1.7.12
次の瞬間、誠一はステージから飛び降り、ホールの外周に沿って入り口へ駆けだした。エイジと直に接触するつもりだ。
だが、事は誠一の思惑通りにはいかない。ミリアムの指示を待たずして、桐原がすかさず銃の引き金を引いた。進行先を予測して威嚇射撃を放つと同時に、誠一との距離を詰めていく。
これに対して誠一の行動も早かった。向かってくる桐原に対し、手裏剣の投擲で応戦する。
桐原の武器は拳銃。一方、誠一の武器はクナイと手裏剣だ。
中途半端な間合いは命取りになる。
そう判断した誠一は、桐原から距離を取るのではなく、逆に相手の方へと向かっていった。
「やるな。ならこれはどうだ」
直接手を下せる間合いになったところで、先に仕掛けたのは誠一だった。先手必勝と言わんばかりに、誠一は桐原を攻めていく。
だが、その斬撃は完全に見切られていた。桐原は危なげなくクナイを躱しており、その上でカウンターを仕掛けるように、誠一に生まれる僅かな隙を狙って銃を向ける。
ゼロ距離で銃を突き付けられる誠一。しかし、誠一もここでは終わらない。
この行動を読んでいた誠一は、斜線上から身を外すと同時に、蹴りの動作に繋げて銃をはじき落した。桐原のカウンターを更にカウンターで返す形となり、今度は桐原に隙が生じる。
一瞬で形勢は逆転。誠一は続けて追撃を試みるが—―それでも桐原の表情に変化はない。
桐原の行動を誠一が読んでいたように、彼にとってもここまでは想定内だったのだ。それを証明するように、桐原は銃を落とした左手で懐からナイフを取り出し、クナイの攻撃を受け止めた。
「憎たらしいくらい冷静だなオイ」
桐原の獲物が拳銃だけと見ていた誠一にとって、この対応は想定外だった。そして、クナイが防がれた事で、誠一の動きは一瞬だけ止まってしまう。
——……あ、ヤベッ。
桐原はその隙を見逃さない。右手に持つ銃で誠一の足を狙い、そのまま引き金を引いた。
誠一はギリギリでこれに反応する。だが、僅かに遅かったか――急所は避けたものの、弾は脹脛をかすめていた。誠一が桐原の前で片膝をつかされる。
「……この無口野郎……マジで強ぇなお前」
桐原の実力を誠一は見誤っていた。力量に差がある。この僅かな攻防で誠一はそれを痛感した。
しかし、それももう遅い。降伏の言葉を待つように、桐原はただ銃を向ける。動きが止められた誠一にはもう為す術がなかった。最早ここまでと思われたが—―
「桐原、後ろよッ!」
突然上がるミリアムの声。桐原は反射で後方を振りかえる。
そこには、真直ぐこちらに迫ってくるウツロの姿があった。誠一が傷を負ったその直後に、ウツロはステージを降りて駆けだしていたのだ。
桐原はすぐさま対応し、迫りくるウツロに迷わず三発の銃弾を放った。普段より狙いは荒かったが、どれも確実に胴体を捉えている。だが――
「……ッ!」
ウツロは速度を落とす事なく、半身ずらすだけの最低限の動きで弾を躱して見せたのだ。ただ躱されただけなら驚かないが、この一瞬の動きは桐原に、ウツロの危険度を一段階上げさせた。
昨晩律が対峙した時と全く同じ状況だった。明らかに異常な対応をしている。その時の報告は桐原の耳にも入っているが、こうして実際に対峙した事で、桐原の中に一つの確信が芽生えた。
ウツロは放たれた銃弾を目で捉えて躱していると。
ウツロとは一体何者なのか。その謎は一層深まるばかりであったが、今はそんな事を考えている場合ではない。ウツロはあっという間に桐原の眼前まで迫ってきていた。
桐原に手が届く間合い。そこでウツロは桐原を突き刺すようにして右腕を動かす。その瞬間——腕の動きに合わせてレインコートの袖から銀の刃が飛び出した。
それは昨晩エイジを仕留めた武器だった。ウツロが両腕に装備している小型のブレード。一体どんな仕組みなのか、腕の振りに合わせて袖から刃が突出している。その刺突攻撃が桐原を襲った。
桐原はこれをギリギリで躱す。しかし、今の攻撃で誠一からは引き離れてしまった。
ウツロはそれ以上深追いする事なく、誠一を背にした状態で桐原の前に立つ。誠一を護っているような構図だ。
「すまねぇ。助かった」
誠一の言葉にただ黙って頷くウツロ。何を考えているのかは分からないが、誠一を助けようとしているのは間違いなさそうだった。
誠一は負傷した足を気にせず、そのまますっと立ち上がる。しかし、表情には出してはいないが、彼が無理をしている事はミリアム達には明らかだった。とても走れる状態にないと。
そんな誠一を前に、ミリアムは銃を取りだして問いかけた。
「あの人を助けたいってお前の想いは分かった。……いや、お前だけじゃなく、エクスも同じなのね。でも諦めなさい。その足ではもうどうにもならない」
ウツロの助けがあったとは言え、誠一の身体は限界だった。仮に動けたとしても、それをミリアムと桐原が許す訳もない。
「……そうだな。確かに今の俺じゃアンタらを振り切れない。だから俺の負け? 諦めろってか?」
だが、それでも誠一の目にはまだ光が残っていた。
「そう思うにはまだ早ぇな。こっからだぜ本番は」
誠一は不死薬の小瓶を取り出すと、それを強く握りしめ――そして、入り口にいるエイジに向けて大声で叫んだ。
「出てこいッ! ちゃんと掴みとれよッ!」
直後、誠一は小瓶をエイジの方向目掛けて勢いよく投げ放った。小瓶は大きな弧を描いてホール内を舞う。ただ、少しだけ狙いが外れたか、入り口正面の通路に向かってそれは落下していた。
「この男ッ! 往生際の悪い!」
ミリアムと桐原が瓶を打ち落とすべく銃を連射する。しかし、的が小さく、中々命中しない。
一方、エイジもまた誠一の叫びと同時に飛び出していた。迷いなく、瓶の落下点に向かってただがむしゃらに走る。
薬が宙を舞って僅か数秒。エイジはそこに辿り着いた。もう少しで手が届く。あとは落ちてくる瓶を受け止めれば良い。彼の救いはもうすぐそこにあった。
だが――残り一秒。
エイジの手が届きかけた直前、ミリアムの放った銃弾が最後の最後で小瓶を捉えた。
「やらせない。私の勝ちだ」
赤い液体が瓶の破片と共に辺りに飛び散る。
僅かに手が届かなった。瓶が砕け散る様子をただ眺める事しか出来なかったエイジ。
目の前の惨状にただ茫然とし、次第に事態を理解していく。エイジはその場で静かに膝をついた。
そう、今この瞬間——エイジの希望は粉々に砕け散ったのだ。




