1.6.13
◇ ◇ ◇
十六時 A区画某所
あぁ……やってしまった。
千載一遇のチャンスを逃してしまった。ケースを手に入れる最大のチャンスだったのに……。
クソッ! 何で逃げてるんだよ俺は……。というか、あの女も悠介と同じ便利屋だったなんて。
助けもなくなって、また振り出しに戻ってしまった。俺にはもう時間がないのに……。
俺の人生っていつもこうだ。肝心なところで絶対躓く。
やっぱり俺は『持ってない』人間なんだ。もう何もかも嫌になってくる。
……。いや、違う。本当は……こんな風にしか考えれない俺が情けなくて、カッコ悪くて……。
それが一番嫌いなんだ。何が『持ってない』だよ。ふざけるな。……ふざけんなよクソッ!
上手くいかない事も、嫌なことも、自分が『持ってない』と思うことにすれば何もかも諦めがついた。楽になれたんだ。でも、そんな言い訳ばかりして……その結果がこれか? こんなんで俺は死ぬのか?
ふざけんじゃねぇよ……。ふざけんじゃねぇよオイ! 言い訳がねぇだろうが!
なのに、何で俺はこんなにも動けないんだよ……クソォ……。
俺は本当はどうしたいんだ……? 俺は……どうなりたかったんだろう。
「ねぇ。こんなところでどうしたの?」
A区画の通りにあるベンチ。そこで塞ぎ込んでいた俺に、突然声がかかる。
顔を上げると、そこには大きい買い物バッグを持った、小学生らしき女の子の姿があった。
「凄い暗い顔してるね……あッ、そうだ! こういう時は美味しいもの食べたら元気になるんだよ。えっと、ちょっと待ってね……はい、コレあげる!」
そう言うと、少女は買い物バッグの中から、リンゴを一つ取り出して俺に差し出した。
満面の笑みの少女の勢いに、俺は思わずそれを受け取ってしまう。
そんな暗い表情をしてたんだろうか。随分なお節介だが、こんな子供にまで励まされるとは。
「ありがとう……。キミは優しんだな」
「『困ってる人を助けてあげれる優しさを持ちなさい』って私の尊敬する人が言ってたの!」
「……。そうか。その人は、きっと立派な人なんだな」
「うん! それに、私も前に凄い困ってた事があって、その時に助けて貰った事があるんだ。だから、おじさんも何か悩みがあるなら、私で良ければ助けになれないかなって!」
こんなニコやかな表情で『おじさん』と言われるのは何とも言えない気持ちになるが……しかし、『相談に乗るよ』と来たか。こんな子供に人生相談する大人ってのはどうなんだ……。
いや、でもなんか話さないと離れてくれそうな空気じゃないしな……。
「気持ちだけ受け取っておくよ。それにしても、随分重そうな買い物袋だな。家の手伝いかい?」
「そうだよ。私の家って喫茶店でね。人手が少ないから、お手伝いしてお母さん達の力になりたいんだけど……失敗ばかりで怒られちゃうし。挫ける事もいっぱいあるんだー」
「……そういう時、キミはどうしてるんだ?」
「『失敗してもいいから、まずは目の前の事を必死でやってみな』って、私の尊敬する人が言っててね。だから、まずはこうやりたいって事をやってみる事にしたの! 私、色んな事同時に出来ないからさ。目の前の事に必死になるしかないんだ。今、お買い物してるのもその一つなの」
「……」
何気なく聞いてみた問いだったが、少女のその言葉が俺の心の奥深く、何かに突き刺さった。
まずはこうやりたいって事をやる。目の前の事を必死にやってみるか……。そうか、そうだよな。
俺のやってきた事が正しいとか間違ってるとか、妙な理屈は、今更考えても意味はない。
悠介も言ってたじゃないか。やりたいようにやればいいって。結局はそれだ。今一番大事なのは俺が生きたいと思ってるって事だけで……。……あー、そうか。今ようやく分かった……。
「……ありがとうな」
「え? 私何かしたかな?」
「うん。キミのお陰で、俺の決心がついた。色々と迷いが晴れたよ。……あ、そういえば喫茶店をやってるんだっけ? 何て名前か聞いて良い?」
「『すずのね』って名前だよ! この道のすぐ近くにあるの!」
「分かった。今度必ず行くよ。約束だ」
俺はベンチを立ちあがり、内に秘めた決意を胸に再び歩み出す。
あの子との会話で今気付いた。……なんだよ、半年前からずっとそうだったじゃないか。
俺が生きたいと思っていたのは、あの頃からずっとだ。
ずっと必死だった。……だから、とっくにそうだったんだな……。
「俺……今、本気じゃん」
あぁ……なんでだろうな。こんな状況だっていうのに、熱い何かがこみ上げてくる。
そうだよ。まだ終わってない。いや、何も始まってすらないんだ。
俺は俺自身に誇れることを何も始めてない。何も成し遂げてない。
俺はまだ……何者にもなってないじゃないか。




