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【七章 演目【九月一日】 (後編) 】
錬金術師の悲願――人類の進化。そこへ至るにはまず不老不死になる必要がある。
厳密には、不老不死にならなければ、人体に進化を促す事が出来ないとされており、これが進化を成す為の正規の道順だった。
そして、進化を成した者は第七感という超常の力に目覚め、やがてこの世の全てを知る。
それがこの先の何千年、何万年、あるいはもっと先の未来で起こるだろう人類の進化だった。
しかし、これを人為的に引き起こす手段が一つだけあった。
賢者の石から生み出される霊水を使う事で、無理やり進化を引き起こすという方法である。
錬金術において万能のエネルギーを秘めているとされる奇跡の物質――賢者の石。
そこから得られる霊水は万物の原料になるとされ、あらゆる難病を治す薬から、不老不死の薬、果ては進化そのものを成す薬など、調合次第であらゆる物を創り出す事ができるとされていた。
ただ、『実現不可能な事がない』からこそ、霊水の扱いは非常に難しく、例え霊水を手に入れたとしても、扱う者に力量が無ければ宝の持ち腐れとなって何も実現できないまま終わってしまう。
霊水を使う進化は正規の方法でない……ある種の裏技のようなものだったのだが――この霊水の構造、その扱い方の全てを熟知した一人の男がいた。
その名を、テイマー・ハーネット。
賢者の石の在処を突き止めたその男は、まず舞識島を補完する為に人工島への改造を行った。
その課程で霊水の持つ無限の可能を理解したテイマーは、ハーネット家から姿を消し、霊水を島外へ持ち出してその正しい扱い方を独りで模索していたのだ。
その結果、彼は霊水を使って進化を成す術を手に入れてしまった。
それが具体的にどういった方法なのか、調合レシピがどういったものなのかは定かでないが、それを実現できたのは確かだった。
そして、『実現出来てしまった』というその事実が、テイマーに霊水の持つ危険性を悟らせた。
方法はどうあれ『霊水から進化を引き起こせる術』があるという事実がある。テイマーは秘匿するつもりだったが、この先のどこかで誰かがそれを得るかもしれない。
いずれ人が自然に辿り着く進化。それを人為的に引き起こす事は果たして許されるのだろうか? 正しい事なのか?
そうでなくとも、霊水にはエネルギー資源としての価値もあり、争いの火種にも成り得た。
テイマーは霊水の発見が人類の幸福に繋がると信じていた。だから人工島を生み出す計画に尽力したのだが……その選択が本当に良かったのか最後まで確信が持てなかったのだ。
そして十年前。テイマーはある決断をした。
舞識島を管理するグランミクス、あるいはナジロ機関が誤った道に足を向けないか、舞識島が正しくある為に監視する事。自分が死んだ後も島を見続ける監視者、島で起きる全てを把握する絶対的存在を生み出して、ナジロ機関とは別の角度から島を護るという事。
その為に島外に持ち出した霊水のサンプルを使って、第七感を持つ一人の人造人間を創り出した。
それが――
「それが私です」
夕陽が差し込む部屋の中で、少年――如月慎は、目の前の男に語っていた。
舞識島の現状とこの島の抱える秘密。ナジロ機関、グロース、錬金術、不死身を実現するとある薬。そして、自身の正体の事を。
「ピンと来ないかもしれませんが……人類の進化というのは、人が言語を生み出した時から相互理解や意思疎通……即ち『繋がる』という方向に進んでいるのです。そして、その果てには第七感という力の目覚めがあります。私がこの島の事を色々知っているのはこの力を持っているお陰で、その……『そういう存在だから』としか言いようがないんですが、ご理解頂けますか?」
慎の話をじっと黙って聞く誠一。この半年間、謎にまみれていた全てをようやく説明された訳だが、その内容はあまりに現実離れしており……。
「……まぁなんだ。なんつーか……、漫画みてぇな話だなぁオイ」
「予想通りの反応ですね。逆になんか安心しましたよ」
誠一の反応も無理はなかった。そもそも殆どの人間はこんな話に聞く耳持たないだろう。
だからこそ慎にとっては聞いてくれただけでも有難く、誠一なら真剣に相手にしてくれる筈だとも思っていた。
「いくつか質問させてくれ」
「どうぞ」
「まずそうだな……。お前の持ってるその力……第七感ってのは超能力みたいなもんでいいの?」
「大凡その認識で大丈夫ですよ。と言っても説明し辛いんですが……。私にはこの島で起きているリアルタイムの出来事が分かるんです。今この瞬間の事も。見えるとか聞こえるとかじゃなくて、情報が頭の中に流れ込んでくると言いますか……。信じてもらえないでしょうけど」
「マジかよ……。すげぇ、エスパーじゃん。……いや、でも確かに今までの事を思うと信じられない事ばかりだった気はするけどよ。……まぁ、やっぱ漫画みてぇな話だな」
その後も誠一は幾つか質問を投げ、慎はその全てに丁寧に答えた。
テイマーは、舞識島が完成した三十年前にハーネット本家から姿をくらまして、日本本土へと渡った。予め裏で手を回し、信頼できる協力者の力も借りながら、日本に秘密裏に用意していた研究所で長年過ごしていたのだ。
如月慎はその研究所内で生まれた。テイマーが今から十年前に創った人造人間、即ちクローンであり、霊水で調合された特殊な培養液の中で五歳程まで育てられた。そうして人為的に進化を果たし、第七感を得るに至ったのである。
丁度その時期にテイマーは病で倒れて亡くなった。彼の死後、慎には当初の計画通り『舞識島を監視する』という役目が課せられ、慎と同じく意思を引き継いだテイマーの助手兼、世話役だった女性と共に舞識島に渡って来た。その女性というのが、誠一が家に上がった時に現れた人物であり、慎の母親という立場でサポートを行っているらしい。
「なるほどな。まぁ大体は分かった。この島で正体隠してる理由もその役目の為って事か。すると、お前の正体を知っているのは、その母ちゃんを除くと、もしかして俺だけ?」
「そうです」
「って事は、お前の友達っていう……あの女にも教えてないんだな?」
その話題が出た瞬間、慎の表情が僅かに揺らいだ……ように見えたが、やはり変わらず淡々とした調子で応えた。
「先程話したように、彼女はナジロ機関の人間ですからね。私の存在があの組織の人間に知られる事は避けなければなりません」
「だから都合よく利用して、今日の昼間、俺に差し向けてきたんだな」
「そうです。……まぁ、どう取ってもらっても構いません。利用した事は事実ですからね。幻滅しましたか?」
どんな理由があるにせよ、友人を危険な目に遭わせた事には変わりない。律が何を思ってナジロ機関に入っているのかも慎は当然知っている。それらを全てを分かっていて利用したのだ。
その事に罪悪感が全くない訳ではなさそうだが、それでも実行したのは『そうする必要があった』という事だろう、と誠一は察した。
少なくとも、この島を護りたいという想いだけは本物のように見えたのだ。
「お前は使命ってやつを優先したんだろ? そういう選択をしたのは分かる。……だからと言って何しても良いとは思わねぇけど。まぁ俺から言う事は何もない」
「…………。ありがとうございます」
「ただ、わざわざあの女を使った事には疑問があるけどな。別にアイツじゃなくても良かったんじゃないか?」
「それは……。あの状況で一番都合が良かったのが彼女だったので……」
「ふーん。まぁいいや、とりあえず色々と謎が解けてスッキリしたよ。……んじゃ最後の質問な。ずっとこれを聞きたかったんだ。……何で俺を選んだ?」




