1.6.5
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十三時 A区画南端 鉄板焼き屋『鉄火』
「あーダメだ。何もやる気でねぇぞコノヤロー……。呼吸する度に一万円貰えたりしねぇかなぁ」
「アホな事言ってねぇで働け。それにオメェ、さっき誠一から金貰ってただろうが」
「何言ってんのさ。あんなんで足りる訳ないじゃん。俺は常に金欠なんだから」
「尚の事威張ってねぇで働け」
半纏の男は店主と会話をよそに、俺はメニュー表を手に取る。
注文の参考にしようとその男の方を一瞬見ると、そこにはご飯と味噌汁と焼き魚が置いてあった。あれ? お好み焼き屋だよな? ……まぁいいや。
「おっと。うるさくしてすまねぇな。注文決まったか?」
「……あ、えっと。んじゃコレで」
とりあえずメニュー表の頭にある品を頼み、待ってる間俺は店内を見渡した。
カウンター席の他に、テーブル席がいくつかあり、雑誌の置いてある本棚がおいてあって、まぁ特に変わったことのない普通の店だった。
……だったんだが、店にあるその本棚が俺は少しだけ気になっていた。というのも、そこに並ぶ雑誌が全て漫画雑誌だったからだ。
ランズマガジンって名前の若者に人気の漫画雑誌。それしか置いていない。
しかもここ数ヶ月分は全部あって、抜けが一つもなかった。しっかり今週分の雑誌まである。店主の趣味だろうか。かなり漫画好きなんだな。全然そんな風には見えないが……。
それにしても、漫画好きか……。そういえばアイツもそうだったな。キャップ帽のあの男。
アイツ、今どこに……。いや待て、そうだった! あの男もこの島にいるんだよな?
追手の話だと俺とアイツがグルに思われるみたいだし、アタッシュケースがどうとか言ってたし……。何だ? 何なんだ? もう訳が分からん。……アイツこの件に絡んでるのか?
いや、それも大事だが、今はもっと考えることがある。
俺はどうすりゃいいんだ? 俺はどうやったら助かる?
『身体を再生する時、その度合いで寿命を縮める』とか連中は言ってたが。……それが本当なら昨晩瀕死の状態から蘇った俺は、もう時間が僅かしかない筈だ。
こんなんどうすりゃいいんだ。そもそも、俺の身体は元に戻るのか……?
あ、でもそういえばなんか言ってたな。寿命を元に戻す方法について何か……。
そうだそうだ思い出した! 『もう一度薬を飲めば寿命が元に戻る』って言ってたな。
普通の身体に戻るのは置いとくとして、今助かるにはまず寿命の問題を解決するしかないか。
しかし、薬か。グロースのアジトの場所は知ってるが、正面から行くわけにもな……。
……ん? いや、でも待てよ? 不死身の薬には青と赤の二種類があったよな?
たしか赤い方が上位互換で寿命のデメリットを消したものだった筈だ。って事はだ。
アレを飲んでも同じように寿命が元に戻るんじゃないだろうか?
……。そうじゃないか? ってか、もうそれに賭けるしかない。アタッシュケースは俺がこの手で運んできたから、この島にあるのは確実だ。どうやらグロースにも渡っていないようだし。
よし、そうとなればケースを回収に…………。で、まずどうすりゃいいんだ?
俺、今連中に追われてるんだぞ? おまけに味方はいないし……。あれ? 詰んでないかコレ?
「ずいぶん難しい顔してるなアンタ。ここらじゃ見ない顔だが、もしかして外から来たか?」
俺が考えに更けていたところに、厨房で作業する店主が声をかけてきた。
「えッ⁉ ……あ、あぁそうですね。確かに本州から来ましたけど。よくわかりましたね」
心臓が止まるかと思った。島外から来たとかよくわかったな……。え、偶然か?
すると横に座る半纏の男が応えた。
「この店全然客来ないから、その店主は一回来た客の顔大体覚えてんだとよ。悲しい事に」
「オメェはちょっと黙ってろ。……まぁ、この島に長い事いると、客の雰囲気とかで大体分かるもんなんだ。特に兄さんみたいななのは分かりやすいな。ほら、何か悩みでもあんだろ?」
「……え。そんな事まで分かるんですか?」
「まあな。言ったろ。アンタは分かりやすいって。店入ってからずっと暗いし、何かに怯えてるように見える。俺じゃなくても分かるぜ。まぁこれも何かの縁ってやつだ。良けりゃ相談に乗るが?」
……まさかこんな展開になるとは。なんだこの店主……。オーラというか、人徳を感じる。
その店主の発言に、半纏の男は渋い表情で呟いた。
「あれ? テツさんいつもこんなに優しくないのに。そうやって新規の客には良い顔すんだ」
「うるせぇな。お前はお前で少しは世間様の役に立って……あ、そうだ悠介、良い事思いついたぞ」
そこで店主はニヤリと笑い、半纏の男を指さして俺に言った。
「なぁ、兄さん。悩みがあるなら、コイツ使ってみねぇか?」




