p.4 キャップ帽の男 03
その問いに倉庫内が静まり返る。
そう、先程から一方的に話しているキャップ帽の男と集団たちは全く無縁の関係だった。少なくとも集団側からすれば初対面になる。数秒間場に静寂が続いたが、それを破ったのはキャップ帽の男の笑い声だった。
「さあなぁ? さて、誰なんだろうな。なんだと思うよ?」
「ふざけてんのか。訊いてるのはこっちだぞ」
「訊かれたら答えなきゃいけないルールでもあるのか?」
「……。話にならないな。まあいい。お前、どこまで知ってる?」
明らかに敵意のある意味深な問いだったが、キャップ帽の男は特に狼狽える様子はなかった。
「おいおい、怖えな。何だその質問」
「いいから答えろ。さもないと……」
リーダーの男だけでなく、集団全体からも明らかな敵意の色が見えた。
キャップ帽の男も、それには気付いているが、尚もヘラヘラと笑って応える。
「知ってるも何も、お前らの事情は何も知らねぇさ。……まぁ、でもそうだな。漫画五周もして退屈だったし、何でここにいたかは教えてやるよ」
漫画雑誌を閉じ、キャップ帽の男はコンテナに座ったまま己の目的をハッキリと言い放った。
「待ってたんだ。お前らを潰す為に」
「なんだと?」
『潰す』と穏やかじゃない単語が出たことで、集団の警戒が一段階上がる。
今のやり取りで、ある程度自分たちの正体がバレていると察したのだ。問題なのは、どこまで知られているのかということなのだが……。そんな集団側の思惑などまるで気にもせずに、キャップ帽の男はまたしても独りで語りだした。
「舞識島」
「あ?」
「俺、あの島について色々勉強したんだ。あそこって最先端技術を色々盛ってる人工島ってイメージが先行して、観光地として名は売れてるが、その一方で犯罪も増えてるんだとよ」
「……。それがどうした?」
「で、その中でも特に多いのが密輸の類なんだって。運び屋が舞識島を中継して色々やってるらしい。まぁ、言いたいことは分かるだろ?」
その発言に集団の面々は沈黙する。どうやら男の指摘は大凡当たっていたようで、彼らその手の一派――つまりは、犯罪に手を染めようとしている集団らしい。
少なくとも後ろめたいことをしているのは間違いなさそうだった。
「正直、お前らがそういう連中かどうかは分からない。ま、それは別に良いんだけど、実は俺も今からあそこに行くところでさ。ある筋から『俺の乗る船と同じ時間帯の貨物船にヤバいものが積まれる』って情報を聞いたのよ。……まぁアレだ。厄介事と一緒に行くリスクは、少しでも避けたいとこなんだよね。だから諦めてくんない?」
己の要求を一方的に話すキャップ帽の男。当然、集団はそんな話を受け入れる筈もない。
「黙って聞いていれば……。お前の話は要するに、『何も知らないし、無関係だが、害になりそうだから排除する』ってことか? それ聞いて『はい、やめます』なんて言うわけねえだろ」
「うーん、やっぱそうなるか」
「それに、俺たちの存在を知られた以上、野放しにするわけにもいかない。どちらにしろ無理だ」
「はいはい交渉決裂ね。あーあ、残念だなぁ」
あからさまにガッカリした表情をしているが、本心からショックを感じている様子ではなかった。
彼らの運ぶブツがこのコンテナだと分かっていた男は、脅しに使うために此処に陣取っていた。だが、この手の輩はその気になれば何だって仕掛けてくる。
彼はその事も理解していた為、大凡この展開になるのは想定内だった。
「分かったら、とっととそのコンテナから離れろ。さもないと……」
そう言うとリーダーは、仲間たちに視線で合図を送り――その後、彼らは拳銃を取り出した。
どうやらそれなりの力は持っているようで、圧倒的優位を誇示するように拳銃を見せつけている。
「なんつーかさ、お約束って感じだね。台詞から何まで、漫画だったらただのかませだよ。負けフラグだぞソレ。そんなんでいいの?」
「まだそんな口が叩けるか。まさかこの状況を一人でどうにかできるとでも思ってるのか?」
