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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.1 七章 演目【九月一日】 (後編)
61/79

1.7.4

 聞き覚えのない女性の声が突然聞こえ、併せてホールの入り口から銃声が一発鳴り響いた。

 九十九と千条が慌てて入り口に目を向ける。するとそこにはスーツ姿の男女二人が立っていた。

 男の右手には拳銃が握られており、その銃口は天を向いて煙を上げている。どうやら威嚇目的の空砲のようだった。だが次には、男は拳銃に弾を装填し、無言のままステージ上に銃を向けていた。

 その男の後ろに立っている銀髪の女性が、先程の発言に続けて口を開く。


「見つけたわ。どうやら貴方たちが今回の騒動の元凶……という事で間違いなさそうね」

「き、貴様はッ……!」


 九十九がその銀髪女を睨み付ける。錬金術師の祖先である九十九は、その女が何者か知っていた。

 ミリアム・ハーネット。錬金術を捨てた身でありながら、賢者の石を手中に収めている一族の娘。舞識島を横からかすめ取った卑しい一族。その家系に連なる女だ。

 その女がアタッシュケースを手に持って九十九達の前に現れていた。


「ハーネット。……そうか、ナジロ機関! 全部貴様らのせいか。まさか薬がすでに奪われていたとはな……。錬金術師の悲願すら捨てた連中が! 俺の仲間が帰ってこないのもお前らの仕業か!」

「何の話かは知らないけど……やはり錬金術に縁があるのね。色々と確認する手間が省けたわ。そこにいる白面怪人も貴方たちの差し金ってわけ?」


 ミリアムもまたステージ上に立つ者達を睨み返す。白衣を着る男と女。そして、ウツロこと――都市伝説『カゲナシ』。この者達が何者なのか明らかでないが、カゲナシにはこちらの仲間を殺されている。それを刺客として送り込んだのがこの男であるなら、敵である事は間違いない。

 ミリアムはステージ上とその周囲の状況を確認した。他に敵の姿や罠がないか見極めている中、カゲナシの足元で倒れている少女の姿が目に入った。


「……律?」


 ミリアムが部下の名を口にする。そして丁度その時、倒れていた少女――律の意識が薄らと目覚めていった。徐々に意識が回復していくと、律は自分の置かれている状況を理解する。


「……。……? ―――ッ。 ――――ッ!』


 律はテープのせいで声を上げることが出来ない。手足が縛られて身動きを取る事も出来ない律は、何かを訴えるよう目をミリアムに向けている。


「あーそうか。この女は貴様らのお仲間か。……ハッ、なら丁度いい」


 ミリアムの様子を見ていた九十九は、少女がナジロ機関の関係者だと察した。少女がこの近辺にいた事も、組織が大方の目星をつけて探っていたとすれば筋は通る。この女も敵ならば話は早い。

 九十九は律の腕を掴んで無理やり起き上がらせると、懐から拳銃を取り出した。


「動くな。この女の命が惜しいなら、まずはそのケースをこっちに寄越せ」


 律を人質に九十九が交渉を持ちかける。律本人も身動きが取れず、為す術がない状態だ。

 その様子を横で見ていたウツロがこのホールに入ってから初めて動きを見せた。自分がどう対処すべきか分からないのか、後ろの千条に指示を仰ぐように視線を向けている。


「今は私達を護っててね。あの人達が動いてきたら相手をしてあげて。それ以外はまだダメだよ?」


 千条だけは相変わらずの笑顔であり、この状況にも拘らず、全く臆していない。その彼女の言葉にウツロは黙って頷き、相手がどう動くかを見定めていた。

 対してミリアムは九十九の要求に応える事なく、護衛の男――桐原にケースを渡して静かにステージに近づいていった。距離はおよそ十メートル。そこまで来たところで九十九が声を上げた。


「そこで止まれ! さぁ、ケースはそこに置いてもらおうか」

「……分かった」


 九十九の要求に従い、ミリアムは歩みを止めて桐原に視線を送る。桐原もそれに黙って従い、アタッシュケースをその場に置いた。だが、次の瞬間――


「やれ桐原」


 ミリアムによるその声を合図に、桐原はアタッシュケースをステージの上に放り投げ――その宙に上がったケースに対し銃弾を撃ち放った。五発全てが命中し、ケースは空中で砕け散る。


