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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.1 六章 演目【九月一日】 (前編)
48/79

1.6.10

 ◇   ◇   ◇

 同時刻 A区画 表通り


「ねぇ、りっちゃん」

「……」

「おーい聞こえてる? 聞こえてるよな、りっちゃん? ……こんなに声かけてるのに反応しないなんて、まさかその歳でもう耳が……。あぁ可哀想に」

「あの……うるさいですよ。あと、さっきから何ですかその呼び方」

「お、ようやく返事してくれた! いやぁ、お前なんか友達少なそうだからさ。俺がウケのよさそうなあだ名でも考えてやろうかと思って。ほら、呼びやすいし良くない? なぁ、りっちゃん」

「やめて下さい。それ」

「えー、何がそんな気に入らないんだよ。……あー、そうか分かった! 俺がさっきの戦いでけちょんけちょんに負かしちゃったからいじけて……いや悪いゴメンそんな睨むなって」


 なし崩し的に協力関係となった誠一と律。二人は、路地裏を抜けて街道を歩いていた。この状況が始まっておよそ三十分。その間に、昨晩の件について軽く情報共有を済ましている。と言っても、お互いの持つ情報の殆どが自身の個人情報に直結する為、深くは話していない。よって、昨晩の件の本質はまだ何も分かっていないのだが、一先ずはカゲナシの情報を集めていた。


「もう一度確認しますけど、昨日あの場でカゲナシと一緒に居ましたよね?」

「またその話かよ。もう何度目だ。……あぁ、居たよ。居たってば」

「やっぱり……仲間なんじゃないんですか?」

「だから、違うっての! 暫く会ってるうちに仲良しになっただけで……」


 誠一の話によれば、カゲナシはこの数ヶ月間何度も出没していたらしく、その度に行動を妨害する為、対峙していたが、そんな事をしているうちに話し合うような仲になったのだという。


「そんな訳の分からない話信じる訳ないでしょ。本当は正体も知ってるんじゃないんですか?」


 律が疑うのも無理はなかった。なにせ、ナジロ機関がカゲナシをまともに認識したのは、八月に入ってからなのだ。


「そんな事言ったって、俺はアイツの仮面の下を見てないから本当に正体なんて知らねぇぞ」

「それを信じろと?」


 前を歩く誠一の後ろで、律が無言のまま制服の内にあるナイフに手をかける。


「おいおい、こんな街中でも殺り合う気か? さっきもいきなり襲ってくるしよ。もしも、俺が双子兄弟でお顔そっくりの別人だったらどうする気だ? ほら、確認するのって超大事」

「兄弟いるんですか?」

「いや、一人っ子だけど」

「…………」


 妙な沈黙が続く。律は疲れた表情になって、口を開いた。


「もう何でもいいので……。じゃあ何話してたのか教えてくださいよ」

「そう呆れるなって。つっても主に世間話してたくらいだぞ。最近だと、友達の作り方とか相談されてたっけ」

「……。ふざけているのなら、この協力関係はここで終わりに――」

「待て待てマジなんだって。……分かったよ、アイツから聞いた限りの事は全部話すってば」


 誠一は溜め息を吐き、カゲナシについて話し始めた。


「アイツ、自分の面倒を見てくれた恩人の指示で、とある組織の手伝いをやらされてるんだと」

「組織?」

「その辺の詳しい事は言わなかったけど……。アイツがこの島で暴れてたのも全部その組織の指示らしい。でも、本人はあまりノリ気じゃないみたいでな。忠誠心とかは特になさそうだった。じゃなきゃ他人の俺にここまで話さねぇしな。恩人に頼まれてるから仕方なくやってるだけらしい」


