1.epilogue1.2
◇ ◇ ◇
数日後
「おーおー、やってるねぇ。あの兄さん」
すずのね前の通り。そこから少し離れた場所から店内の様子を眺める者が一人居た。
「マジでここで働いてんじゃん。もう馴染んでるし、以外と適応力あるんだなあの人」
ホールの一件から、英二のその後を耳にした白渡誠一。
彼に直接会う気は無さそうだが、様子だけは気になって見に来たようだ。
店内には、客の注文対応に駆け回っている英二の姿がある。仕事にはまだ慣れてはいないようだが、その表情は充実を感じさせる良いものだった。
「とりあえずはハッピーエンドってか。良かったな、うん。まぁ、俺の力とは言えねーけど……。果たして俺は主役になれてたかどうか」
相変わらず独りで訳の分からない事を呟いている誠一。ただ彼の口にした疑問は、答えを求めているというより、自分の中にある何かを再確認しているように見えた。
「それは神のみぞ、いや観客のみぞ知る……だよな。そうだろ?」
青空に目を向け、誠一は最後にそれだけ呟いた。
その後、彼はすずのねの前から去ろうとしたのだが—―。
「あっ、こんにちは!」
後方から誠一に向けて挨拶の声が掛けられた。女の子の声だ。
振り返ると、荷物の詰まった買い物バッグを持つ少女が、誠一の方に駆け寄って来ていた。
「あー! やっぱそうだ! 真っ白のお兄ちゃん、また会えたね!」
「……ん? キミは……。あれ? どっかで会ったっけ?」
少女は自分の顔を知っているようだが、誠一には心当たりがない。少なくともここ最近であった子ではない筈なのだが……。
——いや、待てよ。確かになんかで会った覚えが……。
今しがた少女に呼ばれた『お兄ちゃん』という単語から、誠一は記憶を遡る。
そして、その中で一つ――あるシーンが蘇った。
それは半年前に起きた、この島に来る途中のフェリー上での出来事——。
「あー……あー! あの時フェリーで助けた子か! おぉ久しぶりだねぇ! 元気だった?」
「うん! 私もまた会えて嬉しいよ」
「なんだか随分大きいバッグだな。家の手伝いで買い物かい?」
「そうだよ。家の手伝い! 私の家ってそこの喫茶店なんだー」
「え。……あー……そうだったのか、あの店がキミの……」
「でも忙しくてね。最近新しく人を雇ったんだけど、まだまだ大変なんだー。だから、私も自分に出来る事を頑張ってお手伝いしてるとこなの」
「へぇ~偉いな。大変そうだけど、その新人さんとも上手くやっていけるように応援してるよ。頑張って」
「うん。ありがとう! あ、そういえば名前言ってなかったね。私、日野ゆかりって言うの。良かったらまた今度お店に遊びに来てねー。じゃあねー!」
そう言うと、ゆかりは足早にその場から去っていった。
この時の誠一は知らないのだが—―
英二は、九月一日にゆかりに話しかけられた事がきっかけで、すずのねで働く事になった。
ただ、ゆかりがその行動を起こしたのは、半年前にフェリーで誠一に助けられたからだった。
つまり、英二のこの結末は、巡り巡って誠一の力であるとも言えた。
しかし、当の本人はそうとは知らず、手を振って去っていくゆかりの姿を見送りながら独り呟いた。
「英二の兄さんと、ゆかりちゃん。世間は狭いっていうか……すげぇ偶然だな……」
【エピローグⅠ】終




