1.6.17
◇ ◇ ◇
同時刻 某通り
アタッシュケースを受け取り、便利屋の事務所を後にしたミリアムと桐原。
空のケースを握って足早に歩くミリアムに、スマホの着信が入った。
その着信相手の名を確認しないまま、ミリアムはスマホを取り出して通話ボタンを押す。
『こんにちは。どうやら状況に追いついたようですね』
「……これはどういうこと? お前は何を考えている?」
『安心してください。中のモノは今私の手の内にあります。まぁ、私も貴女と同じ考えでね。これを公にするつもりはないし、私益の為に使うつもりもありませんよ』
「それを信じろと?」
『信じてもらうしかないですね。えぇ、だからこそ貴女は今動くしかない。……私はね、貴女を舞台の上に引きずり出したかったんです。この島の事を、対等に話し合う為に』
「話し合う……?」
『はい。こうでもしないと聞く耳持たれないと思ったので。貴女と取引がしたいのです。……ですが、その前にやる事がありますね。この島に攻め込んできている『ある者達』の問題を解決しなければなりません』
「……。分かった。最優先はそれね。……どうせ居場所も掴んでるんでしょ? どこ?」
明らかに苛立っている声色のミリアムに対し、エクスは変わらず応える。ただ淡々と――。
『C区画の拡張工事現場。その一角が、彼らの根城です』
◇ ◇ ◇
夕刻 A区画某マンション
何者かとの通話を終えた慎は、誠一を自分の家へと案内した。慎の住居はA区画の住宅街に並ぶ十階建てマンション、その五階の角部屋に位置する。特におかしい事もない普通の家だった。
玄関の扉が開いたところで、部屋の奥から慎の母親らしき人物が現れる。
「おかえりなさい。遅かったのね。……あら、そちらの人は?」
「ただいま母さん。この人が前に話した協力者だよ。……これから全てを話そうと思う」
慎がそれだけ言うと、母親は全てを察したような表情となり、誠一を何の警戒もなく家の中へと上げた。誠一には、慎の正体の謎が深まるばかりだったが、先程のやり取りから察するに、おそらく母親には自分の事がある程度知らされているのだろうと思った。
誠一は少し不気味に思いながら家に上がり、慎の自室へと向かった。リビングなどの家の内装にもやはりおかしい部分はなかった。……なかったのだが、慎の部屋だけは別だった。
そこは、学生に似つかわしくない仰々しいPC機器で部屋の三分の一が覆いつくされており、モニターが六枚も壁掛けされているという、明らかに他の部屋と雰囲気の違う一室だった。
誠一をその部屋に案内し、窓から差す夕陽に照らされる中、エクスこと――如月慎は、この半年間手駒としてきた男に向けて言葉を紡いだ。
それは物語の始まりを語り聞かせるかのように――。
「お待たせしました。……では改めまして……」
「こんにちは。いや、初めましてと言った方が適切でしょうか。まさか、貴方がここまで来るとは思っていなかったもので。なので素直に驚いています。本当に期待以上です。貴方は『何か』を知りたくてここまで来たのでしょう? であれば、私も自分の役割を果たさなければなりませんね」
「そう、役割です。この島の人々は、皆等しく役者であり、誰もが役割を持っている。そうですね。此処は舞台上のような場所ですよ。私にはそう見えるのです。この島の人々と物語がどこへ向かうのか。私はそんな舞台をずっと見てきた。見続けてきました。だから、きっと私は観客で、あるいは端役のような存在なのかもしれませんね」
「……おっと、話が脱線しました。すみません。では、前置きはここまでにして……。少し長くなりますが、どうか聞いてください。この島のことを」
「『舞識島』と呼ばれる人工島。そこで起きたとある事件。錬金術と不老不死。人類の進化と賢者の石に纏わる話。島が抱える秘密」
「この物語の始まりがいつだったのかを」
「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私のことは、エクスとお呼び下さい。この島では都市伝説なんて呼ばれたりしていますが……。はい、宜しくお願いしますね」
【六章 演目【九月一日】 (前編)】終




