1.6.8
◇ ◇ ◇
数分前 A区画南 某通り
お好み焼き屋を出てから一時間。俺と悠介は、舞識島の街へと繰り出していた。
悠介に用心棒をしてもらっている裏でケースを探しているのだが、今のところ進展はない。
そうして街の通りを歩いていたところに、後ろから甲高い声がかけられた。
「お、ユースケだ! ユースケがいるぞ!」
悠介の名を呼ぶ子供の声だ。振り返ると、そこには小学生らしき少年四人組の姿があった。
「うげぇ……めんどくせぇのが来やがった」
悠介が露骨に嫌な表情をしている。どうやら知り合いのようだが……。
「こんなとこで何してるの? っていうか、暇? どうせ暇でしょユースケ」
「あたりめーだろ! だってユースケだぞ? サボりに決まってるぜ」
「うわっ、いっけねーの。サボってるの喜代姉ちゃんに言いつけてやろー!」
少年たちは、まさにクソガキと呼ぶに相応しい態度で悠介に絡み始める。
対する悠介は、心底めんどくさそうな顔をしていた。
「ちょいちょい、あんま調子乗んなよクソガキ共。呼び捨てにしやがって。『ユースケ』じゃねーんだよコノヤロー。いくら女と子供に手を上げない仏の俺でも、キレる時はキレるって事を—―」
「訳分かんねー事言ってないであっちで遊ぼうぜ、ユースケ!」
だが、子供たちは悠介の話なんてまるで聞いてない。あっという間に悠介を包囲し、四方から服を引っ張っていた。
「ちょ、お前ら人の話聞けよ! おいバカ! 服を引っ張るな。いや、マジでやめて。袖が伸びるからマジで」
悠介は、自分を取り囲む子供を一人ずつ引き剥がすが、一人相手にしている間に、残りの三人にリンチされている状況で、明らかに手数の上で負けていた。子供ってヤベェな……。
そんな悠介の有様を、俺は横で傍観していた。
「えっと……この子ら何? ってか、悠介。……大丈夫か?」
「大丈夫じゃないから助けて」
本気で大丈夫じゃなさそうな声だった。
「こいつら俺が構ってやってる近所のクソガキ共なんだけど、いつもすぐに調子乗りやがって……ちょ、おい、木刀にまでペタペタ触ってんじゃねぇぞコノヤロー!」
「うわ、今日も木刀持ってる。……ってか、何で木刀なんだよ。ひょっとしてカッコつけか?」
「知ってるよ僕。こういうの中二病って言うんでしょ」
「誰が中二病だオラァ!」
「ところで、そっちの兄ちゃんは誰? ユースケの友達?」
ようやく俺の存在に気付いたのか、リーダーらしき少年が手を止めて悠介に訊いた。
「俺の依頼主だ。ほら、見ての通り仕事中なの俺。超忙しいから、お前らの相手してる暇ねぇの」
「えーマジかよ。ユースケ、あんまいつもと変わらないから分かんなかったわ」
事情を伝えても、変わらずボロクソに言われている悠介だった。多分日常的にこんなやり取りなんだろう。……まぁ、それはそれとして、俺も一応名乗って適当に挨拶した。
「しょうがないなぁ。今日のとこは見逃してやるかー。エイジ兄ちゃんもまた今度会おうな!」
「何で上から目線なんだお前ら……。まぁいいや、分かったらとっとと家帰ってゲームでもして大人しくしてろコノヤロー。あと、喜代に会っても、俺の事チクるのだけはやめてください」
そんなやり取りを最後にして、まるで嵐のような子供たちは去っていった。
悠介は完全に遊ばれていたが、子供たちはコイツを好いているんだろう。意外と人望があるのかもしれない。……でもそうか。『また会おう』か。
良いのか、俺にそんな事……。だって、俺がこの島にやったことは。
この島の人たちからそんな言葉かけてもらう資格が俺にあるのだろうか。
「悪いな。あいつらが迷惑かけて……って、ん? どうかした? そんな暗い顔して」
「……。俺は本当に救われていいのかな……」
「は?」
「あっ、いや……」
ヤバい、口が滑った。何やってんだ俺は……。
勢い余って色々言ったが、とりあえず何とかしないと――。
「あのさ、言いたくなきゃ別にいいんだけど。やっぱりエイジ、まだ何か隠してるだろ?」
「え?」
「まぁ、俺は俺で依頼をこなすだけだから別に何でもいいけどさ。……やっぱ隠し事あるよな?」
悠介から出た言葉に、俺は固まった。……っていうか、急に何を言ってるんだコイツは。
「ちょっと待て。お前気付いてたのか? ……なのに何でこんな依頼引き受けて……」
「何でも何も、テツさんがうるさかったし……。それにアンタ、マジで困ってるんでしょ? なら何の問題もない。俺って便利屋だし。そういう人らの為の仕事じゃん?」
「お前そんな適当な理由で」
「いやいや、そういうのは全然アリでしょ。俺は構わないと思ってるけど。それにエイジが隠し事してる事を、テツさんが何も言わなかったからな」
「は? テツさんって。お前何言って……。どういうことだ」
何であの店主が今出てくるんだろう。確かに悠介を紹介してくれたのはあの人だったが……。
「テツさんもアンタには何かあるって絶対に気付いてたよ。間違いない。なんていうか、あの人はそういうのが雰囲気で分かるんだ。それでも俺に紹介してきたからさ。……ま、アンタが何したのかは知らないけど、今此処にはアンタを責める奴も、事情を知ってる奴もいないんだし。まぁやりたいようにやればいいよ。気楽に。俺もやりたいようにやるから」
「…………」
なんだよそれ。なんか……昨日から嘘みたいな事ばかりだな……。
ロクでもない事ばかりだったし、思い通りに行くことなんて全然なかった。足掻いても何も残らない。全て無意味に終わるかもしれない。それでも。
「本当に良いのか?」
「寧ろダメな理由がねぇって。好きにすればいいよ。俺は報酬貰えれりゃ何でもいいから」
コイツに会えた事は本当に運が良かったのかもしれない。そう言ってもらえるだけでも、なんだか救われたような気がした。……そうか、こんな奴もいるんだな。しかし……いや、だからこそ俺は言わなければいけない。こいつには嘘を吐きたくないと思った。
「その……本当にすまなかった。それと、改めて宜しく頼む悠介。……でも、そうだな。隠し事してるのは確かにその通りだった。だから言えるとこまで言うよ。どうか聞いて欲しい」
「そんな気にしなくていいけど。ま、エイジの気が済まないってんなら一応聞くわ」
償いじゃない、せめて誰かに伝えたかった。俺が何をしたのかを。……この島の現状を。
グロースや不死の内容は避け、俺は奴らが行おうとしてる計画、その目的を話す事にした。
「信じて欲しいとは思わない。ただ言わせてくれ。俺は……嵌められたんだ。島外から来てる、ある組織の計画に協力させられた。そのせいで、この島は今危険な状況に陥ってるかもしれないんだ。この島に根を張ってるっていう……確か、ナジロって組織を潰す為に――」
「あ? ナジロ?」
と、俺がそこまで話した時だった。通りを歩く俺たちのもとに、大きな声が聞こえてきた。大人の男が怒鳴り散らしてる声だ。
「だから、そのケースを寄越せって言ってんだろうが!」
その声に俺たちも足を止めて、聞こえてくる方角に目を向ける。俺たちが丁度今歩いている通りの先——バス停広場から聞こえてくる騒ぎのようだった。




