1.1 少年の日常
あぁ、夢だ。これは夢だと分かる。
夢の中で夢と自覚するのは不思議な気分だけど、こういう事はたまにある。目覚めが近い合図だ。
何もない真っ白な空間。そこで、小さい頃の僕は一人で座り込んでいた。
そうやって俯いている僕は、多分何かを悩んでいた。自分の事なのにそれが分からないのは、夢らしいと言えば夢らしい。ただ、何か悩みを抱えていたんだと思う。
そんな僕に、何者かが声をかけた。
「どうした? また困り事か?」
顔を上げると、そこには一人の少年が立っていた。……僕は彼の事を良く知っている。
「何か困った事があったらいつでも言え。俺はお前の味方だ。悪い奴は俺がぶっ飛ばしてやるし、呼んでくれりゃすぐに駆けつけるから!」
彼はいつも明るく笑って僕に手を差し伸べてくれた。まぁでも……。
「皆が笑えるように頑張るよ。だってほら、俺はヒーローになるんだから!」
と訳の分からないことを言う奴だったけど。
でも……いや、だからだろうか。
彼の言葉には、どこか頼りたくなるような根拠のない期待を寄せたくなるのだ。
馬鹿な奴だけど、彼はいつも励ましてくれて、僕にとってはヒーローのような存在だった。
柳和馬。それが、僕の親友の名だった。
「またいい加減な事言って。ヒーローとか、そういうの本当に好きだよね、柳君って」
今度は横から女の子の声が聞こえてきた。振り向くと、そこには一人の少女の姿があった。
「お、律。丁度良かった。お前もコイツになんか言ってやってくれ。まーた一人で悩んでるんだ」
「別に私からは特にないけど……。でも、如月くん。あまり一人で思いつめないでね」
和馬とは違い、落ち着いた口調で話す彼女の名は、成瀬律。
彼女も親友の一人。僕ら三人は、小さい頃から仲の良い友人だった。
「よし、とにかくだ。まずは動こうぜ。動かないと何も始まらないからな。さぁ、行くぞ慎!」
「それじゃ如月君。私も先に行くね」
和馬が先頭を歩き、その後ろを成瀬さんも付いて行く。
遠ざかっていく二人の背中。僕も立ちあがって、その後を付いて行こうと足を前に出す。
でも、どれだけ走っても、何故か身体は前に進まなかった。彼らとの距離が一向に縮まらない。
二人とも変わっていく。僕を置いて変わっていくんだ。
待って……嫌だ、置いてかないで! ……僕はやっぱり何も出来ないのか……。
でもやっぱりそうだ。分かってる。こういう時、僕は最後に決まってこう言うんだ。
「まぁ、仕方ないか……」
◇ ◇ ◇
九月一日 早朝 ある少年の自室
「……ううぅ……いてっ」
夢に魘される少年はベッドから転げ落ち、その衝撃により徐々に意識が覚醒していく。
カーテンを開け、朝陽が部屋を照らす中、少年――如月慎は気だるそうな声で呟いた。
「……夢か。そりゃそうだよなぁ。それにしても、あぁ……遂にこの日がきてしまった……」
この日、九月一日は夏休みが明けた日。彼の通う高校の新学期が始まる日だった。