 およそ信じられない内容ではあったが、これまでの事を考えると辻褄は合っていた。

 律は、誠一の後ろで話の続きに耳を傾ける。


「で、昨日その組織内であるブツのやり取りがあって、アイツはそれを受け取る手筈だったんだ。それがあのケースだな。まぁ、俺の方もその取引を妨害する用があってよ。だから『取引が嫌なら、俺にくれない?』って相談したんだ。その結果協力して貰える事になって、あーなったわけ。でも、まさか殺すとは思ってなくてな。色々忠告はしたんだが……話は出来る奴だけど、俺もアイツが何考えてるのか全然分からねぇんだわ」

「何それ……。いや、嘘だ。そんなまさか……」


 律の表情が静かに青ざめていく。その話が本当なら、昨日殺された前田がその犯罪組織の一員という事になる。彼とはたった一学期の短い付き合いだったが、自分に良くしてくれた彼の事を律は決して嫌いではなかったし、寧ろ好印象だった。今の今まで、素性を疑う事など全くなかった。

 だが、誠一の話を聞いた時、自分の見ていたモノの全てが偽りだったではないかと感じた。

 島の日常が得体の知れない何かに浸食されているような、不気味なものに見えたのだ。


「……と、まぁこんなとこだな。んじゃ、次はこっちの番ね。俺も一つ訊いていいか?」


 誠一は足を止めて後ろを振り返り、静かに口を開く。


「お前はさ、何をそんなにビビってるの?」

「……え?」


 その問いに律が戸惑いの表情を見せる。予想外だった事もそうだが、その問いは彼女が今抱いている感情の根本的な正体だったからだ。


「何でそんな事……」

「いや見りゃ分かるよ。そんな動揺してるようじゃな。それに、さっき殺り合ってた時もなんかおかしかったし。迷いを振り払おうとしてる……みたいな。違うか?」


 迷いを振り払おうとしている。その通りだった。誠一の言葉は、律の内面を見透かしているかのように絶妙に本質を射ている。だが、それが律にとっては腹立たしい。

 自分でもどうしたいのか分からないというのに、一体この男に何が分かるというのか。


「何を知ったような事をッ! ……分かってるんですよ。こんな事じゃいけないって。そんなのは私が一番分かってます! だって、私がしっかりしないと……一人でもやれないといけないのに」


 律の中で抑えていた感情が溢れ出す。ナジロ機関に入ってから五年、こんな事は今までなかった。

 そのきっかけを与えたのはカゲナシだ。死ぬのが怖いという自分の本心に気付かされた。しかし、そんな事で自分が立ち止まって良い訳がない。それは逃げだ。弱さに繋がる。だから、そうした感情は全てねじ伏せ、自分を完全な状態に置かなければならないと考えた。だが、意識すればするほど、普段の自分から遠ざかっていくのを感じていた。


 ――本当にどうしたんだ私は……。


 自分が今どこに立っているのかが分からない。何をどうしたいのか整理も付かない。

 そうして俯いている律に、誠一は歩み寄って口を開いた。


「お前言ったよな? 『この島を護る』って。……もし、それがお前にとって本当に大事な事なら、一人で何とかしようとか思うなよ?」

「…………え?」

「別にお前の考えを否定したい訳じゃないし、否定出来る程お前の事を良く知らないけどさ。でも何を思ってるのかは何となく分かったよ。あるんだろ? 何か貫きたい事が。なら、一人で抱え込むのだけはやめとけ。そういう時はな、最後に絶対にロクな事にならないんだ」


 それは思ってもみなかった言葉だった。律は、ゆっくり顔上げてじっと耳を貸す。

 何故か分からないが……彼の言葉には耳を傾けるに値する妙な説得力があった。


「確かに、お前の言う通り俺の気持ちは軽い。けどさ、お前の想いには中身があるんだろ? なら、それは大切にした方が良い。お前の想いに嘘がないなら、必要な事を見失うな。出来ない事はどうやっても出来ないし、足りないもんは他人で補えばいいんだよ。……だから、つまりまぁ、なんだ。言ったろ? 俺が力になってやるってさ」


 誠一は帽子の下で笑顔を見せる。そんな彼の雰囲気は、やはり柳和馬に似ていた。

 小さい頃、一人でいた彼女を最初に引っ張ってくれたのが和馬だった。そして、慎や他の人と繋がり、自分の知らない世界を知った。彼には、そんな他人の明るく照らす不思議な力があった。

