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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.1 六章 演目【九月一日】 (前編)
50/82

1.6.12

「グホァ!」

「ゆ、悠介⁉」


 矢のように飛んできた竹箒によって、悠介の身体が三メートル近く吹っ飛ばされる。

 一体何事か? 先程以上にこの場に居合わせる誰もが困惑した。まず第一に、絵面が謎だった。

 何故竹箒なんか飛んできたのか? 何故それが悠介に直撃しているのか? 冷静に見ても理解に苦しい状況だったが、『竹箒』という単語から多くの人はある女性を思い浮かべる。

 そして、竹箒の飛んできた方角から、それを投げ放った女――藤野喜代が地面で倒れている悠介のもとへ一直線に駆けてきた。


「お前はこんなとこで何をやっとんのじゃゴラァァァァ!」

「ぐうぅ……き、喜代か。テメェ、何でこんなとこに! ……こ、この掃除ゴリラがァッ! いや待て。待ってくれ! まず話を聞け。アレ見ろ! 敵あっち! 殴るのあっち!」

「うるさい黙れ。そんな事はどうだっていい。お前の性根を今日という今日は叩き直してやるッ!」


 地面でひれ伏して腹を抑えている悠介に、喜代は馬乗りになって殴りかかっていた。

 そんなあまりの光景を黙って見ている周囲の人々。慎も、律も、誠一も、グロースすらも押し黙らせる勢いがあり、皆が共通して『あれにはなりたくない』と思わせる程に悲惨な光景だった。

 そこに喜代に続いて更に二人やって来る。便利屋のツートップ――春乃と光秋だ。


「慎くん。良かった、無事のようだね」

「光秋さん! それに便利屋の皆さんまで。というか、あの……アレいいんですか?」

「いいのいいの。いつもの事だから大丈夫よ」

「おい春乃! お前ッ、これのどの辺が大丈夫に見えてッ……ブフォッ」


 春乃の発言に殴られながら声を上げる悠介だったが、光秋たちは特に気にせず、慎からここまでの経緯を聞くと、彼からアタッシュケースを受け取った。


「ありがとう助かったよ。それにしても電話の時は何事かと……。ホントに無事で良かった。ここ来る途中に、悠介さんを見たっていう子供たちに会ってね。そこでこの騒ぎの事も聞いたんだ」

「あのクソガキ共やっぱ裏切りやがったなチクショー!」

「まぁそんな事はさておき……まさかこの人までいるとは」

「ケースと一緒に探し人まで見つかっちゃうなんてね! ほら、やっぱ私たちツイてるわ!」

「え?」


 光秋たちがエイジの方へと顔を向ける。一体何の事だか分かっていないエイジだったが――。

 悠介から目を離し、鋭い眼光で睨んできた喜代に、エイジは今朝方の事を思い出した。


「あ……あぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 あと一回でも傷を負ったら死ぬ。その恐怖が溢れでて――気付くとエイジは訳も分からない叫び声を上げて、この場から逃げ出していた。

 人混みをかき分けて走り去っていくエイジ。その跡を追おうとする光秋と春乃だったが、思いの外逃げ足が早く、すぐに彼を見失ってしまった。


 そして、そのエイジの行動を皮切りに、それまで呆けていたグロースの面々が我に返った。


「お、おい。なんかヤバいぞあの女……」

「化け物だ……あの木刀野郎を一瞬で……。あんなんに敵う筈ねぇよ。こ、ここは一旦退くしか」

「あ? 誰が化け物だって?」

「ひッ!」


 自分たちを圧倒していた木刀男を、一方的に殴っている箒女。彼らには喜代が、鬼神か何かに見えていたかもしれない。纏っているオーラも相まって、絶対に敵わないという気にさせてくる。

 そんな彼女の雰囲気に気圧され、グロース全員もエイジ同様訳も分からず逃げ去った。


「何だよ。何なんだよクソ! クソッ! オラオラぁ、邪魔だどけぇ!」


 人込みに向かってグロースが走り出し、この場を取り囲んでいた観客たちの群れが一斉に崩れる。人の流れが騒動の中心にまで押し寄せてきていた。

 入り乱れる人波に紛れ、この場から逃げようとするグロースの一団。


 その様を見ていた律は、自分がどう動くべきか考えていた。彼らの後を追うべきか否かを。


 ――彼らはケースを狙っていた。もしかして、カゲナシに関係してるという組織の……?


 だとすれば、彼らは昨晩から続く件に関わっている可能性がある。逃がすわけにはいかない。

 しかし、アタッシュケースを持っていた慎の事も気掛かりだった。

 そんな律の考えを読んだ誠一が、悩んでいる彼女の背中を押して小声で言う。


「行ってこいよ。あの子の事はこっちで何とかしてやるから」


 この状況で迷っている暇はない。律は誠一の言葉に黙って頷く。

 そして、押し寄せてくる人波の混乱に乗じ、律はグロースを追い、誠一は慎の手を一方的に引いてこの場を離れた。


「よし、今がチャンスだな。少年、こっから逃げるぞ!」

「え、えッ⁉ ええェェー⁉」


 そして最後、騒ぎが治まった頃に場に残されていたのは、便利屋の四人のみとなり――。 

 こうしてバス停広場での喧噪は、一先ず幕を下ろす結果となった。


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