キャップ帽の男一人に対し、集団側は十人あまり。
廃倉庫の入り口は、集団の背に位置している為、逃げるのは困難な状況だ。
「ハッ、それともその軽口は内心でビビってる事の裏返しか? そんなに漫画が好きなら、この状況も漫画みたく乗り切ってみるんだな! ハッハッハ!」
リーダーの笑い声につられ、集団全体からも嘲笑が生まれる。
笑い声が倉庫に響く中、拳銃を持った面々が引き金に指をかけた。
それでもキャップ帽の男には変化がない。
しかし、ただ一言だけ――
「あー、じゃあそうするか」
その直後だった。男はそれだけ言うと、座ったままの姿勢でポーチから刃物のような何かを取り出し、それを複数の拳銃目掛けて素早く投げ放った。
「……アァ?」
その突然の行動に、慌てて引き金を引いた者が三人いた。
そして次の瞬間、男が放ったソレが全て銃口に突き刺さり、弾が発射されるタイミングで銃弾と衝突する。バキンッ、と鈍い金属音が辺りに響き、その者達は拳銃を地面に落とした。
銃身内部の衝撃で、フレームが弾け飛んだのだ。
「え……アアァ……ガァァァ!!」
手に掛かった負荷は相当なものだったろう。痛みに悶え苦しむ者の一人が、地面に転がる黒光りする刃物に目を向ける。
――これは何だ? ナイフじゃない。この形どこかで見覚えが……。
――クナイ?
――……え、何で? いや、それよりもあの一瞬でそんなまさか……。
「漫画みたいに出来ちまったな」
その声に目を向けると、そこにはクナイの柄に指をかけ、手元でクルクルと弄んでいるキャップ帽の男の姿があった。
「あー大丈夫大丈夫。超能力とか魔法じゃないから。そんなもん使えないし、あるわけない。だからせめて武器だけは漫画っぽくしたんだけど……ほら、なんかこういうの良いだろ?」
信じられないといった表情で固まる集団。
クナイが投げられたこともそうだが、信じられなかったのは男がやったその技だった。
彼は五メートルも離れた場所から、直径約十ミリの銃口にクナイを命中させているのだ。しかも、それを複数同時に投げて実現していた。
もしかして自分たちはとんでもない奴を相手にしているのではないか?
そんな考えが集団全体に芽生え始める中、キャップ帽の男は尚も語り続ける。
「まぁいいんだ。そんな事は置いといてさ、やっぱりアレだ。こうして漫画っぽい展開を作ったわけなんだが……今この瞬間、俺は世界の主役になれてると思うか?」
手元でクナイをクルクル弄びながら、男は突然妙なことを言い出す。
「……はぁ? テメェ何訳の分からない事言って……」
「いやいや、何もクソもないって。アンタが言ったんじゃん。この状況を漫画みたく乗り切ってみろって。だから俺は言われた通りやったわけだよ。って事はさ、この世界が物語の中、漫画の中なら、この展開を通して俺は主役になれてるだろうか? ってそういう話だよ。なぁ?」
その発言に対し、本当に意味が分からないという表情で、倉庫に居る全員が沈黙する。
数秒間沈黙が流れた後、キャップ帽の男は溜息をついて再び場の静寂を破った。
「分かるよ、言いたいことは分かる。でもな、俺は好きに信じる事にしたんだ。この世界は物語の中だって夢を見続ける事にしたんだよ。だからな、その主役は俺だったらいいなと思うわけ」
物語の主役のような存在になる。子供の戯言としか思えない発言だったが、この状況でそれを平然と語っている姿が、集団には狂気的に映っていた。
しかし、彼はそんな事は気にもせずに――
「その為には、もっと現実を見返してやらなきゃいけない」
そう言うと、キャップ帽の男はポーチの中から今度は手裏剣を複数取り出し、それを集団の足元目掛けて投げ放った。
手裏剣にクナイ。漫画らしいという理由からあくまで忍具を武器にする事に拘っているようだが、先程のクナイの投擲からして、手裏剣が命中する様は容易に想像できる。
だが、今度は少しだけ様子が違った。
