終わりになります。
続くAct.2はまた違う話になりますので、引き続き応援頂けると嬉しいです。
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宜しくお願い致します!
[追記]
次話からAct.2になります。




