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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.1 六章 演目【九月一日】 (前編)
53/81

1.6.15

 ◇   ◇   ◇

 A区画 便利屋『アサカ』事務所内


 彼ら(便利屋)それ(ナジロ)を知ったのは、ただの偶然だった。

 便利屋に入ってくる様々な依頼。それらをこなしていく中で、舞識島の問題、島に対する違和感のようなものに気付き始めていった。

 グランミクスの管理下で島は問題なく回っているように見えるが、島内の幾つかの事実、主に犯罪事件に関する事実が不当に歪められている事に偶然気付き――

 それを独自に調べていった結果、ナジロ機関という組織の存在、その尻尾を掴んだのである。

 便利屋の調べでは、どうやらナジロ機関は舞識島内でかなり強い権力を有しており、グランミクスと繋がって舞識島の裏社会を支配している危険な組織だと分かったのだが――。

 丁度その頃、ナジロ機関の幹部――ミリアムが、彼らの動きに気付いて圧力をかけたのだ。

『下手な動きをすれば、身の保証はできない』とこれ以上ない直接的な脅しまでされていた。

 それからというもの、便利屋は為す術もなく、『ナジロ機関の存在を口外しない』事を条件に、舞識島の外に出る事も出来ず、島内で存在することを許されていた。


「単刀直入に言います。貴方たちの持っているアタッシュケース、それを渡してください」


 誰にも邪魔されずに話をしたいというミリアムの要望に従い、便利屋は店を出てから、彼女を事務所に案内した。

 事務所内の客間として使われる小さな個室。その部屋で、机にアタッシュケースを置き、ミリアムと光秋が対面に座っていた。他の人間は外に追いやっていて、個室内は完全に二人だけの空間と化している。ミリアムとの話し相手が光秋一人だけという事に、喜代は猛烈に反対していたが、ミリアムも連れの桐原を席から外させたことで、便利屋メンバーを渋々納得させていた。

 そうして、光秋と二人きりになったところで、ミリアムは開口一番に要求を口にし、それに続いて、懐から札束が詰まった封筒を取り出し、机の上に置いた。


「今手持ちでこれだけしかないのだけど。足りなければ追加するわ」


 そう口にするミリアムを前にして、光秋は冷静に返す。


「……その前に、事情を教えてもらえますか?」

「私が今追っているヤマに関係しているから。それで納得して下さい」


 淡々と答えるミリアムだったが、当然、光秋が納得できる筈もない。しかし、ミリアムもそれは分かっていて言っている。つまり、『何も聞かずに黙って従え』という意味に他ならない。


「ナジロ機関……。詳しい事は僕らも知りませんけど、貴女たちのような人間が動いているという事は……僕らが関わっているのは、表だって解決できない『そういう話』なんですね?」

「察しが良くて助かるわ。バス停広場で起きた事は、私も事後で知りました。まさか貴方たちがこのケースを持っているとは思わなかったけど。……一体どこまで知ってるの?」

「何の話ですか?」


 詳細な事には一切触れず、意味深な問いを続けるミリアム。

 それ対して光秋は、何のことだか分からないという表情で沈黙を続ける。


 ――なるほど。本質的な問題は一切知らずに、状況に巻き込まれているわけね。


「分かったわ。もう少しだけ説明します」


 光秋の様子から、ミリアムは大凡の状況を察した。どうやら本当に何も知らないようだが、このままでは埒が明かない。仕方なく、ミリアムも開示できるだけの話を始めた。


「今、この島はかなり危険な状態にあります。まだ可能性の話だけど、場合によって取り返しのつかないことになる」

「危険な状態?」

「えぇ。そして、それにこのケースが関わっている可能性が高いのよ。だから一刻も早く回収する必要があって私が動いている。……私に言えるのはここまで。それで、貴方たちは何故このケースを持っていたの?」