投げられた手裏剣は、彼の手から伸びる細い糸のようなもので繋がれており、直進する軌道上には薄い線が現れていた。そして、キャップ帽の男が糸の繋がった指を軽く捻ると、手裏剣が半円を描いて曲がり、集団数名の足首に糸が巻き付いた。
「なッ、ワイヤー⁉」
巻き付いたものがワイヤーであると気付いた時にはもう遅い。キャップ帽の男が更に指を捻り、まるで操り人形のようにして集団を倒していく。
その様子を見てキャップ帽の男はケラケラと笑い、リーダーの前に座り込んだ。
「一丁上がりだ。ほら、良く出来てるだろ?」
「お前は……何だ? 一体何者なんだ?」
「またそれかよ。いいじゃん俺の事なんて。んなことよりさ、今のアクションどうだった? 漫画なら特大一コマに使われそうなくらいバリバリにキマッてたと思わないか?」
「マジで脳味噌イカれてんのかお前……。いや、それよりも答えろ! お前に俺たちの事を教えたのは、まさか舞識島で噂になってるっていう都市伝説の……」
リーダーがそこまで言いかけたところで、キャップ帽の男がその発言を遮った。
「あのさ、もういいじゃん。これ以上面倒なことはよそう?」
心底めんどくさそうに溜息を吐く男。だが、逆にそれが妙な威圧を感じさせる。
口調もトーンも同じだったが、目は笑っていなかった。
「というかね、情報を教えてくれた奴の事は俺も良く分からないから、答えようにも答えられません。ってことで、まぁなんだ。運悪く事故にでもあったと思ってさ、次頑張ってくれよ。生きてりゃいい事あるから」
「ふざけんてんのかテメェ!」
集団側にとっての『事故』を起こした張本人が、他人事のように励ましの声をかけている。
彼らは当然納得できる訳もなく、この状況自体がまさに悪夢のようだった。
「んじゃ、俺はそろそろ行くわ。時間もないんで、皆さんにはちょいと眠ってもらいますね」
キャップ帽の男は最後にそれだけ言うと、リーダーの後頭部に手刀を打ち込んだ。その一撃によって、それこそ漫画のようにリーダーは気絶する。
他の面々はそれを黙って見ている事しか出来ず、最初の方こそ反抗の色があったが、男との力量差の前に完全に戦意は喪失しており――最終的には、その場に居た全員がリーダーの後を追う結果となった。
「ふぅ~、終わった終わった。……っと、忘れてたな。このコンテナどうしよう……」
状況を完全に制した男は、ふとコンテナの事を思い出してそちらに目を向けた。
「うーん、まあ放っといてもいっか」
もともと、場を制圧する事だけが目的だった為、必要以上の事はしない方が良いと考えた。
そして、コンテナも、気絶している集団全員もそのまま放置し、最後に自分の痕跡だけは残さないように大方処理すると、キャップ帽の男は廃倉庫を後にした。
こうしてこの日、キャップ帽を被った謎の男の手により、とある犯罪集団の計画が潰され――
男は清々しい気持ちで、旅立ちの時を迎えたのだった。
◇ ◇ ◇
数時間後 夕刻 舞識島 フェリー乗り場
それから数時間後の夕時。キャップ帽の男は無事舞識島に辿り着いた。
フェリーを降りる時、船内で会った少女と再度会い、適当に挨拶を交わしてからその場を離れた。
その直後だった。男のスマホに着信が入った。
画面表示は『非通知』になっていた。だが、男はその相手が誰なのかを察していた。
フェリーに乗る前にも、全く同じように電話を受けていたからだ。
間違いなく同じ相手だ。そう確信し、男は臆する事なく着信ボタンを押した。
「よっ、アンタか。連中の情報助かったよ。お陰で舞識島に着けた。……あぁ、例の話? この島では静かにしようと思ってたんだけどな。……いいぜ。協力してやる。まぁ、協力するのは良いんだけどさ……ところでアンタ、都市伝説とか呼ばれてるってマジ?」
時は三月。新しい風を呼び込む季節。そしてこの日、一人の男が舞識島に渡ってきた。
それは何かに流されるように、導かれたかのように。
キャップ帽の男。そう、彼の名は……。