1.7.6
◇ ◇ ◇
一時間前
「そもそもさ、何が問題になってるんだ?」
時は一時間前、慎の自室にまで遡る。
誠一は赤い液体の小瓶を見せながら、慎に問いを続けた。
「これがお前の言う不死薬の完成品ってやつなんだろ? 俺にケースを盗ませたのは、結局のところこれが欲しかったって事だよな。昼間の電話でお前に焦りがなかったのは、俺がケースの中から薬だけ抜き取っていた事を知っていたからだ。そうだろ?」
「えぇ。確かに僕が欲しかったのはその不死薬です。あの電話の時は僕も時間を作るのに苦労したんですが……まぁそれはいいとして。その瓶なんですが、どうやら中身を全て飲みきると身体が不死になる……らしいですよ?」
「マジで漫画みたいな話だよなぁ。未だに信じられねぇけど」
「僕も実際に見たのは初めてです。……試してみますか?」
「……。いいや、やめとくよ。ちょっと興味はあるけど別に不死になりたいとか思わねぇし。それよりもお前が欲しがってたんだ。とっとと飲んじまえよ」
「いえ、僕も別に不死になるつもりはないんですよ」
「……どういうこと?」
「その前に先程の問いに答えますね。そもそも何が問題なのか。……もう率直に言うんですが……問題はズバリ、不老不死の技術とナジロ機関です」
「……。えっと……ごめん、ちょっとついていけなかった。……え、ナジロ機関?」
「ナジロ機関がこの島を裏から操っている治安維持組織という話はしましたね。グランミクスと連携してこの島を護っていると。組織としては独立していますが、基本的にナジロ機関はグランミクスの指示に服従する立場にあります。即ち、ナジロ機関の行動はグランミクスに筒抜けなのです」
「それの何が悪いんだ?」
「順を追って説明します。グランミクスは中枢区で霊水の研究を行っていますが、その扱い方については未だ完全に理解できていないというのが現状です。ですが、本来霊水を使う事でしか実現出来ないとされていた不老不死の技術を手に入れたとなれば、それを糸口に解析が一気に進む筈です。つまり、技術の発展、人類の進化が加速するんですよ。それはこの島が無用に力を得ることに繋がり、必ず平和を脅かす要因になります。……それでもグランミクスは霊水の解析を最優先にしていて、ナジロ機関もそれに同調しているんです」
「不老不死の技術から霊水の解析ねぇ……。進化が加速ってもなんか壮大な話だな」
「グロースの存在をナジロ機関が認識すれば、その情報はグランミクスにも伝わります。そうなればグロースの技術を吸収しようと動き始める事でしょう。なので、ナジロ機関が認識する前にグロースを島から排除しなければならないのです」
「排除するって……でもよ、そんなの一時的なその場凌ぎでしかないだろ?」
「その通りです。この問題の根幹は『不老不死の技術が生まれてしまった事』自体にあります。仮に今回凌いだとしても、これから先に同じような事は起こり得る。だから、その『これから』に備える為にも、ある人物と協力関係を結びたいんです。誠一さんに不死薬を盗んで貰ったのは、これを餌に交渉を持ち掛ける為です」
この島の心臓とも言える霊水。その解析を進める事は、舞識島の平和を護る事に繋がる。この島の上層部はそれを信じ、霊水に繋がる情報を集めて、外敵から島を護ろうとしていた。その目的を果たす為にナジロ機関は設立され、それを可能に出来るだけの強力な力を有していた。
しかし、外敵を毒とするなら、ナジロ機関もまた毒であると言える。情報の隠蔽、改竄、殺しの技術。ナジロ機関も危険な存在に変わりない。だが、それでも目的を果たす事が優先されたのだ。
毒を以って毒を制する事。それが平和の為の正しい行いなのだと信じて。
故に、『無白機関』。そう名付けられた通り、その組織は決して完全な白(正義)には染まれない。
だが……。
「一人だけいるんです。僕と同じ考えを持つ人が。その人はナジロ機関の人間でありながら、組織の危険性を誰よりも理解している。島の外と内のバランスを保つ事。それが最も重要で、たとえ組織を裏切る事になってもやらなければいけないと考えている人が。その人の名は—―」




