1.7.11
◇ ◇ ◇
C区画 イベントホール内
「バカかお前はッ!」
陽が沈みかけ、空が藍色に染まり始めた頃。エイジの登場によりホール内は更に混沌を極めていた。そして、誠一はその男の事と、自分がやろうとしている事をミリアムに話したのだが—―。
「不死薬で助けるですって? そんな事に何の意味がある? 不死身の人間を生み出す事自体がリスクなのよ。その男の寿命が尽きるなんて知った事ではないわ。本当に分かってるの?」
当然ミリアムは激昂した。誠一がやろうとしている事は、ナジロ機関に不死の存在を気付かせる温床にしかならない。普通に考えて助ける理由はないからだ。
だが、そんな事は誠一も理解している。
「んな事は分かってるさ。だから、やるなら今しかないんだろ」
「何……?」
「ほら考えてもみろ。このままだとあの兄さんはもうすぐ死ぬんだぞ。その後の死体はどうする。また隠蔽でもするのか? そんな事しなくても、俺たちが黙ってりゃ良いだけの話だ。違うか?」
「その男が島に来たばかりなら、隠蔽のリスクは最小限に抑えられる。今なら組織が気付く事はほぼないわ。そのリスクもゼロとは言えないけど、ここで不死にするよりはマシよ」
不死身にすればその存在を隠し続けなければならい。今後の事を考えれば、確かにミリアムの意見は正しかった。しかし、それでも誠一は己の意志を曲げようとはしない。
助けるか、それとも見捨てるか。お互いの意見は見事に割れている。
そんな彼らのやり取りを千条はニヤついた表情で聞いていた。
「おやおや、今度はそちらが仲間割れですか~? 面白い事になってきましたねぇ。エイジさんも元気そうでなによりです!」
千条が入り口付近の柱に隠れているエイジの名を呼ぶ。その声に彼もまた反応を示すが、千条に対する様々な感情を押し殺しつつ、一先ずホール全体を見渡した。
舞台上の左側に立つ千条たち—―グロース。その反対には誠一がおり、彼の背後には手足を縛られた律がいる。そんな舞台上を前にして、観客席から銃を向け続けている桐原と、そのすぐ傍にミリアムが立っているというのがホール内の現状だった。
エイジが誠一のもとへ行こうにも、その途中にはミリアムがいる為、迂闊に動けない。
—―あれがナジロ機関か……。連中の反応からして今出て行っても殺されるだけ。……クソッ、あと少しなのに……!
余命が後どれ程あるかは分からないが、時間だけは確実に過ぎていき、同時に焦りも募っていく。
そうして柱の陰で身を隠すしかないエイジをステージ上から見続けている存在がいた。彼をこの状況に追い込んだ元凶—―ウツロだ。
昨日殺した筈の男が生きていた事に驚いているのか、誠一の話を聞いてからのウツロはどこか様子がおかしかった。落ち着きがなく、エイジと千条を交互に見ている。
動き出したそうにしているが、千条の「私たちを護ってね」という指示のせいか、桐原の動きを警戒している為、動けずにいるようだった。
そんな彼の様子を察したのか、千条がウツロに言う。
「ありがとね。キミのお陰で私の目的は果たせたよ。だから、ここから先は好きにしていいよ~」
好きにしていい。ウツロはその言葉を待っていたかのよう大きく頷いた。
昨日もそうだった。不死薬の取引現場に行く前、千条に「全部キミの好きにしていいよ」と言われていた。そうして好きにした結果——ウツロは誠一と協力する事を選び、エイジを殺したのだ。
一体何を思ってそうしたのかは本人にしか分からない。もしかすると、今またエイジを殺そうとしているのかもしれないが……。その行く末を誰よりも見たがっているのは千条だった。
殺した筈の男が生きている。そんな想定外を前に、自分の研究対象はどう行動するのか。
それを観察したいが為だけに、エイジを利用したのだ。半年前に不慮の事故で不死薬を奪い去ったエイジは、千条にとっては色々と都合の良い存在だったからだ。
エイジからしてみればたまったものではないのだが……。
そうしてウツロの態勢が整っている一方で、ステージ上に座らされている律が誠一に声を上げた。
「白渡さん、止めてくださいこんな事ッ! っていうか、その前に私のこれ解いてくださいッ」
「いや、お前の事自由にしたら、多分俺の邪魔するじゃん」
「当たり前じゃないですか!」
「当たり前なんだ……」
即答で返されて少しガッカリする誠一。手足の拘束はそのままにして正解だった思ったが、誠一も律の気持ちは分かっていた。そして、彼が思っていた通りの言葉で律は更に問いを続けた。
「何であんな人を助けるんですか。この島を危険に晒した人なんでしょ。やっぱり協力してくれるっていうのは嘘だったんですね」
「嘘じゃないさ。さっきも言ったけど、この島を護る為にお前らとは協力する。それは変わらない」
「だったら何で……」
「この島を護るっていうのは、脅威のなくなった奴も殺すって事じゃないと思ったからだ」
「……え?」
迷いなく出てきた誠一の言葉は、律だけじゃなくミリアム達にも届いていた。
信念を曲げる様子はない。島を護る事と、エイジを助ける事は両立できる筈だと。
「確かにアイツがやった事は事実だし、お前の気持ちも分かる。でもな、アイツにはもう脅威がないんだぞ? この島をどうにか出来る能力なんて持ってないんだ。……それでも殺すのか? お前の言う『敵』って何だよ」
誠一の問いに律は答える事が出来なかった。自分の敵とは一体何なのか。自分はただあの男が憎いから見捨てたいだけなのか。それが分からなかったのだ。
律は沈黙したままだったが、彼らの会話に割って入る形でミリアムが応えた。
「綺麗事ね。そんな甘い覚悟でこの先もやっていけると思っているのか?」
ミリアムもまた自分の考えを曲げるつもりはないようだった。お互いに信念を曲げられない以上、最早衝突は避けられない。
「さぁな。先の事は知らねぇよ。でも、ハッピーエンドは綺麗事の先にしかないだろ? 俺はそこを目指す。漫画みたいなラストを。そして、この物語の主役は俺だと証明してやる。だから—―」
誠一はミリアムの方を向くと、クナイを取り出して正面に構えた。そして、それこそが自身の覚悟を現しているかのように、誠一は力強く言ってみせた。
「俺の覚悟が本当に甘いかどうか……そこで見てろよなァ!」