 そして、それはこの男も同じに思う。どこか期待したくなるような雰囲気、和馬に似たモノを感じた。その感覚に引っ張られる事に間違いがなかった事を、律は知っていた。


「……何なんですか貴方は」

「そうだなぁ、とりあえず今は、気まぐれで助けてる親切なお兄さんって事にしといてよ」


 どこか困ったような表情で応える誠一。そんな彼の言葉に、律もそこで初めて笑みを見えた。


「本当に不思議な人ですね」

「お、やっと笑った! 良いじゃん、そんな感じにこの状況も笑い飛ばしてこうぜ。ほら、漫画でもよくあるだろ? 一人でダメでも二人ならってやつだ。その方がなんだか主役っぽくて面白い。なぁ、りっちゃん?」

「協力はしますけど、別にまだ信用はしてませんから。あと、その呼び方はやめて下さい」


 白渡誠一と成瀬律。

 互いを知るには時間が足りず、仲間であるとは到底言い難い奇妙な関係ではあるが――。

 ただ、この時少しだけ――ほんの少しだけ律の心の荷を、誠一が降してくれたのは確かだった。

 その後、通りを暫く歩いていた彼らは、バス停広場を中心集まっている人だかりを目にした。

 明らかに異常な人の集まり方だった。どうやら中心で何かが起きているらしい。

 一体何事かと気になった誠一は、近場にいた女性に尋ねた。


「何でこんな人集まってるんだ? ……あっ、すみません。あの~何かあったんですか?」

「えっ⁉ あ、えっと喧嘩みたいですよ。なんか青い半纏を着た人が一人で何人も相手にしてて」

「ん、青い半纏?」


 誠一と律は、人混みの隙間から騒動の中心を覗き見る。


「ありゃ悠介か?」 「如月君?」


 そこにいた人物を目にし、二人は互いに知人の名を口にした。


「アイツ何やってんだ? 近くにもう二人いるけど……。男の子の方はりっちゃんの知り合い?」

「……。友達です」

「へぇ、お前友達とか居たんだ……。いてっ! おい、俺の足踏むなよ」


 律は学校を出る前の和馬との会話を思い出す。


 ――確か、柳君と如月君の二人でA区画を散策するとか言ってた気が……。


 慎の近くに、和馬の姿が見えないため、どうやら二人の用事は終わった後のようだが……。

 一体何故、慎がこんな騒動に巻き込まれているのか。

 律はその様子を遠目に見る中、慎の手に握られているモノに注目した。


「え、どうしてアレが……」

「ん? あれ? あの子が持ってるのって俺の盗んだケースじゃん。え、何で?」

「どういう事ですか? どうして如月君が……」

「いやいや、待てって。俺もあの子の事知らねぇんだけど」


 誠一は律に言っていないのだが――彼は盗んだケースを、とあるコインロッカーに隠していた。

 そこにエクスをつり上げる為の『ある仕掛け』を施しており、ケースを手にする瞬間を抑えて、知ってる事の全てを吐かせようと考えていたのだ。

 そして、これからその場所へ向かおうとしていたのだが――。

 誠一は何かを察したようにニヤリと笑った。


「よく分かんねぇけど……。手間が省けたな。よーしっ! 俺らも行くか」

「えっ⁉ ちょ、ちょっと!」

何が何やら訳も分からず、律は誠一に手を引かれ、二人はこの喧噪の中心へ向かっていった。


 二人が人混みをかき分けていく様子を目にしながら、誠一に話しかけられた女性は一人呟く。


「あー、ビックリしたぁ。まさか探してる本人に声かけられるなんて思いもしませんでしたね~」


 女――千条千尋は、人混みに紛れる観客としてこの騒動を見守っていた。


「さぁ~てさてさて、どうなるか。……そろそろウツロ君にも連絡取らないとなぁ~」



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