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トリックアクターズ  作者: 光井テル
Act.1 六章 演目【九月一日】 (前編)
44/78

1.6,6

 店主がそう言うと、半纏の男は何かを察したように露骨に嫌そうな顔をした。

 俺は何の事だかさっぱり分からず、続く店主の言葉に耳を傾ける。


「コイツな、この島で便利屋やってんだよ」


「え? 便利屋?」


「そうそう。名前の通り、依頼されれば何でもやるのがコイツの仕事でな。この一帯だと割と有名なんだが。『アサカ』って名前で事務所を構えてる便利屋で、コイツはその一人なんだ」


 店主がそう言って真っ先に反応をしたのは、自らの素性を一方的に明かされた半纏の男だった。


「ちょいちょい。なに本人前にして勝手に話進めてんだコノヤロー。俺はやるなんて一言も……」


 自分の事をあれこれ話されてるわけだから、そりゃ割って入りたくもなる。

 だが、男の介入も空しく、それ以上に店主が強かった。


「勝手もクソもあるか! いつまで居座る気だテメェ! いい加減邪魔なんだよ。出禁にするぞ」


「すんません。それだけは勘弁してください」


 店主に頭が上がらない半纏の男はあまりに弱く、一瞬で負かされていた。


 どうやら店主はこの男を追い出したいようだが……なんか色々と苦労してるんだな……。


「ほら、悠介。とっとと挨拶しとけ。お前の客だぞ」


「いや、客ってテツさんが勝手に……。はぁ~、えっと……桜井悠介っす。一応この島で便利屋とかやってるんでヨロシクね。……ねぇテツさん。勘弁してくんね? もう既にしんどいんだけど」


「ダメだ、いいからやれ」


「いやぁ、お仕事の話はまず事務所を通してもらわないと……」


「なにアイドルみてぇな事言ってんだお前」


 やる気があるのかないのか……。いや、多分ないんだが。

 桜井悠介と名乗るその男は、やはり微妙な顔をしていた。

 しかし、これは俺にとっては絶好の機会じゃないだろうか? まさか、便利屋に会えるなんて。


「あの……桜井さん」


「ん? あー呼び捨てでいいよ。つーか、慣れないから名前で頼んます」


「んじゃ……悠介。便利屋ってことは、依頼すれば何でも引き受けてくれるんだよな?」


「まぁ……うん。出来りゃ面倒なのは勘弁してほしいけど……」


 本当に面倒くさそうな表情だったが……。それはさておき……これだ! これしかない。


「例えばさ……俺の用心棒を頼みたいって言ったら、その依頼も引き受けてくれるのか?」


 俺がそう言うと、悠介と店主は互いに目を白黒させた。

 流石に急すぎただろうか。……だが、俺としてはこれで間違ってない筈だ。

 まずは自分の身を守らないと。そして、同時にアタッシュケースを探しだす。これしかない。


「え、何? 何かに追われてるの?」


「……ちょっと色々あって。街のチンピラ……みたいなのに絡まれてるんだ」


 心苦しいが、詳しい事情を説明できないし、してる場合でもない。

 悠介は特に追及もしなかったが、店主はじっと俺の方を向いて言った。


「そりゃ島に来たばっかだってのに災難だったな兄さん」


 本当に災難続きだった。今までの事を考えると溜め息が出てくる。


「ま、運が良かったな。コイツは寧ろ荒事の方が得意だからよ。ほら、半纏の裏からちょっと見えるだろ? 実はそれ木刀でな。こう見えて意外とやるんだ」


 そう言われて悠介の半纏に目を向けると、確かにその裏に木製の何かが見えた。どうやら、それは木刀との事だが……え、何でそんなもん持ってるんだコイツ?

 しかし、なんだろう……。悠介を見ていると、『ホントに大丈夫か?』って気にもなってくる。

 そんな俺の心中を察したのか、店主が補足するように続けて言った。


「荒事得意とか言っても信じられないだろうけどな。でも、こんな眠そうな顔して、コイツ喧嘩だけは強いからよ。それは保証する。ま、せいぜいコキ使ってやってくれ」


「ちょいちょい。これから仕事するってのに、俺のセールスポイントそんだけなの?」


 横から抗議の声を上げる悠介。まぁその内容は死ぬ程どうでもよく……ん? 待った。


「え、引き受けてくれるのか?」


 流れで聞き流すところだったけど、『仕事する』ってつまりそういう事でいいんだよな……?


「まぁ……思ったより楽そうだったし。いいかなって。用心棒でいいんでしょ?」


「ッ! ありがとう! 助かる!」


 まさか、たまたま入った店でこんな巡り合わせがあるなんて思いもしなかった。

 そうして悠介との交渉もひと段落ついたところで、注文してていたお好み焼きも出てきた。その味はどこにでもありそうな、ありふれたものに思えたが……何故だか食べる度に目頭が熱くなった。




 かくして、窮地に立たされていたエイジは、桜井悠介という一つの流れを掴んだ。

 その流れが果たして良いのか悪いのか、どこを向いているのかは誰にも分からない。

 ただ、この時悠介は知らなかった。

 彼の所属する便利屋の本体が、今まさにこの依頼主を探しているということを――。

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