1.interlude.1
【間章 虚 】
三月某日 日本本土某所
~千条千尋、ウツロについて語る~
ウツロ君の事について詳しく教えろ?
いやぁ~、それはいくら先輩の頼みでも無理ですね。私の研究に関する事なので。
……うーん……でも、そうですね。計画には協力する事になってますし、ウツロ君の事も少しは知っておいてもらった方がいいかもしれませんね。
分かりました。……ただその前に一つだけ。先輩は進化についてどれくらい知ってます?
……なるほど。まぁ、九十九家は不老不死の専門ですし、仕方ないですね。
では、まずそこから話しましょうか。
錬金術師たちが目指していた人類の進化。そこへ至るには不老不死が必要というのは言うまでもないですね。不老不死を得た者はその時点から脳の発達が始まり……そして、ゆくゆくは第七感に覚醒すると言われています。
私の研究というのは、平たく言えば、不老不死を介さずに進化を実現する方法だったり、そもそも進化とは何なのか、第七感とは何なのかという事を解明するといった内容です。
不老不死は、脳の発達を引き起こすトリガーとして必要なだけですからね。であれば、脳の謎さえ解明できれば、進化を実現できるんじゃないかと考えたんです。
そういった理由から色々と試してるんですが……私が行っている実験の一つに『五感を強化する』というものがありまして。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚……はい、あの五感です。各感覚器官と、脳の働きは密接に繋がっていますからね。なので、脳を弄れば、人為的に五感の強化が出来れるのではないかと考えました。それが進化に繋がる糸口になるのではないかと!
ただこの実験はかなり失敗が多くてですね……。人体実験で軽く百人はダメにしてしまったんですが……でも、なんとか一人だけ成功した個体がいましてね~!
そう、それがウツロ君なんですよ! あ、当然本名ではないですよ。
実験は成功して、彼は常人を遥かに凌ぐ五感を手に入れました。
しかも面白い事にですね……彼、五感の強弱を自分の意思で調整出来るみたいなんですよ。
どんな深い傷を負っても触覚を切ることで痛みを感じなくなりますし、視覚の場合だと『目で見る』能力そのものを研ぎ澄まして、動体視力を向上させる事が出来るとかですね。
それを五感全てに対して自由に行えるわけです。
流石にここまでは予想外でしたが、かなり面白いデータは取れましたよ。
でも、少し困ったこともあってですね~。実験が成功したのは良いんですけど……実は彼、五感を強化したショックからか、人格がおかしい事になってるんですよね。
実験前と別人みたいになってるというか……。二重人格なのかどうかも良く分からないんですけど、その新しく出てきた人格の方が常に表面に出ていて、もうずっとそんな状態なんですよね。
私が『ウツロ』と呼んでいるのは、厳密にはその人格の事を指しています。
そのウツロ君なんですが……これまた面白くてですね。どうも記憶に変化はなさそうなんですが、性格が若干違ってるんですよね。どうやら、性格は記憶だけで構成されるものではないようです。
本人も何かがおかしい自覚はあるようで、記憶は同じなのに、これまでの自分をどこか他人事のように感じてしまってるみたいなんです。おそらく他人の身体を乗っ取っているような感覚なんでしょうね。だから元の人格に少しでも戻りたくて、記憶から性格を真似してるんですって。ここから辺が可愛いんですよね~。
まぁ要するに、彼は中身が空っぽなんですよ。
身体も記憶も元の人格の持ち物で、それを乗っ取っているウツロ君には何もない。
記憶を引き継いだだけの他人といったところです。それに混乱しているのか……精神を安定させる為の自己暗示なのかは分からないんですが……私の言う事だけは何でも聞いてくれるんですよ。はい、私の指示なら何でも実行してくれます。ええ、本当に何でもです。
ただ、私としては彼の成長を見守りたい気持ちが強くあってですね。
ずっと世話をしてきたので、愛着はありますし、ウツロ君も私を『自分を生み出してくれた恩人』と言ってくれていて嬉しいんですが……私の指示で動くよりも、想定外の状況下でどのような行動にでるのかを観察したいんですよねぇ。
ウツロ君の成長は、おそらく進化に繋がる糸口になりますから。もっとデータを集めたいです。
なので、彼の正体は伏せさせてください。余計な影響を与えられては困りますからねぇ。




