1.6.16
◇ ◇ ◇
A区画 住宅街通り
「よーしっ。この辺まで来れば、もう大丈夫だろ」
広場での一件から、慎を連れ出してA区画の街を走っていた誠一。
慎はただ訳も分からず誠一に手を引かれていた。
気付けば住宅街に辿り着いていた。人通りが少なくなった場所に出たところで慎が尋ねた。
「あ、あの……助けてくれてありがとうございます。でも、何でこんな事を?」
「いやぁ、あの女に『何とかしてやる』って言っちまったからな。キミを無事に家まで送り届けるって。……まぁ、そんなもんは建前なんだけどさ」
あの女というのは、律の事だろう。この男とはちょっとした知り合い程度の間柄らしいが、何故ここまでしてくれるのかの説明は一切なかった。
その彼女も気付けば姿を消していて、あの騒動を最後にはぐれている。
ここに至るまでの流れに慎は困惑している様子だったが、誠一はそのまま話を続けた。
「まぁアレだ。もういいんじゃねぇか? そろそろ惚けるのはやめようぜ」
「……惚ける? 何をです?」
「何って……。正直俺も驚いてるけど、キミなんだろ? エクスって」
その発言で、二人の間に静寂が流れる。
誠一の発言の意味が分からないのか、慎はやはり困惑の表情だった。
「言ってる意味がよく分からないんですが……エクス? エクスってあの都市伝説の……?」
「あー、あくまで惚けんだな。ま、それでもいいけどよ。なら、もう一度確認しようか。俺がお前にアタッシュケースの事で質問したこと覚えてるか?」
「は、はい。それはまぁ……。どこで手に入れたのかってやつですよね?」
「それそれ。で、こう答えたな。『変な星マークのロッカーにケースがあった』って」
「確かに言いましたが」
「だよな。でも、それはおかしいんだよ」
そう言われても尚、慎の様子は変わらない。だが、誠一にはその根拠があった。
そして、彼は己の取った行動と、慎の発言の矛盾点について話し始める。
「その星マーク書いたのも、ケースを隠したのも俺なんだけどさ。俺はただカラースプレーで落書きしただけで、星のロッカーになんて入れてない。その三つ隣のパスワード式の普通のロッカーに鍵かけて入れてたんだ。星マーク書いたのは、大まかな位置を知らせたかった親切のつもりだったんだけど……。だからまぁアレだ。あの時、お前が嘘ついて答えたのが何より怪しいんだけど、それ以前に……何で鍵付いてるロッカーを開けれるんだ?」
「……」
「そりゃ当然パスワードを知ってたからだよな? じゃあ何で知ってるのか。その方法はやっぱり分からないが、多分いつも俺をどこかから見てるのと同じ理屈で――」
「もういいですよ、その辺で大丈夫です、はい」
その瞬間、慎が豹変した。それまでの雰囲気とは打って変わり、まるで別人のような口調で誠一に応える。それと同時に顔も無表情となっており、明らかに今までと様子が違っていた。
そんな目の前に立つ異質な少年を前に、『やはり間違いない』と誠一は確信を抱き――
ポーチの中から、昨日盗んだケースから抜き取った小瓶を取り出した。
「やっぱりお前だったんだな。ようやく捕まえたぜ」
誠一によって正体を暴かれた慎は、それでもやはり無表情のまま淡々としていた。
「ついてきて下さい。約束を果たしますから。あっ、でもその前に……」
そう言うと、慎は何かに気付いた様子で虚空を見上げ――制服のポケットから小型の変声器とスマホを取り出した。