「なッ⁉」


 銀色の破片となったケースを前に、九十九は呆然する。長年費やしてきた不死実現の成果。それを目の前で粉々に砕かれたのだ。


「……や、やりやがったなこのクソ女! よくも……よくも俺の不死薬を!」

「本当に不死を実現していたのね。まさか自力で完成させたとは思いもしなかったけど。でも、わざわざ不死薬と言っている辺り、不老はまだ完成していないのかしら?」

「だったらどうした? 確かに不老は成せていないが、霊水さえあればもう完成するところまで漕ぎつけているんだ。モノの価値も分からない連中が……。やはり貴様らは全員消し去らなきゃいけないな。この聖地を開放して、霊水を俺のモノに……」

「まぁ、そうやって怒るのは勝手だけど。その前にケースの辺りをよく見てみなさいよ」

「なに?」


 ミリアムの言葉に怒りを感じつつ、九十九は砕けたケース周辺を見渡した。徐々に落ち着きを取り戻していく中、九十九はある異変に気付く。


「……薬がない?」

「えぇ、そうよ。私たちがそれを手に入れた時、もう中には何もなかった。だから貴方にケースを渡したところで無意味なのよ。解る?」

「なんだと? ……なら、俺の薬はどこに……」


 九十九は、どのタイミングでケースから薬が消えていたのかを考えた。

 この島に薬を運んでいる事は間違いない。運んだ時点では中身はあった筈だ。だが昨晩、ケースの受け渡しにトラブルがあって、運び屋と繋がっているというキャップ帽の男にケースを盗まれたと千条から聞いている。その全てが、ナジロ機関による工作だと思っていた。


 ――だが、こいつらに薬が渡っていない。という事はまさか……。


「さぁな、どこにあるんだろうなぁ!」


 突如、別の男の声がホールに響き渡った。

 九十九の疑問に答えるかのようなその声は、ホールの上――天窓付近の上部通路から発せられていた。だが、一同が声のする方へと目を向けてもそこに人影はなく……声の主はそこから垂らしているワイヤーを掴んで飛び降りていた。振り子のように動くワイヤーを掴んでステージに向かって大きくジャンプし、キャップ帽を被った男が瞬く前に九十九の前に現れる。


「……て、テメェは!」

「そいつは貰ってくぜ」


 九十九の一瞬の怯みを逃さない。キャップ帽の男は一気に九十九へ間合いを詰め、右手に持っていたクナイで律に向けられている拳銃を弾き落とした。

 戦闘に関して素人同然の九十九。体勢を崩すには十分な一撃だった。そこで生じた隙を突き、更に続けて上段に回し蹴りをあびせる。ステージ中央で九十九を吹き飛ばし、キャップ帽の男は律を抱えて大きく後ろへと下がった。

 その一連の流れはあまり鮮やかであり、まるで漫画を思わせるような出来すぎた展開であった。


「ちょっと遅れたけど、ギリ間に合ったよな?」


 それを成し遂げた当の本人――白渡誠一は、自分の腕に抱えられている律に微笑む。

 手足を縛られているまま抱えられ――所謂、お姫様抱っこをされている律。そんな状態にある事に若干の恥ずかしさを感じているのか、頬が少し紅潮しているように見えたが、当然大人しくなるなんて事はない。寧ろ怒りの感情半分で、律は体をジタバタさせて暴れていた。


「――ッ――! ――――ッ!!」

「よーしよし分かった! 分かったから一旦落ち着けって。あ、そうだ! お友達の事なら安心しろよ。ちゃんと家には送り届けたから。……で、その後にお前から手帳パクってたの思い出してな。返すついでに助けようと思って……いや冗談だって。ついでとか嘘だから」


 律の冷めた視線を受けつつ、誠一は己のやるべき事を確認するように彼女に言った。


「約束しただろ、力になるって。後は任せろ」


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