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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.1 七章 演目【九月一日】 (後編)
68/79

1.7.11

 ◇   ◇   ◇

 C区画 イベントホール内


「バカかお前はッ!」


 陽が沈みかけ、空が藍色に染まり始めた頃。エイジの登場によりホール内は更に混沌を極めていた。そして、誠一はその男の事と、自分がやろうとしている事をミリアムに話したのだが—―。


「不死薬で助けるですって? そんな事に何の意味がある? 不死身の人間を生み出す事自体がリスクなのよ。その男の寿命が尽きるなんて知った事ではないわ。本当に分かってるの?」


 当然ミリアムは激昂した。誠一がやろうとしている事は、ナジロ機関に不死の存在を気付かせる温床にしかならない。普通に考えて助ける理由はないからだ。

 だが、そんな事は誠一も理解している。


「んな事は分かってるさ。だから、やるなら今しかないんだろ」

「何……?」

「ほら考えてもみろ。このままだとあの兄さんはもうすぐ死ぬんだぞ。その後の死体はどうする。また隠蔽でもするのか? そんな事しなくても、俺たちが黙ってりゃ良いだけの話だ。違うか?」

「その男が島に来たばかりなら、隠蔽のリスクは最小限に抑えられる。今なら組織が気付く事はほぼないわ。そのリスクもゼロとは言えないけど、ここで不死にするよりはマシよ」


 不死身にすればその存在を隠し続けなければならい。今後の事を考えれば、確かにミリアムの意見は正しかった。しかし、それでも誠一は己の意志を曲げようとはしない。

 助けるか、それとも見捨てるか。お互いの意見は見事に割れている。

 そんな彼らのやり取りを千条はニヤついた表情で聞いていた。


「おやおや、今度はそちらが仲間割れですか~? 面白い事になってきましたねぇ。エイジさんも元気そうでなによりです!」


 千条が入り口付近の柱に隠れているエイジの名を呼ぶ。その声に彼もまた反応を示すが、千条に対する様々な感情を押し殺しつつ、一先ずホール全体を見渡した。

 舞台上の左側に立つ千条たち—―グロース。その反対には誠一がおり、彼の背後には手足を縛られた律がいる。そんな舞台上を前にして、観客席から銃を向け続けている桐原と、そのすぐ傍にミリアムが立っているというのがホール内の現状だった。

 エイジが誠一のもとへ行こうにも、その途中にはミリアムがいる為、迂闊に動けない。


 —―あれがナジロ機関か……。連中の反応からして今出て行っても殺されるだけ。……クソッ、あと少しなのに……!


 余命が後どれ程あるかは分からないが、時間だけは確実に過ぎていき、同時に焦りも募っていく。

 そうして柱の陰で身を隠すしかないエイジをステージ上から見続けている存在がいた。彼をこの状況に追い込んだ元凶—―ウツロだ。

 昨日殺した筈の男が生きていた事に驚いているのか、誠一の話を聞いてからのウツロはどこか様子がおかしかった。落ち着きがなく、エイジと千条を交互に見ている。

 動き出したそうにしているが、千条の「私たちを護ってね」という指示のせいか、桐原の動きを警戒している為、動けずにいるようだった。

 そんな彼の様子を察したのか、千条がウツロに言う。


「ありがとね。キミのお陰で私の目的は果たせたよ。だから、ここから先は好きにしていいよ~」


 好きにしていい。ウツロはその言葉を待っていたかのよう大きく頷いた。

 昨日もそうだった。不死薬の取引現場に行く前、千条に「全部キミの好きにしていいよ」と言われていた。そうして好きにした結果——ウツロは誠一と協力する事を選び、エイジを殺したのだ。

 一体何を思ってそうしたのかは本人にしか分からない。もしかすると、今またエイジを殺そうとしているのかもしれないが……。その行く末を誰よりも見たがっているのは千条だった。

 殺した筈の男が生きている。そんな想定外を前に、自分の研究対象はどう行動するのか。

 それを観察したいが為だけに、エイジを利用したのだ。半年前に不慮の事故で不死薬を奪い去ったエイジは、千条にとっては色々と都合の良い存在だったからだ。

 エイジからしてみればたまったものではないのだが……。

 そうしてウツロの態勢が整っている一方で、ステージ上に座らされている律が誠一に声を上げた。


「白渡さん、止めてくださいこんな事ッ! っていうか、その前に私のこれ解いてくださいッ」

「いや、お前の事自由にしたら、多分俺の邪魔するじゃん」

「当たり前じゃないですか!」

「当たり前なんだ……」


 即答で返されて少しガッカリする誠一。手足の拘束はそのままにして正解だった思ったが、誠一も律の気持ちは分かっていた。そして、彼が思っていた通りの言葉で律は更に問いを続けた。


「何であんな人を助けるんですか。この島を危険に晒した人なんでしょ。やっぱり協力してくれるっていうのは嘘だったんですね」

「嘘じゃないさ。さっきも言ったけど、この島を護る為にお前らとは協力する。それは変わらない」

「だったら何で……」

「この島を護るっていうのは、脅威のなくなった奴も殺すって事じゃないと思ったからだ」

「……え?」


 迷いなく出てきた誠一の言葉は、律だけじゃなくミリアム達にも届いていた。

 信念を曲げる様子はない。島を護る事と、エイジを助ける事は両立できる筈だと。


「確かにアイツがやった事は事実だし、お前の気持ちも分かる。でもな、アイツにはもう脅威がないんだぞ? この島をどうにか出来る能力なんて持ってないんだ。……それでも殺すのか? お前の言う『敵』って何だよ」


 誠一の問いに律は答える事が出来なかった。自分の敵とは一体何なのか。自分はただあの男が憎いから見捨てたいだけなのか。それが分からなかったのだ。

 律は沈黙したままだったが、彼らの会話に割って入る形でミリアムが応えた。


「綺麗事ね。そんな甘い覚悟でこの先もやっていけると思っているのか?」


 ミリアムもまた自分の考えを曲げるつもりはないようだった。お互いに信念を曲げられない以上、最早衝突は避けられない。


「さぁな。先の事は知らねぇよ。でも、ハッピーエンドは綺麗事の先にしかないだろ? 俺はそこを目指す。漫画みたいなラストを。そして、この物語の主役は俺だと証明してやる。だから—―」


 誠一はミリアムの方を向くと、クナイを取り出して正面に構えた。そして、それこそが自身の覚悟を現しているかのように、誠一は力強く言ってみせた。


「俺の覚悟が本当に甘いかどうか……そこで見てろよなァ!」


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