 島が危険な状態にある。光秋としては、もう一歩踏み込んだ答えを聞きたかったが、これ以上は無理そうだった。仕方なくここに至るまでの経緯について説明する。

 一通り聞いた後、話の中に出てきた千条千尋という人物についてミリアムが問い詰めた。


「千条千尋……。その女性にケースを手に入れて欲しいと依頼されたのね。今連絡は取れる?」

「それがさっきも電話を掛けたんですけど、繋がらなくて……。正直言って、僕もこの依頼には疑念を抱いていました。でも、それで何故ナジロ機関が関わってくるんですか?」


 光秋も、この依頼に思うところは様々あったが、まさかミリアムが関わってくるとは思いもしていなかったのだ。しかも要求を言うだけ言って、こちらには何も知らせないのは流石に横暴ではないだろうか。依頼を受けている側としては、便利屋も無関係ではいられない。

 そんな想いが込められた光秋の目に対し、ミリアムは真っ直ぐ向き合って口を開いた。


「一つだけ訂正しておくけど、……この件にナジロ機関は関係ありません」

「はい?」

「正確には、組織がまだ勘付いていないという状況です。今は、私が勝手に動いているだけなので」


 淡々と。ただ淡々と応えるミリアム。言ってることの意味が良く分からなかったが、それが返って不気味に思え、光秋は続く彼女の言葉をじっと聞いた。


「覚えてる? 前に話したわよね。『下手な動きをすれば、身の保証はできない』と」

「……え、えぇ」


 ――何で今その話が出てくるんだ?

 ――も、もしかして、さっきから下手に口答えしてるから、僕らを消すとか言うんじゃ……。


 無表情で語り続けるミリアムを前に、内心で怯えている光秋だったが――。

 次に彼女の口から出てきた言葉は、その予想を裏切るものだった。


「実際そうすることは可能よ。……可能だけど、私は出来る限りそうする事は避けたいと思っています。この島には、貴方たちが必要だから」

「え?」

「貴方達は、自分達の思っている以上にこの島に影響力がある。こちらが迂闊に手を出せない程に。……なので、便利屋には、便利屋にしか出来ないことをしてもらいたい。必要以上に『こちら側』には踏み込まないで欲しいのよ。……だから、後の事は私に任せて欲しい」

「……」


 光秋は沈黙していた。彼はたとえこの依頼がどんなものであろうと――いや、今回に限らず受けた依頼は最後までやりきるつもりでいた。せめて、最後まで関わろうと。

 だが、光秋は、『任せて欲しい』と口にしたミリアムにどこか覚悟のようなものを感じていた。

 一体彼女が何を考えているのかは分からないが、アタッシュケースを回収する事も、便利屋をこの一件から退かせようとしているのも、全てはこの島の為だと言っている。

 ナジロ機関を信用したわけではないが、先程の言葉だけは嘘偽りないと、光秋は感じた。

 ならば――今、自分達に出来ることは何か? 

 光秋は一つ息を吐き、便利屋としての意志を示すように言った。


「僕らにも依頼を最後までやり遂げる義務がある。でも、今その依頼主に接触できない以上、僕らとしてもどうしようもない。まして、依頼に疑いがあるようでは……。それに、貴女からの要求を断る選択肢とか、僕らには最初からないでしょう。……なので、お金は結構です。依頼主に連絡が取れた時に……まぁ何とか言って説明しますよ」

「分かったわ。協力に感謝します」


 光秋も納得はしていないが、便利屋としての落とし所はこんなものだろう。

 アタッシュケースを渋々渡し、受け取ったミリアムがそれを持ちあげる。

 その時、ミリアムはある違和感を覚えた。


「……妙に軽いわね」


 アタッシュケースはそれ程大きくなく、サイズからしてそう重くはないだろうと思っていた。

 だが、それにしても軽い。想像以上に軽かった。

 見たところケースにはロック機構のようなものは存在せず、普通に開ける事ができそうだった。


「光秋さん、ケースの中は確認した?」

「いえ、流石に中を見るまではしてませんが……」


 訝しげにケースを見つめるミリアム。そして、彼女は恐る恐るケースを開けた。


「これは……どういう事……?」


昨晩から続いてきた騒動。様々な人物を巻き込んだアタッシュケース。

この島の問題の中心に位置付く、そのケースの中には――


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