1.6.9
◇ ◇ ◇
十四時半 A区画南 バス停前広場
A区画南のバス停前広場は、複数ある路線の乗り場にもなっている為、利用客は常に一定数いる。今も人の行き交いは決して少なくないのだが……。
通行人の目をまるで気にもせず、とある集団がトラブルを起こしていた。
「ちょっと何ですかいきなり!」
「騒ぐな。いいからそのケースをこっちに寄越せ」
「それは僕の一存では決められないので……。これから会う人と相談してもらっても……」
「あーもう。ごちゃごちゃうるせぇな。このガキッ!」
十数人からなる大人たちが、アタッシュケースを持つ少年に絡んでいた。街の不良と言うには雰囲気がそれらしくなかったが、口調や態度といい、真っ当な大人には見えない。
対して、少年――如月慎はあくまで冷静だった。
いきなり絡まれて今の状況に陥っているわけだが、表面上だけでも冷静でいられる分には頭が回っている。とは言え、冷静なだけで解決できるわけでもない為、困っていた。
「いや待て、コイツがケース持ってる理由も問い詰める必要もあるぞ」
「それもそうだな。あの裏切者とグルかもしれない。もういっそ攫っちまうか?」
多くの人の目がある中で、そんな会話をする男たちに、慎は身の危険を予感する。
この騒ぎに通行人たちは足を止めており、周辺には人だかりが出来始めていた。
それは丁度近くを歩いていた悠介とエイジも同じだった。
「何だ? 何の騒ぎだこれ?」
二人は遠目に現場を確認する。そこにいた制服姿の少年に、悠介は見覚えがあった。
「ん? あれは確か喜代のとこの……」
「知ってる子?」
「……えっと、まぁ一応。俺の知り合いの子分みたいな奴……だった筈」
どうやら悠介の知人らしいが、何やら妙な集団に絡まれているようだった。
周囲の見物客は誰もかれもスマホで動画を撮影していたり、ただ見ているだけだったりと、助ける素振りがない。もしかしたら、誰かが既に警察に連絡しているかもしれないが、今この瞬間自分から助けにいこうとする者は誰も現れなかった。
「……。なぁ、エイジ」
悠介が突然エイジの名を呼ぶ。エイジもエイジで、彼の言いたい事は分かっていた。
「良いよ。俺も見てるだけは気分良くないし」
「あんがと」
そうして彼らは、少年を救う為にこの騒動へと割って入った。
「あのー、どうかしました?」
横から突然声がかかり、慎と集団らが顔を向ける。見ると、そこには青い半纏の男が立っていた。
「あ? 何だお前?」
「悠介さん!」
「うっす。えっと、確か喜代の知り合いの……慎だっけ?」
慎と悠介は、喜代の繋がりで知り合った間柄だ。
このタイミングで現れた悠介は、今の慎にとっては心強い存在に見えた。
「何だお前。妙な格好しやがって……。関係ねぇ奴はすっこんでろッ!」
「まぁまぁ落ち着こうよ。頭に血が上ると禿げやすいって聞くし、そんな良い事ないっすよ。……そうだ。きっとカルシウム足りてないんすよ。皆で牛乳でも飲んでさ。面倒な事はチャラにしよ」
「あ? んだテメェ。喧嘩売ってんのか!」
状況が好転するどころか、悠介の登場で更に悪化していた。
火に油を注ぐように、相手側の怒りがより一層高まる。
「……なんか向こう側めっちゃキレてるけど、慎は何やっちゃたの?」
「いや、半分は明らかにお前のせいだろ」
悠介の後ろからエイジがツッコミ入れる中、慎が軽く状況を説明する。
「実は、さっきこのアタッシュケースを拾って。丁度、光秋さん達も同じ探し物をしてるとの事だったので、これから届けようと思ってたんです。そしたらこの人達に急に絡まれて……」
「ん? アタッシュケース?」
その単語に真っ先に反応を示したのはエイジだった。
「……‼ 何で⁉ 何でそれがここにある⁉」
見間違える筈もない。それは確かに、昨日エイジ本人が運んだアタッシュケースであった。
何故それがここにあるのか? 浮かんでくる疑問は尽きないが、今はそれどころではない。
――なんだか良く分からないが……これはとんでもない幸運だぞ!
――ここでケースを手に入れることが出来さえすれば、俺は助か……
だが、彼は分かっていた筈だった。いや、この瞬間だけは頭から抜けていたかもしれない。
事はそう上手く運ばないということを。
「おい、アイツもしかして九十九様の言ってた裏切り者じゃ」
「……へ?」
聞こえてきた人物名にエイジの額に冷や汗が流れた。
アタッシュケース。それを狙う集団。そしてこの状況。全てがエイジの中で繋がっていく。
「……ゆ、悠介。マズイ」
「え、何が?」
「コイツらだ。コイツらが……俺を狙ってる連中だ」
集団――グロースが狙うアタッシュケースと裏切者が同時に目の前に存在している。この状況下で彼らが手段を選ぶ筈がない。そんなエイジの予感は的中していて――。
「お前ら……やるぞ」
リーダーの一言でグロース全員が臨戦態勢に入る。
最早彼らを止められる者はおらず、これからまさに乱闘が始まろうとしていた。
そして――




